なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「マーラー」 Mahler (1974)
監督:ケン・ラッセル
製作:ロイ・ベアード
製作総指揮:デヴィッド・パットナム
シドニー・リーバーソン
脚本:ケン・ラッセル
撮影:ディック・ブッシュ
美術:ジョン・コンフォート
衣装:シャーリー・ラッセル
音楽:グスタフ・マーラー
出演:ロバート・パウエル
ジョージナ・ヘイル
リー・モンタギュー
ミリアム・カーリン
ロザリー・クラッチレイ
ゲイリー・リッチ
リチャード・モラント
アンジェラ・ダウン
アントニア・エリス
ロナルド・ピックアップ
ピーター・アイア
ダナ・ジレスピー
ジョージ・クール―リス
イギリス映画/116分/カラー作品
<あらすじ>
時は1911年。ニューヨークからヨーロッパへ戻ったグスタフ・マーラー(ロバート・パウエル)は、20歳近く年下の妻アルマ(ジョージナ・ヘイル)を伴ってウィーン行きの列車に乗っていた。冷え切った夫婦関係、騒がしい野次馬、無礼なマスコミ。交響曲第10番を仕上げたいという焦りもあってか、気分の優れないグスタフはいつもに増して神経質だ。そんな夫の苛立ちに対して冷ややかな態度のアルマ。たびたび悪夢にうなされながらも、グスタフの脳裏には過ぎ去りし日の思い出がよぎっていく。
貧しかった少年時代のグスタフ(ゲイリー・リッチ)。父親ベルンハルト(リー・モンタギュー)は子沢山の上に叔母ローザ(ミリアム・カーリン)や叔父アーノルド、祖父など親戚一同を養わなくてはならず、一番年長の息子であるグスタフを有名な音楽家にして稼がせようと期待をかけ、妻マリー(ロザリー・クラッチレイ)の反対にも耳を貸さず人一倍厳しく育てていた。とはいえ、自分に音楽の才能があるとは思えないグスタフ。音楽教師のスパルタ教育に音をあげそうになった彼に、音楽の真髄を教えてくれたのは、森で出会った風来坊ニック(ロナルド・ピックアップ)だった。
作曲家としては不当に低く評価されながらも、指揮者として名声を確立したグスタフは、自宅では妻や2人の娘をそっちのけで作曲に没頭し、ミューズであるソプラノ歌手アンナ(ダナ・ジレスピー)と不倫する。アルマも作曲家としての才能があったものの、グスタフはあえて彼女の野心を封印させる。同じく作曲家だった最愛の弟オットー(ピーター・アイア)が不遇のうちに自殺し、親友ヒューゴも気が触れてしまったことから、彼らと同じような苦しみを味わせたくないという想いからだったが、そうとは知らないアルマにとっては残酷な仕打ちだった。
ウィーン宮廷歌劇場の芸術監督になるためには音楽界を牛耳るコジマ・ワグナー(アントニア・エリス)に認められねばならぬが、彼女が反ユダヤ主義者であるためキリスト教に改宗したグスタフ。長女プッツィを病気で失ったことが、妻アルマとの間に決定的な溝を生んだ。列車に彼女を慕う若い将校マックス(リチャード・モラント)が乗り込んできた。グスタフは自分とマックスのどちらかを選ぶようアルマに迫り、義務よりも愛に準じるよう進言するのだったが…。
作曲家グスタフ・マーラーの半生を映像化した作品であるが、なにしろケン・ラッセル監督なのでありきたりな偉人伝には収まらない。冒頭からマーラーの顔をした巨大な岩が横たわり、その脇で繭からかえった蛹状のアルマが蠢くというシュールな映像が(笑)。続けて、同じくマーラーを題材にしたヴィスコンティ作『ベニスに死す』('71)のパロディを挿入するという大胆な遊びも。さらには、生きたまま墓地で荼毘に付されるマーラー、SMの女王様みたいな恰好をしてハーゲン・クロイツを掲げた鬼の形相のコジマ・ワグナーといった具合に、見る人が見たら神経を逆撫でされるであろう奇怪な悪夢的イメージが繰り広げられる。まあ、実際にどれもマーラーの見る悪夢ではあるのだけれど、異端のヴィジュアリストたるケン・ラッセルの面目躍如とも言うべき奔放なイマジネーションは大いに見ものだ。
ただ、全体的には至極真っ当な格調高い芸術映画という印象。『リストマニア』('75)や『Tommy/トミー』('75)ほどぶっ飛んではいないし、『肉体の悪魔』('71)ほど挑戦的なわけでもない。もともとラッセルはBBCテレビで『ソング・オブ・サマー』('68)のような折り目正しい伝記映画を撮っているし、後年には『レインボウ』('89)や『チャタレイ夫人の恋人』('95)のような瑞々しくも美しい作品も手掛けている。これはいわば、過激なケン・ラッセルと正統派のケン・ラッセルの中間に位置する映画とも言えよう。
恐らく、本作で描かれるマーラー及び妻アルマの人物像における独自の解釈(もちろん、コジマ・ワグナーのカリカチュアについてもだけれど)や、伝記物語としての正確性などに関しては賛否両論あることだろう。ドキュメンタリーならばいざ知らず、映画はあくまでも映画であり、作り手の視点や感性を通して生まれた創作物だ。それは本作とて同じこと。ここではグスタフ・マーラーという実在の人物の半生をモデルに、いつの時代も変わらぬ芸術家の内面的な苦悩と葛藤が浮き彫りにされていく。
幼くして父親の過度な期待を背負わされた少年期、生涯に渡って付きまとうユダヤ人差別、一度は深く愛し合った妻アルマとのすれ違い、愛する弟オットーや娘プッツィの死、そして作曲家ではなく指揮者としての不本意な名声。数々の試練に翻弄されたマーラーの半生から浮かび上がるのは、その豊かな才能と繊細な感受性ゆえに周囲から理解されず、一人孤独に苦しむ芸術家の魂だ。ケン・ラッセルは時間軸を自在に行き来させ、随所にマーラーの悪夢を具現化した奔放なイメージを織り交ぜながら、個々のエピソードを丁寧に積み重ねていく。そして、やがて彼の音楽へ傾ける常軌を逸した情熱の真意が明らかとなるとき、本作は壮大かつ深遠な愛の物語へと昇華するのだ。
同時に、本作は鬼才マーラーを人生の伴侶として深く愛し、己の野心や願望を封印してまで彼に尽くした女性アルマの物語でもある。ここでも、偉大過ぎる夫を持ってしまったがゆえの孤独、失望、悲しみ、怒りが渦巻く。当初は冷淡で嫌味な女にしか見えなかったアルマだが、その印象は物語が進むに従ってガラリと変わる。この大きなギャップがラストへ向けて思わぬ感動を呼ぶことになるわけだが、これは当時ケン・ラッセル作品の常連だった性格女優ジョージナ・ヘイルの、自由奔放でエキセントリックな個性に依るところが大きいだろう。実物のアルマとはまるで似ていないという点で違和感を覚える向きもあるかもしれないが、しかし例えばこれが見るからに古風な女優だったら、本作でラッセル監督が意図したようなラブストーリーは成立しなかったことだろう。
もちろん、マーラー役のロバート・パウエルも素晴らしい。本作に続いて『Tommy/トミー』でもラッセル監督と組むことになる人だが、繊細で神経質そうな美しい顔立ちは悩める芸術家のイメージにピッタリだ。また、少年時代のマーラーに影響を与えるバンドネオン弾きのニックを演じているロナルド・ピックアップも印象的。最近では『マリゴールド・ホテルで会いましょう』('11)シリーズや、先ごろのゴールデン・グローブ賞に輝いたテレビシリーズ『ザ・クラウン』でお馴染みの名脇役だ。マーラーの父親役には、『ブラザー・サン・シスター・ムーン』('72)でも主人公の強権的な父親役を演じていたリー・モンタギュー。なお、冒頭の鉄道駅シーンに笛を吹く駅長役でオリバー・リードが一瞬だけカメオ出演している。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(日本盤)
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:2.0ch リニアPCM/言語:英語/字幕:日本語/地域コード:A/時間:116分/発売元:株式会社ツイン/パラマウントジャパン株式会社
特典:オリジナル予告編/マーラー系譜
by nakachan1045
| 2017-03-23 09:29
| 映画
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