なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「ザ・ダムド/あばかれた虚栄」 Angel, Angel, Down We Go aka Cult of the Damned (1969)
監督:ロバート・ソム
製作:ジェローム・F・カッツマン
製作総指揮:サム・カッツマン
脚本:ロバート・ソム
撮影:ジョン・F・ウォーレン
衣装:レニー
ヘアメイク:シドニー・ギラロフ
美術デザイン:ガブリエル・スコナミーロ
コラージュ・デザイン:シャーリー・カプラン
音楽:フレッド・カーガー
挿入曲:バリー・マン&シンシア・ウェイル
出演:ジェニファー・ジョーンズ
ジョーダン・クリストファー
ロディ・マクドウォール
ホリー・ニア
ルー・ロウルズ
チャールズ・エイドマン
デイヴィー・デヴィッドソン
アメリカ映画/93分/カラー作品
<あらすじ>
ビバリーヒルズの大豪邸に生まれ育った令嬢タラ(ホリー・ニア)。実業家の父親ウィリー(チャールズ・エイドマン)は世界有数の資産家にして第二次世界大戦の英雄、母親アストリッド(ジェニファー・ジョーンズ)はハリウッドにも人脈のある社交界の女王だ。
外から見れば非の打ちどころのない家庭環境だったが、しかし父親は若い男が大好きなクローゼット・ゲイで拝金主義者の俗物、母親はタバコ売りから成り上がった元ポルノ女優で、幼い頃から諍いの絶えない両親に歪んだ愛情を注がれて育ったタラは、情緒不安定で引っ込み思案の肥満少女へと成長してしまった。
18歳になった娘のため母親アストリッドは社交界デビューを兼ねた誕生パーティを開催するものの、自分の容姿に全く自信がないタラにとっては屈辱そのもの。居たたまれなくなった彼女は途中で会場を抜け出したところ、パーティで演奏していたロック・シンガー、ボガート(ジョーダン・クリストファー)と知り合う。
ハンサムで危険な魅力の漂うボガートに、すっかり夢中となってしまうタラ。彼のコミューンに迎え入れられた彼女は、ボガートやそのヒッピー仲間サントロ(ロディ・マクドウォール)にジョー(ルー・ロウルズ)、アンナ・リヴィア(デイヴィー・デヴィッドソン)らとも親しくなり、ドラッグとセックスとロックに溢れためくるめく快楽の日々を送る。
生まれて初めて自由の歓びを味わうタラ。そんな彼女に、自分の殻を打ち破って両親に反旗を翻すよう説くボガートたち。そこで、彼らはタラを連れて彼女の自宅へと上がり込む。かくして、不敵な微笑みを湛えたボガートは、そのカリスマ性と性的魅力を武器に上流階級の偽善的な仮面を引っぺがし、虚栄に満ちた大富豪一家を崩壊へと導いていく。
大女優ジェニファー・ジョーンズの黒歴史として、知る人ぞ知る幻のカルト映画である。ジェニファーと言えば、初主演作『聖処女』('43)でいきなりアカデミー主演女優賞を獲得し、その後も『白昼の決闘』('46)や『ジェニイの肖像』('47)、『終着駅』('53)、『慕情』('55)などなど、映画史に残る数々の名作に主演した泣く子も黙るスーパー・スターだ。
しかしその一方で、夫だった大物製作者デヴィッド・O・セルズニクの猛プッシュで売り出されたゴリ押し女優というイメージも強かった。実際、『聖処女』を含む主演作の殆どがセルズニクのプロデュースだ。しかも、彼女は無名時代に結婚した若い夫を捨てて、17歳も年上のセルズニクとダブル不倫の末に再婚している。もちろん、ジェニファーは才能にも美貌にも恵まれた素晴らしい女優であり、決してゴリ押しだけで成功したわけじゃないことは疑いようのない事実だが、しかし名声と引き換えに自分の体を差し出したと誤解されても仕方はないだろう。
また、マスコミ嫌いで素顔を明かさないところも逆に印象を悪くした。お高くとまっていると思われたのである。そのため、1965年にセルズニクが亡くなった途端、ハリウッドでは全く声がかからなくなってしまう。まあ、それだけが理由ではないだろう。最後の主演作『夜は帰って来ない』('62)が大コケしてしまったことも響いたはずだ。つまり、夫の後ろ盾ばかりか興行的な価値まで失われてしまったのだ。
いずれにせよ、僅かに1本だけイギリス映画に出演したものの、実質的には映画界を干されたも同然の状態が続く。それがよっぽどこたえたのか、『聖処女』で共演して以来、父親的な存在だった俳優チャールズ・ビックフォードが'67年に亡くなると、彼女は後追い自殺を図っている。幸いにも意識を失って倒れているところを発見され、一命をとりとめたのだが。そんな彼女にとって、実に7年ぶりのハリウッド映画復帰となったのが本作だった。
配給会社はアメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ(AIP)。主にドライブインシアター向けに低予算のB級ジャンル系映画を送り出していたAIPだが、本作は過去の人とはいえビッグネームのジェニファー・ジョーンズが主演ということもあってか、ロードショー映画館向けの一般作として配給されている。後になって考えれば、それが間違いのもとだったとも言えるだろう。というのも、ジェニファー・ジョーンズを目当てに映画館へ足を運ぶような客層とは、明らかに相容れないタイプの作品だからだ。
ずばり、実験色の強いアバンギャルドなサイケデリック映画。預言者的なヒッピーの若者が虚飾にまみれた大富豪一族の化けの皮を剥ぐというストーリーは、パゾリーニの『テオレマ』('68)を明らかに意識しているはずだが、同時に極彩色を散りばめたポップアート的な映像美はケネス・アンガーの実験映画からの影響も濃厚だ。上流階級の汚職や性の乱れを描いた部分は、恐らくアンガーの著書『ハリウッド・バビロン』にインスパイアされているのだろう。また、フェリーニの『魂のジュリエッタ』('64)を彷彿とさせるような、トリップ感満載のシュールなシーンも多々見受けられる。当時のハリウッド映画としては相当に野心的な作品だ。
主人公はビバリーヒルズに暮らす深窓の令嬢タラ。自らを「私はおとぎの国のお姫様」と呼び、美しく完璧なお屋敷で美しく完璧な両親に育てられた…はずなのだが、現実は自己嫌悪の塊みたいな過食症のおデブちゃんである。戦争の英雄で世界有数の大富豪である父親は、政界や財界にも影響力を持つ超大物だが、その素顔は札束で人の頬を叩くようなクズ野郎で、しかも若い男を自宅に連れ込んでやりまくる隠れホモだ。
一方、ジェニファー・ジョーンズが演じる母親も母親で、貧しいタバコ売りから違法ポルノ映画の女優となり、大富豪夫人へと上りつめた成り上がり者。ハリウッド業界にも顔が効く社交界の女王様だが、しかし愛のない夫とは日頃から諍いが絶えず、その欲求不満を娘への歪んだ母性愛で解消している。娘の欲しいものは何でも与えるけど、子育てはメイドに任せっきり。着せ替え人形のように娘をドレスや宝石で飾り立てつつ、その冴えない容姿や肥満体型を本人の前で平気で嘆く。そりゃ娘も情緒不安定のオドオドとした人見知りになりますわな。
で、恋愛の一つもしたことのないまま18歳の誕生日を迎えたタラのため、母親は盛大な社交界デビュー・パーティを催すことにするのだが、本人にとってはまさに悪夢。人前でさらし者になるわけだからね。しかも、娘のためと言いつつ実際は母親自身の虚栄心を満たすため。貧しい自分には叶わなかった夢だからだ。あなたにとっては屈辱かもしれないけど、お母さんのためだと思って我慢してね、なんて言いながら笑顔で娘をハグする鬼畜っぷり(笑)。ある意味で痛快だ。
そのパーティでタラと知り合うのが、ジム・モリソンとチャールズ・マンソンを足して割ったようなカリスマ的ロック・シンガーのボガート。自由奔放かつ大胆不敵、セックス・アピールの塊みたいなボガートは、自ら率いるヒッピー集団にタラを引き入れたばかりか、彼女の自宅へと上がり込んで我がもの顔で振舞う。お前らの時代は終わった!新しい時代の申し子にひざまずけ!とばかりに。さながら、旧世代のアメリカに対する革命世代の反乱だ。
実際、ボガートはタラの両親のことをアメリカの資本主義や物質主義の悪しき象徴として糾弾し、そんな両親に育てられて丸々と太ったタラのことを「醜いアメリカそのものだ」と嘲笑する。それでも誰一人として彼の魅力に抗うことは出来ず、一家は醜態を曝け出しながら堕ちるところまで堕ちていく。まるで性奴隷のごとく若い肉体に溺れていく母親、全裸にひん剥かれて鞭で打たれながら快感に悶絶する父親、そしてブタ呼ばわりされてもなお彼の愛を懇願するタラ。まさにカオスである。
監督は『デスレース2000年』('75)の脚本家として有名なロバート・ソム。彼はこの前年にAIPが配給した反権力的プロテスト映画『狂った青春』('68)の脚本を手掛けており、そのヒットの実績を買われたことから本作のゴーサインが出たと言われる。面白いのは、撮影監督のジョン・F・ウォーレン、衣装デザインのレニー、ヘアメイクのシドニー・ギラロフなどなど、主要スタッフがいずれもオスカー受賞ないしノミネート経験のある、ハリウッド黄金期を代表するベテラン職人ばかりだということ。本作のテーマを考えると極めて皮肉ではあるが、しかし一度はエヴァ・ガードナーにオファーされて断られた母親役を、ジェニファー・ジョーンズが引き受けた理由はそこにあるのかもしれない。
しかしながら、フタを開けてみれば酷評の嵐で興行的にも大失敗。AIP配給のアート系サイケデリック映画としては、『嵐の青春』('67)や『白昼の幻想』('67)以上に野心的かつ実験的な秀作だと思うのだが、ジェニファー・ジョーンズを目当てに行ったオールド・ファンからは総スカンを食らってしまった。まあ、それも仕方あるまい。恐らく、彼らにとってはチンプンカンプンな映画だったはずだからね。とはいえ、おかげでロバート・ソムの監督作もこれっきりになってしまったことは惜しまれる。
ちなみに、ボガート役を演じているジョーダン・クリストファーは、トロッグスの大ヒット曲『恋はワイルド・シング』のオリジナル・バージョンを録音したことで有名な'60年代のロック・バンド、ザ・ワイルド・ワンズのリード・ヴォーカリスト。また、タラ役を演じているホリー・ニアもシンガー・ソングライターで、後に反戦活動家でフェミニストのフォーク・シンガーとして有名になる。劇中の挿入歌を、大物ヒットメーカー・コンビ、バリー・マンとシンシア・ウェイルが手掛けているのも要注目だ。
それと、これは余談だが、もともと「Angel, Angel, Down We Go」というタイトルで1969年8月に封切られた本作。ところが、同時期にチャールズ・マンソン事件が発生し、一躍ニュースを賑わせるようになったことから、マンソン・ファミリーを連想させる「Cult of the Damned」というタイトルに変更された。いわゆる便乗商法である。それでもコケてしまったというのが悲しい。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:2.0ch DTS-HD Master Audio/言語:英語/字幕:なし/地域コード:A/時間:93分/発売元:Kino Lorber/20th Century Fox
特典:映画史家ナサニエル・トンプソンとティム・グリアーによる音声解説/オリジナル劇場予告編/スチル・ギャラリー
by nakachan1045
| 2017-10-29 14:13
| 映画
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