なかざわひでゆき の毎日が映画三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画評論日記
by なかざわひでゆき
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「紐育(ニューヨーク)の波止場」 The Docks of New York (1928)

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監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
製作:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
原作:ジョン・モンク・サウンダース
脚本:ジュールス・ファースマン
撮影:ハロルド・ロッソン
出演:ジョージ・バンクロフト
   ベティ・カンプソン
   オルガ・バクラノヴァ
   クライド・クック
   ミッチェル・ルイス
   グスタフ・フォン・セイファーティッツ
アメリカ映画/76分/モノクロ作品(サイレント)





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<あらすじ>
ニューヨークの波止場へ、一隻の古びた蒸気貨物船が入港した。来る日も来る日も、暗い船底のボイラー室で汗まみれになって働いてきた火夫たちに、たった一晩だけの上陸が許される。意気揚々と出かける男たちの中に、ビル・ロバーツ(ジョージ・バンクロフト)の姿もあった。
場末の酒場へと向かったビルは、今まさに海へ身投げした女を救い出し、酒場の上の安宿へと運び込む。女はメイ(ベティ・カンプソン)という名の商売女だった。金はおろか所持品も着替えも持ち合わせていない彼女に、質屋から盗んだ服を与えたビルは、今夜くらい嫌なことは忘れて一緒に楽しもうぜ、とメイを階下の酒場に誘う。
酒場ではビルの上司の三等機関士アンディ(ミッチェル・ルイス)が飲んだくれている。久々に再会した妻ルー(オルガ・バクラノヴァ)が商売女に落ちぶれていたからだ。しかし、ルーにも言い分はある。何ヶ月も船旅へ出て音沙汰はない、生活費を送ってくるわけでもない、そんな男を黙って待っていても野たれ死ぬだけだからだ。
メイを連れたビルを見かけたアンディは、いつもの調子で偉そうに近づき、彼から女を横取りしようとする。しかし、陸の上では対等だとばかりに、ビルはアンディを殴り倒してしまう。日頃から鍛えているビルの腕力に、口ばかりのアンディは全く適わなかった。
ビルの逞しさと男らしさに心惹かれるメイ。そんな彼女をいじらしく感じたビルは、酔った勢いもあって結婚を宣言。火夫仲間スティーヴ(クライド・クック)の反対も何のその、酒場の従業員に牧師ハリー(グスタフ・ヴォン・セイファーティッツ)を呼んでもらい、その場で結婚式を挙げてしまう。2人の姿に若き日の自分を重ねたルーは、あたしは無理だったけどあんたは幸せになるんだよ、と涙を浮かべてメイを抱きしめる。
しかし、その翌朝、ビルは黙って部屋を出ていく。仕事に戻らねばならないからだ。結婚など一夜限りの叶わぬ夢。それはメイも十分に分かっていた。だから、気づかぬふりをして黙って彼を送り出す。
ところが、諦めきれないアンディが待ってましたとばかり、彼女の部屋へ押し入ってレイプしようとする。朝の静寂を破り響き渡る銃声。騒ぎを聞きつけて戻ってきたビルが見たのは、血まみれで床に倒れたアンディと、殺人未遂の容疑で警察に捕まったメイの姿だった…。

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ハリウッド黄金期を代表する巨匠の一人ジョセフ・フォン・スタンバーグ。大女優マレーネ・ディートリッヒとの名コンビで、「嘆きの天使」('30)や「モロッコ」('30)、「上海特急」('32)、「恋のページェント」('34)など数々の名作を世に送り出したことは映画史上にも名高いが、しかしその一方で、出世作の「救ひを求むる人々」('25)や「女の一生」('29)、「アメリカの悲劇」('31)などを通して、社会の底辺で生きる名もなき貧しい庶民の哀しみと苦しみを描き続けたことは、意外にも忘れられがちだ。そんな社会派映像作家としてのフォン・スタンバーグの、紛れもない代表作と呼べるのがこの「紐育の波止場」である。

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せめて一夜だけでも惨めな日常を忘れたい男と、もはや惨めな生活に疲れきって自ら命を絶とうとした女が、ニューヨークの片隅の掃き溜めでささやかな愛情を育む。そのたった一晩の心の触れ合いが、なんとも胸に染み入る作品だ。とはいっても、決してセンチメンタルなお涙頂戴のメロドラマになど陥ったりしない。それどころか、その語り口は今見ても驚くくらいにリアルで厳しい。人間らしい優しさなどどこかへ忘れてきた人々が集う場末の薄汚い酒場。今日を生き抜くだけでも精一杯の貧しい彼らには、他人の不幸や哀しみに同情している余裕などないのだ。

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だからこそ、粗野で無作法なビルが垣間見せる男気、覚めた眼差しのメイがふとした瞬間に浮かべる寂しげな表情、すれっからしのルーが皮肉混じりの言葉の節々に込める真心に、これ以上ないくらいの説得力が宿るのだ。誰もが他人に弱みを見せまいといきがっているものの、しかし心の底では愛情に飢え、優しい温もりを求めている。そのやるせなさに魂を揺さぶられる。

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めでたしめでたしの安易なハッピーエンドでお茶を濁したりせず、主人公たちの前に立ちはだかる社会や人生の厳しい現実を突き付けつつも、かすかな希望の光を残して終わるクライマックスの余韻もまた素晴らしい。この2人だったら、もしかするとささやかな幸せを見つけられるかもしれない。映画はここでオシマイだが、彼らの人生はこの先も続く。新たな出発点に立った男女の、不確かだけれど明るい可能性を予感させる未来に、観客は様々な思いを馳せながら映画の幕が閉じるのだ。

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史上初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」('27)が誕生した翌年に公開された本作。世間はまだ“喋る映画”の未来に懐疑的だった。そんなサイレント映画末期に作られた本作は、ついつい無声映画だということを忘れてしまうくらいに雄弁だ。むせ返るように暑いスチームや使い古されたエンジン、ぶつかり合う金属などの音が聞こえてきそうな船底のボイラー室。酔っ払いたちの怒号と罵声が響き渡り、日々の暮らしの愚痴や不平不満、他愛のない冗談や下世話な猥談などの会話が手に取るように想像できる酒場の喧騒。殺伐とした中にも人々の生活の息吹を生々しく感じさせる、フォン・スタンバーグ監督の力強い演出は見事だ。それはまるでドキュメンタリーのようなリアリズムであり、サイレント映画芸術の一つの到達点と言えるだろう。

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と同時に、建物も桟橋も何もかもがボロボロに朽ちかけた薄汚い貧民街の有様を赤裸々に描写しつつ、柔らかで幻想的なライティングを随所で巧みに用いながら、主人公たちの心の触れ合いを暖かな眼差しで見つめていく。このさりげない優しさ。叙情的な味わい深さ。さながら、この世の果ての掃き溜めに生まれた愛の寓話だ。そう考えると、本作におけるフォン・スタンバーグ監督の厳しさと優しさを兼ね備えたリアリズム演出は、'30年代フランス映画の詩的リアリズム、そして'50年代イタリアのネオレアリスモをも先駆けていたようにも思える。そして、社会の底辺で見向きすらされない弱者に寄り添った揺るぎないヒューマニズムは、90年近くを経た今もなお見る者に強く訴えかけてくるものがあるのだ。

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当時46歳だったビル役のジョージ・バンクロフトは、長年脇役に甘んじてきた苦労人だったが、その無骨な男臭さがフォン・スタンバーグ監督に認められ、「非常線」('27)と続く本作で一躍スターへの階段を駆け上がり、「サンダーボルト」('29)でアカデミー主演男優賞候補となった。一方のメイ役を演じる女優ベティ・カンプソンは、トーキー初期から活躍するトップスターで、自ら制作プロを立ち上げて数々の野心的な映画を作った才女でもあった。本作の同年に公開された「煩悩」('28)ではアカデミー主演女優賞にノミネートされたが、ここでも彼女の演技がとにかく素晴らしい。幸せなどとうの昔に諦めた女の強さと弱さ、厳しさと優しさ、愛情と孤独を、細やかな表情と立ち振る舞いだけで的確に表現していく。ただただ、凄いなあと感服せざるを得ない。

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また、結婚にも人生にも挫折して落ちぶれ、すっかり口さがない皮肉屋の中年女となったルーを演じているオルガ・バクラノヴァも圧巻だ。まだそれなりに若いメイにかつての自分の姿を重ね、憎まれ口を叩きつつも自らが叶わなかった幸せを彼女に願う。これがね、もうたまらないくらい切ないのですよ。トッド・ブラウニングの問題作「怪物團(フリークス)」('32)を筆頭に、悪女役のイメージの強いバクラノヴァだが、改めて上手い女優だったんだなあと思わせられる。ちなみに、彼女は翌年の「ウォール街の狼」('29)でもジョージ・バンクロフトと共演している。これは周囲の人々を食い物にしていく強欲な株式仲買人の男の栄光と破滅を描いた作品で、長いこと失われたと思われていた幻の映画。スコセッシの「ウルフ・オブ・ウォールストリート」と同じタイトルということもあって、死ぬまで一度は見てみたい作品だ。

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評価(5点満点):★★★★★

参考DVD情報(日本盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital(音楽スコア)/言語:英語(サイレント)/字幕:日本語/地域コード:2/時間:78分/発売元:パラマウントジャパン(2015年)
特典:なし


by nakachan1045 | 2016-09-20 02:21 | 映画 | Comments(0)

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