なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「質屋」 The Pawnbroker (1964)
製作:ロジャー・ルイス
フィリップ・ラングナー
製作総指揮:ワーシントン・マイナー
原作:エドワード・ルイス・ウォラント
脚本:デヴィッド・フリードキン
モートン・S・ファイン
撮影:ボリス・カウフマン
編集:ラルフ・ローゼンブラム
音楽:クインシー・ジョーンズ
出演:ロッド・スタイガー
ジェラルディン・フィツジェラルド
ブロック・ピータース
ジェイミー・サンチェス
テルマ・オリヴァー
レイモンド・セイント・ジャックス
アメリカ映画/116分/モノクロ作品
<あらすじ>
ニューヨークの貧民街ハーレムで質屋を営む中年のユダヤ人ソル・ナザーマン(ロッド・スタイガー)は、口数が少なく皮肉屋で冷淡で辛辣な男だ。日々の生活に困って店を訪れる人々の苦境にもひたすら無関心で、そればかりか彼らを負け犬のクズどもと呼んで蔑んでいる。地域のソーシャルワーカーを務める女性マリリン(ジェラルディン・フィツジェラルド)は、そんな彼の頑なに閉ざされた心を開こうとするものの、返ってくるのは無感情な冷たい眼差しと嫌味で非情な言葉だけだ。しかし、彼も元からそんな人間だったわけではない。
かつて祖国ポーランドの大学教授だったソル。妻と2人の子供に恵まれ幸福な日々を送っていたが、しかし第二次世界大戦が彼の生活を一変させてしまう。家族とともにナチの強制収容所に入れられた彼は、幼い子供たちを目の前で亡くし、愛する妻もナチの兵士に凌辱された上に殺された。この世の地獄を目の当たりにしたことで、ソルは人間の善意も社会の正義も信じない、金だけが全ての苦々しい人間となってしまったのだ。
戦後は妻の妹を頼ってアメリカへと移住し、ハーレムで質屋を開業したソルだったが、ロングライランドの閑静な住宅街で同居する義妹家族との仲は必ずしも良くない。戦時中のヨーロッパを知らない彼らは、ソルにとって別世界の人間だ。何不自由なく育った姪や甥など、もはや完全にアメリカ人。違う人種だとしか思えない。
そんな彼の店で働くジーザス(ジェイミー・サンチェス)は、母親想いの元気で明るいヒスパニック系の若者だ。いつか自分の店を持って貧乏から脱したいと考えており、仕事の傍らで質屋のノウハウを貪欲に学んでいる。母子家庭に育った彼はソルのことを父親のように慕っているが、そのことを迷惑としか考えていないソルは、あまりにも残酷な言葉を投げつけてしまう。さらに、質屋の出資者でハーレムのドンであるロドリゲス(ブロック・ピータース)との仲がこじれてしまい、それら一連の出来事が日常の歯車を一気に狂わせてしまう…。
社会派シドニー・ルメット監督の、まさに真骨頂とも言うべき傑作。ハリウッド史上初めてナチのホロコーストを描いた作品だと言われているが、しかし単なる反戦ドラマや感動ヒューマンドラマなどに落ち着いたりしない。実際、その内容は反戦とも感動とも程遠いものだ。過去のホロコースト、現在のハーレム。この2つの一見して異なる生き地獄を対比しながら、明日への希望を見い出せない世界で我々はどう生きるべきなのか、どう他者と関わるべきなのか、そしてどうすれば世界を少しでも変えることができるのかを考えさせる。人間の醜さや残酷さ、社会の弱肉強食をこれでもかと眼前に突きつけつつ、それでもなお人間の持つ善意に一筋の光を見出そうとする作品だと言えよう。
なんといっても、主人公ソルを演じるロッド・スタイガーの冷徹なくらいに醒め切った眼差しが凄まじく強烈だ。それは魂の抜け殻というより、この世のあらゆる美徳にも幸福にも善意にも背を向け、自ら喜怒哀楽の感情を全てシャットアウトしてしまった男の、ただひたすらに凍てつき荒みきった心を映し出す鏡のようなものだと言えよう。彼にとっては同居する義妹家族のささやかな幸せと笑顔も、質屋に出入りする人々の背負った複雑な人生も、親切なソーシャルワーカーの心配りも、その全てが自分とは関わりのない別世界の出来事だ。他者に共感も同情もせず、他者からの共感や同情も求めない。自分の領域に入ってくる人間は問答無用で追い出す。人間なんてどいつもこいつもクズだ。社会なんてゴミ溜めも同然だ。この世で信じられるものは現金のみ。妻と子供を失ったホロコーストの地獄は、彼を無感情で守銭奴の冷血漢へと変えてしまった。
そんな彼の記憶の奥から、時折呼び覚まされる過去の断片。スラム街の暗がりで暴漢集団に襲われる若者が強制収容所で虐待される仲間を、自分の体で金を借りようと胸をはだけてみせる娼婦がナチ兵士に陵辱される亡き妻を想起させる。次第に鮮明となってくるフラッシュバックの数々が彼を戸惑わせ、封印したはずの感情を激しく揺さぶっていくのだ。忘れたくても忘れられないトラウマが、ニューヨークの片隅の掃き溜めで過去から甦る。もはや平静を装ってなどいられない。溢れ出る感情を抑えようとして、苦悶の表情を浮かべながらのたうち回る主人公ソル。本作で'65年度のアカデミー主演男優賞にノミネートされたロッド・スタイガーは、その2年後の「夜の大捜査線」('67)で受賞することになるわけだが、どう見たってこちらの方が圧巻。まるで気迫が違う。
そして、その主人公ソルと対になる存在が、彼のもとで働くヒスパニック系の若者ジーザスだ。スラム街の極めて貧しい母子家庭に育ちながらも明日への希望を失わず、母親や周囲の人々への思いやりを忘れず、いつかは自分も質屋を経営して貧困から脱したいと考えている。同年代のスラム街の若者たちがギャングに入り、犯罪や喧嘩に明け暮れている中、わき目もふらずコツコツと真面目に働くジーザス。まさにソルとは正反対の明朗快活な好青年だ。だが、そんな純真な若者に対して、ソルは冷淡で心無い言葉を次々と浴びせていく。次第に折れていくジーザスの心。その僅かな隙間に付け込んだ不良どもの悪意が、彼を破滅へと追いやってしまうわけだが、その原因を作ったのは他でもない主人公ソルその人だ。
人間なんてどうせみんな同じ穴の狢。この世に正義もへったくれもない。社会を良くしようなんて絵空事の偽善だ。ドキュメンタリータッチの乾いたモノクロ映像が、そんな暗澹たるソルの心象風景をそのまま映し出していく。手持ちカメラを駆使したオールロケの撮影、随所で唐突に割り込んでくるフラッシュバックのカット。シドニー・ルメットの演出にはヌーヴェルバーグの影響が色濃い。
自分は何もしなかった、自分一人では何もできなかった。そう嘆いて過去を振り返るソルは、結局のところ、戦後もずっと同じように、自分の殻に閉じこもったまま何もしないてきたのだ。そのことが、取り返しのつかない新たな悲劇を生んでしまう。クライマックスでソルの心に去来したものとは何だったのか。非常に重苦しい作品だが、しかし個人と社会の関わり方について様々なことを考えさせられる。
評価(5点満点):★★★★★
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
モノクロ/ワイドスクリーン(1.85:1)/音声:1.0ch DTS-HD Master Audio/言語:英語/字幕:なし/地域コード:A/時間:116分/発売元:Olive Films/Paramount Pictures (2014)
特典:なし
by nakachan1045
| 2016-09-05 01:57
| 映画
|
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