なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「スコルピオ」 Scorpio (1973)
監督:マイケル・ウィナー
製作:ウィルター・ミリッシュ
原案:デヴィッド・W・リンテルズ
脚本:デヴィッド・W・リンテルズ
ジェラルド・ウィルソン
撮影:ロバート・ペインター
音楽:ジェリー・フィールディング
出演:バート・ランカスター
アラン・ドロン
ポール・スコフィールド
ジョン・コリコス
ゲイル・ハニカット
J・D・キャノン
ジョアンヌ・リンヴィル
シュミュエル・ロデンスキー
メルヴィン・スチュワート
ジェームズ・シッキング
ヴラデク・シェイバル
セレステ・ヤーナル
アメリカ映画/114分/カラー作品
<あらすじ>
CIAのベテラン工作員クロス(バート・ランカスター)は、フランス人の殺し屋ローリエ(アラン・ドロン)と共に、本部よりの指令で中東某国の首相を暗殺する。クロスはスパイ稼業からの引退を考えており、暗号名スコルピオと呼ばれる若手フリーランスのローリエを後継者にすべく教育していた。
共にパリからワシントンD.C.へと向かう2人。空港ではクロスの妻サラ(ジョアンヌ・リンヴィル)が夫を出迎える。一方、ローリエにはCIA本部の大物フィルチョク(J・D・キャノン)が接触する。実は、ローリエはパリでクロスを暗殺するよう指示されていたのだが、その命令に従わなかったのだ。
CIA本部長マクロード(ジョン・コリコス)によると、クロスは二重スパイとしてソビエトのKGBと通じているという。しかし、長年彼と仕事をしてきたローリエには信じられない。すると、CIAはローリエに麻薬所持の濡れ衣を着せて警察に逮捕させ、命令を実行するよう強要する。
そこで彼は反対に交換条件を出した。2万5千ドルの報酬とCIA工作員のポジションだ。さもなくば、クロスから長年に渡って入手してきたCIAの黒い秘密を暴露するという。万が一の時のため、彼は証拠資料も隠し持っていた。
一方、いち早く身の危険を察知したクロスは、妻サラに再会を約束して国外へ脱出。CIAの追手や監視を巧みにかわし、オーストリアのウィーンへやって来る。そこで彼を匿ったのは、敵味方や信条の違いを超えて固い友情を築き上げてきたKGB工作員ザルコフ(ポール・スコフィールド)だった。
その頃、ローリエも恋人スーザン(ゲイル・ハニカット)にしばしの別れを告げ、クロスを追ってウィーンへ到着。現地の工作員と共にクロスの行方を追うものの、長年の経験からいたるところに情報網や協力者を張り巡らすクロスには敵わず、今一歩のところで取り逃がしてしまう。
苛立つCIA本部は、強盗に見せかけてクロスの留守宅を捜索。ところが、そこへ運悪く外出していたサラが戻ってきてしまい、工作員は誤って彼女を殺してしまう。事件を知らされたクロスは復讐を誓い、ザルコフの協力でモスクワへ逃亡したと見せかけてアメリカへ極秘で帰国。本部長マクロードを殺害するのだが…。
大ヒットした『狼よさらば』('74)およびその続編シリーズで知られるマイケル・ウィナー監督が、アメリカのバート・ランカスター、フランスのアラン・ドロン、そしてイギリスのポール・スコフィールドという国際色豊かな豪華キャストを揃えて挑んだスパイ・サスペンス。晩年に手掛けたB級映画群のイメージが強いせいもあって、海外では一部の批評家から「史上最低の映画監督の一人」などと揶揄されることもあるウィナーだが、しかしかつては『脱走山脈』('68)や『追跡者』('70)、名コンビと謳われたチャールズ・ブロンソンと組んだ『メカニック』('72)に『シンジケート』('73)など、骨太な重量級の娯楽映画を何本も手掛けた名匠だった。本作も、そんなウィナー監督の全盛期に作られた映画の一つである。
さながら、ジョン・ル・カレのスパイ小説を彷彿とさせるような、極めてペシミスティックでダークなトーンの貫かれた本作。引退を控えた老練のベテラン凄腕スパイが若い後継者を育てるも、結果的にその弟子から命を狙われることになる…という基本プロットは、ウィナー監督の前作に当たる『メカニック』の焼き直しだ。あちらは殺し屋、こちらはスパイ。非情な掟に縛られた世界観にも共通するものがある。
その一方で、本作の場合は国家の安全や政治的イデオロギーといった大義名分のもとに個人を利用し、必要がなくなればいとも簡単に抹殺してしまうCIAやKGBといった国家組織の卑劣さを通して、巨大権力の傲慢さや恐ろしさを浮き彫りにする。劇場公開当時は、折しもCIAやFBIも関与した「ウォーターゲート事件」が世間を騒がせ始め、世界中で国家権力への強い不信感が高まった時期。本作の撮影が始まったのは、まだ民主党本部の盗聴事件が起きる以前のことだが、しかし当時既にベトナム反戦運動などによって政府や諜報機関に対する米国内の不信と反発は強まっており、そうした時代の空気を本作も敏感に読み取っている。しかも、本作のワシントンD.C.でのロケ中に盗聴事件が発覚。元CIA工作員ジェームズ・W・マッコード・ジュニアらが逮捕された際、たまたまウィナー監督は彼らと同じウォーターゲート・ホテルに宿泊していた。当然ながら、この出来事はその後のウィナー監督の演出に少なからず影響を及ぼしたという。
本作で最も象徴的かつ印象的なのは、ランカスター扮する主人公クロスとスコフィールド扮するKGB工作員ザルコフの友情だ。お互いに敵対する国家陣営に属するスパイだが、しかし多くの点で共感し共鳴し合っている。どちらも自分が忠誠を誓った国家に対して常に冷静な目を向け、組織の唱える正義や理想に対しても疑問や批判の精神を忘れず、命令よりも自分の経験や直感に従って行動する。だからこそ、敵味方や信条の違いを超えて友情を育んできたわけだし、助けを求めれば喜んで協力してくれる仲間たちにも恵まれているのだ。
そんな自分たちのことを、彼らは「恐竜」と呼ぶ。要するに絶滅した種族ということだ。もはやCIA組織は、本部長マクロードやその右腕フィルチョクのような、杓子定規にしか物事を考えることの出来ない官僚主義者たちによって支配されてる。何事も白か黒かでグレーゾーンの存在しない彼らには、クロスとザルコフの友情などは到底理解できるものではなく、それゆえ一方的に二重スパイの烙印を押してしまう。KGBもまた同様で、柔軟性のかけらもないロボットのような若い上司マルキンのことを、ザルコフはスターリン時代に威勢を振るった同僚みたいだと皮肉り、彼らと同じ末路を辿らないよう忠告する。スパイの世界でも義理人情が通用した時代が終わりを告げ、あとは消えゆくしかない昔気質な男たちの万感の思い溢れる哀しみ、それこそが本作の核心だと言えるだろう。
先述したように、ジョン・ル・カレの小説を多分に彷彿とさせる本作は、それゆえどうしても人間ドラマに大きな比重が置かれ、いわゆるアクション・シーンはごく一部に限られている。恐らく、そこは好き嫌いの分かれ目になるだろう。雰囲気も全体的に暗くて重苦しいので、痛快な娯楽アクションを好む向きには退屈に感じられるかもしれない。それでも、パリ、ロンドン※、ワシントンD.C.、ウィーンで撮影された、国際色豊かなロケーションは見た目にも華やかでワクワクさせられる。特に、『第三の男』('49)へのオマージュがたっぷりと散りばめられたウィーンでのシーンは、古き良き時代への郷愁という意味でも本作の趣旨と見事にリンクしており、映画ファンなら少なからず心躍らせられるはずだ。※ワシントンD.C.でのシーンは一部ロンドンで撮影されている。
ウィナー監督とは西部劇『追跡者』以来2度目の大スター、バート・ランカスターだが、本作の撮影当時は既に58歳。本作から程なくして脇役へ回るようになる彼の演技には、一時代を築いた人間のカリスマ性と同時にほろ苦い哀愁のようなものも漂い、ヴィスコンティの『山猫』('63)で演じた没落していくイタリア貴族にも相通じる滅びの美学すら感じられる。その『山猫』以来の再共演となるローリエ役のアラン・ドロンは、大御所の先輩2人に挟まれて若干損な役回りではあるものの、『サムライ』('67)の殺し屋を彷彿とさせるクールな佇まいは相変わらずカッコいい。
KGB工作員ザルコフを演じるのは、『わが命つきるとも』('66)でアカデミー主演男優賞に輝いたポール・スコフィールド。厳しさの中に温かみの溢れる存在感は、まさにいぶし銀の味わいだ。映画俳優としてよりも舞台のシェイクスピア俳優として有名だった人だが、改めてもっと映画に沢山出て欲しかったと思う。また、脇役陣でことさら光っているのは、冷酷非情なCIA高官フィルチョクを演じているJ・D・キャノン。人気ドラマ『刑事マクロード』で上司クリフォード警部を演じて親しまれた人だが、本作では彼の上司がマクロードという名前なのだから面白い。当時既に番組は始まっていたので、もしかすると狙った設定なのかも。いや、絶対に狙っているでしょう(笑)。
そのCIA本部長マクロード役を演じているのは、ドラマ『宇宙空母ギャラクティカ』の宿敵バルター役で知られるジョン・コリコス。彼は『宇宙大作戦』すなわちオリジナル版『スター・トレック』で、初めて登場したクリンゴン人の司令官コールを演じたことでも有名だ。で、実はクロスの妻サラを演じているジョアンヌ・リンヴィルも、同じくオリジナル版『スター・トレック』で初のロミュラン人女性司令官を演じたことで有名な女優。ある意味、トレッキー必見のキャスティングとも言えよう。
そのほか、『ヘルハウス』('73)や『ビッグ・マグナム77』('76)で活躍し、筆者も昔大ファンだった美人女優ゲイル・ハニカット、『007』シリーズを筆頭にロシア人役ならこの人だったヴラデク・シェイバル、テレビ『ヒル・ストリート・ブルース』のハンター刑事役や『天才少年ドギー・ハウザー』のパパ役でお馴染みのジェームズ・シッキング、『パピヨン』('73)の看守役が印象深いウィリアム・スミザース、B級ホラーやアクションで活躍したセクシー女優セレステ・ヤーナルなどが顔を出す。
なお、原案と脚本の両方でデヴィッド・W・リンテルズが表記されているが、実際はウィナー監督がリンテルズの仕上げた脚本の初稿を気に入らず、『チャトズ・ランド』('72)や『シンジケート』などでたびたび組んでいる盟友ジェラルド・ウィルソンに修正させたのだそうだ。そのため、一応クレジットではリンテルズとウィルソンの連名となっている。監督の独断で脚本を書き直させるというのは、今のハリウッドではほとんど不可能だろう。しかも、一応クレジット上ではフレデリク・ウィルソンが編集監修者となっているが、実際はウィナー自身が編集を担当。現場ではプロデューサーにも口出しをさせなかったと言われている。彼が「ワン・マン・アーミー」と呼ばれる所以だ。ちなみに、撮影監督のロバート・ペインターや音楽のジェリー・フィールディングも、当時のウィナー監督作品の常連組である。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情婦(アメリカ盤)
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:1.0ch DTS-HD Master Audio/言語:英語/字幕:英語/地域コード:ALL/時間:114分/発売元:Twilight Time/MGM/United Artists (2015年) ※3000枚限定プレス
特典:音楽トラック独立再生機能/映画評論家レム・ドブス、ジュリー・カーゴ、ニック・レッドマンによる音声解説/オリジナル劇場予告編
by nakachan1045
| 2017-07-10 07:58
| 映画
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