なかざわひでゆき の毎日が映画三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画評論日記
by なかざわひでゆき
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「二重生活」 A Double Life (1947)

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監督:ジョージ・キューカー
製作:マイケル・ケニン
脚本:ルース・ゴードン
   ガーソン・ケニン
撮影:ミルトン・クラスナー
衣装デザイン:イヴォンヌ・ウッド
       トラヴィス・バントン
テクニカル・アドバイザー:ウォルター・ハンプデン(シェイクスピア劇)
音楽:ミクロス・ローザ
出演:ロナルド・コールマン
   シグニ・ハッソ
   エドマンド・オブライエン
   シェリー・ウィンタース
   レイ・コリンズ
   フィリップ・ローブ
   ミラード・ミッチェル
   ジョー・ソウヤー
アメリカ映画/105分/モノクロ作品





<あらすじ>
ブロードウェイのベテラン大物俳優アンソニー・ジョン(ロナルド・コールマン)は、喜劇『紳士の中の紳士』のロングラン公演を終え、次回作としてシェイクスピア劇『オセロ』の主演が決まる。デスデモーナ役には名コンビの女優ブリタ(シグニ・ハッソ)。2人は離婚した元夫婦だが、いまだに深く愛し合っている。しかし、アンソニーは舞台の役柄をそのまま私生活でも引きずってしまうことから、一緒に暮らすことは難しいと判断して別れたのだった。
そのため、嫉妬に狂うオセロ役を演じることに一抹の不安を覚えるアンソニー。しかし、劇場からの帰り道にセリフを暗唱しているうち、ショーウィンドーに映る自分の姿がオセロに見えてくる。イタリア旅行の広告を見かけた彼は、その足でイタリア人街へと向かい、立ち寄ったレストランの若いウェイトレス、パット(シェリー・ウィンタース)と彼女のアパートで関係を結ぶ。
やがて『オセロ』の舞台が幕を開ける。観客はアンソニーの鬼気迫る演技に息を呑むが、公演を重ねるごとに役柄へのめり込んでいく彼は、ついに相手役のブリタを窒息死させかけてしまう。我に返って深く反省するアンソニー、熱が入りすぎただけだと許すブリタ。しかし、やがてアンソニーは公演後もオセロに心を支配されるようになり、強迫観念のような幻聴に悩まされていく。自分が俳優アンソニー・ジョンなのか、それともオセロなのか、混乱してしまうことさえあった。
次第に言動が常軌を逸していくアンソニー。劇場パブリシストのビル(エドマンド・オブライエン)とブリタの仲を疑い、嫉妬に狂った彼はブリタと口論を繰り広げる。本能的に危険を感じたブリタは自室に鍵をかけて閉じこもった。気持ちを落ち着けようとパットのアパートへ向かったアンソニーだが、もはや現実と非現実の区別がつかなくなってしまい、『オセロ』のセリフを口走りながらシェイクスピア劇と同じくパットをキッスで窒息死させてしまう。
翌朝、パットの遺体を確認した警察の検視官は、状況から鑑みてキッスによって窒息させられた可能性があると判断。そのことを馴染みの新聞記者から聞かされたビルは、事件を舞台の宣伝に利用する。しかし、アンソニーは下劣なやり方だと憤慨し、ビルの自宅へ押しかけた。その尋常ではない様子に恐れおののいたビルは、もしかするとパット殺しの犯人は彼なのではないかと疑うようになる…。


グレタ・ガルボやキャサリン・ヘプバーンとのコラボレーションで“女性映画の名手”と呼ばれ、『椿姫』('37)や『フィラデルフィア物語』('40)、『スタア誕生』('54)、『マイ・フェア・レディ』('64)など数々の名作を世に送り出した巨匠ジョージ・キューカー。その彼が珍しく男優ロナルド・コールマンを主役に起用した本作は、演じる役柄にのめり込むあまり自分自身を見失っていく役者の狂気と破滅を、ある種のサイコサスペンスとして描いた異色のフィルムノワールである。

恐らく、作品を紐解く鍵の一つに“メソッド演技法”があることは間違いないだろう。メソッド演技法とは当時のニューヨーク演劇界で注目されていた演劇理論で、まあ、簡単に言うと俳優が精神的にも肉体的にも役柄そのものに成りきることで真に迫ったリアルな演技を引き出すというもの。もちろん、はるか昔から成りきり型の役者というのは存在したはずだが、ロシアの演出家スタニスラフスキーが初めて具体的な演技法として提唱した理論が1920年代にアメリカへ持ち込まれ、リー・ストラスバーグらニューヨークの演劇人によって“メソッド演技法”として'40年代に確立されたのである。

マーロン・ブランドやジェームズ・ディーン、ロバート・デ・ニーロ、マリリン・モンローなど多くの俳優がメソッド演技を実践し、演劇界に多大な影響を及ぼすこととなったわけだが、その一方でメソッド演技に対して批判的な演劇人も多かった。特に役者の精神的な負担を懸念する声が多く、実際にメソッド俳優には精神のバランスを崩し、仕事にも私生活に支障が出てしまうケースが少なくない。ジャーナリストとして大勢の役者に取材してきた筆者の経験を振り返っても、あえて役柄と自分自身は切り離す、意識して私生活に仕事を持ち込まないという声が圧倒的多数だ。それくらい、メソッド演技というのは諸刃の刃なのだろう。キューカー監督や脚本のルース・ゴードン、ガーソン・ケニンがメソッド演技に対してどのような意見を持っていたのかは定かではないが、少なからず懸念を抱いていたであろうことは、本作を見れば容易に想像ができるだろう。

と同時に、本作は演劇人ならではの視点から見た俳優考察、引いては人間考察でもある。ハリウッドへ来る以前はニューヨークの舞台演出家として自らの劇団を主催し、ブロードウェイの演出も手がけた経験のあるキューカー監督。ガーソン・ケニンも若くしてブロードウェイの演出家兼戯曲家として名を成した人物だし、その妻でもあるルース・ゴードンはれっきとしたブロードウェイの大女優だった。役柄が抜けて素に戻った主人公アンソニーの空虚と孤独、そんな空っぽな中身を埋めようとするかのごとく次から次へとパーソナリティを変えていくうち、やがて自分自身が誰なのか分からなくなっていく不条理。そこには、作り手たちが演劇人として肌身で感じてきた、俳優という職業のある一面がリアルに映し出されているのだ。

しかし振り返れば、それは我々一般人にも全く無関係な話だとは言えまい。頼れる上司、愛される部下、親切な隣人、話の分かる友人、近寄りがたい芸術家、尊敬される立派な学者などなど。社会において人間というのは、誰もが多かれ少なかれ他者からこう見られたい自分というものを演じている。それはある意味で二重生活であり、必要な処世術だとも言える。だが、もし仮の自分に振り回されて本来の自分を見失ってしまったら…?という危うさを、本作の主人公アンソニーの悲劇から読み取ることもできるのではないだろうか。

オセロという役柄にどんどんと一体化し、その嫉妬心や被害妄想によって神経を蝕まれ、やがて人格そのものを支配されていくアンソニーの心理過程を克明に描写した脚本のリアリズムも然ることながら、その変化と心の闇を象徴的なライティングや巧みな音響効果、細部まで計算されたセットの配置(特に鏡の多様は素晴らしく効果的)などによって再現していくキューカー監督の大胆かつ実験的な映像表現に舌を巻く。まるで、観客自身がアンソニーと同様のトランス状態を経験するような不思議な感覚だ。

それに拍車をかけるのが、アンソニー役ロナルド・コールマンの鬼気迫る大熱演である。本作で見事アカデミー主演男優賞を獲得したコールマンは、サイレント時代からハリウッドのトップに君臨してきたイギリス出身の大物スターだが、その知的で穏やかな個性が逆に足かせとなり、いわゆる典型的な英国紳士としてタイプキャストされがちだった。そんな彼が、本作ではこれでもかと言わんばかりに狂いまくっていく。その本気具合が尋常じゃない。彼自身が役に呑み込まれなかったのか心配になるほどだ。

一方、意外な好演だったのは元妻ブリタ役の女優シグニ・ハッソだ。第二のグレタ・ガルボ候補としてスウェーデンから輸入されたハッソだが、残念ながらハリウッドではいい役に恵まれなかった。恐らく、映画スターとしては個性が強すぎて使い勝手が悪かったのだろう。本人も舞台志向が強かったらしいので、そもそも映画にあまり興味がなかったのかもしれない。しかし、本作では彼女の持つニューロティックな陰りが、コールマンのパラノイアックな怪演と見事なくらい呼応し合っており、純粋でありながらも歪んだ男女の不可解な愛情に奇妙な説得力を持たせている。デズデモーナ役での存在感も圧倒的だ。

なお、これが初の大役だったシェリー・ウィンタースだが、ことのほか出番は少ない。『陽のあたる場所』と同じような幸薄い役柄なので興味津々だったのだが。あと、フィルムノワールのタフガイスター、エドマンド・オブライエンも、本作ではどちらかというと引き立て役に近い印象だ。

ちなみに、本作のアメリカ盤ブルーレイは鮮やかできめ細やか、なおかつモノクロに深みと奥行きのある超高画質。廃盤となる前に是が非でも手に入れておくことをオススメする。恐らく、日本盤では出ないだろうから。

評価(5点満点):★★★★★

参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.37:1)/1080p/音声:1.0ch DTS-HD Master Audio/言語:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/時間:104分/発売元:Olive Films/Paramount Pictures (2012)
特典:マーティン・スコセッシによるイントロダクション解説(約3分)


by nakachan1045 | 2016-11-20 10:46 | 映画 | Comments(0)

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