なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「千姫御殿」 Princess Sen in Edo (1960)
監督:三隈研次
製作:三浦信夫
脚本:八尋不二
撮影:竹村康和
美術:内藤昭
衣装考証:上野芳生
音楽:斎藤一郎
出演:山本富士子
本郷功次郎
山田五十鈴
中村鴈治郎
志村喬
滝沢修
小林勝彦
中村玉緒
島田竜三
千葉敏郎
鶴見丈二
滝花久子
浦辺粂子
日本映画/97分/カラー作品
<あらすじ>
かつて、幼くして徳川家から豊臣家へ嫁がされたものの、祖父・徳川家康(中村鴈治郎)の命を受けた坂崎出羽守(島田竜三)によって、落城する大阪城から助け出された千姫(山本富士子)。出羽守は褒美として千姫を奥方にするつもりだったが、嫌がった千姫は本多忠刻に嫁入りしてしまう。武士の面目をつぶされた出羽守は、力づくで千姫を奪うべく輿入れ行列を襲撃するが、立ち塞がった柳生但馬守(滝沢修)によって切り捨てられる。
本多家に嫁いだものの夫・忠刻は早くに死去。孤独な千姫は家康から与えられた吉田御殿、通称・千姫御殿に籠り遊興に明け暮れていた。ある晩、恋人おかつ(中村玉緒)と逢引の約束に遅れた大工の若者・芳之助(鶴見丈二)は、どこからともなく現れた女に声をかけられ、わけの分からないまま吉田御殿へと連れていかれる。そこで彼は、屋敷の老女・如月(山田五十鈴)から千姫の一夜の伽を命じられるが、その翌朝、御殿近くの沼で惨殺体で発見される。
その後も吉田御殿に上がった歌舞伎役者・銀之丞も同様に殺害され、千姫が若い男を御殿で慰み者にしては殺しているとの噂が江戸中を駆け巡る。本多家の家臣たちは、家名に傷が付くとして憂慮するものの、相手が家康の孫娘とあってはおいそれと手出しができない。そこで、本多家の若侍・小林万次郎(小林勝彦)が千姫と刺し違える覚悟で吉田御殿に上がり、世間の噂が本当か確かめることにする。だが、実は万次郎は以前より千姫を恋い慕っていた。その気持ちに千姫の心も揺れ動くが、しかしやがて万次郎も沼で死体となって発見される。
本多家の家臣が殺されたとなっては、幕府もこれ以上見見過ごすわけにはいかない。本多家と離縁することになった千姫は、祖父・家康に江戸城へと呼び出され、小堀家へ嫁ぐか出家して尼となるかの二者択一を迫られる。だが、これ以上政策の道具として使われることが我慢ならない千姫は、そのどちらをも拒絶するのだった。
その頃、再び老女・如月によって田原喜八郎(本郷功次郎)なる若い浪人が吉田御殿に招き入れられる。彼の毅然とした男らしい態度に心動かされた千姫は、本気で喜八郎のことを好きになってしまう。そんなある晩、女中として屋敷に忍び込み復讐の機会を狙っていたおかつが、自室で独りになった千姫を殺そうと短刀で襲い掛かる。すぐに取り押さえられたおかつ。その口から芳之助や銀之丞、万次郎が殺されたことを知らされ、千姫は驚きを隠せなかった。
事情を知った千姫は、おかつを無罪放免で家に帰す。すると、屋敷を出たおかつに侍の集団が襲い掛かる。間一髪のところを助けに入ったのは喜八郎だった。実は彼、幕府老中・本田佐渡守(志村喬)から千姫の身辺調査を任された隠密だったのだ。今や千姫を本気で愛するようになった彼は、一連の千姫ご乱心騒動が何者かによる陰謀であると睨む。やがて、千姫が最も信頼している老女・如月が首謀者であると判明するのだが…。
夜な夜な若い美男子を屋敷へ招き入れては、散々もてあそんだ末に殺してしまう男狂いの毒婦・千姫。そんな、江戸時代に流布した奇々怪々な「千姫御殿」伝説を下敷きに、武家社会の政争の道具として使われた徳川家の姫君・千姫の数奇な運命を描いた、絢爛豪華たる歴史絵巻である。
まずは、背景となる史実から振り返ってみよう。江戸幕府2代目将軍・徳川秀忠の長女として生まれた千姫。大層な美貌の持ち主だったと言われているが、わずか7歳で豊臣秀頼の正室として嫁に出されてしまう。しかし、17歳の時に大坂冬の陣が勃発。一度は江戸幕府と豊臣の間で和平が成立するものの、翌年には夏の陣でいよいよ大阪城は落城。その際、孫娘を可愛がっていた祖父・徳川家康の命を受けた津和野藩主・坂崎直盛(出羽守)によって、千姫は無事に助け出された。
その後、千姫は再び政略結婚で本多忠刻の正室となることに。ところが、その際に先の命の恩人である坂崎直盛が、輿入れの行列を狙って千姫の強奪を計画するという前代未聞のスキャンダル事件が起きてしまう。その理由については諸説あって真相不明なのだが、本作では「千姫を助けたら嫁にやる」と家康から約束されたにも関わらず、その千姫から一方的に結婚を断られてしまった直盛が、武士の面目を潰されたことから逆上して事に及んだという「約束反古」説を採用。いずれにせよ、この事件後に坂崎家は改易処分を受けてしまう。
…と、ここまでは概ね史実に忠実な本作。まあ、柳生但馬守と一戦交えて斬り捨てられるという直盛の壮絶な最期は完全な創作だが、自分の家臣に斬られた上で自害に見せかけられるという実際の末路よりは、映画的に盛り上がることは間違いないだろう。今わの際の憎悪煮えたぎる、恨めし気な直盛の表情などインパクト大。劇中で千姫が事件を思い出して悪夢にうなされるというのも大いに納得だ。
で、本多家に嫁いだものの夫・忠刻に先立たれてしまった千姫。ここからの展開は、「千姫御殿」伝説を基にした本作オリジナルのフィクションである。まあ、そもそも伝説そのものが事実無根の悪意ある噂話なのだが、本作ではそれを歴史上の事実と仮定した上で、お家のため政争の道具にされてきた千姫の自我の目覚めと、幸せを追い求める彼女がようやく見つけた真実の愛の哀しい末路を、千姫御殿と呼ばれた屋敷に渦巻く恐るべき陰謀を絡めながらサスペンスフルに描いていく。
お盆の夜更けに道行く若者の前に妖しげな女が現れて声をかけ、千姫の居住する吉田御殿、通称・千姫御殿へと招き入れていく様子はさながら怪談のごとき雰囲気。しかも、出迎えるのが老女・如月を演じる山田五十鈴なもんだから、なお一層のこと恐ろしい(笑)。千姫様の寝間へと上がって、一晩お慰めするよう若者に命じる如月。不安げな様子で寝間へと通される若者だが、目の前に現れた千姫の美しさにたちまち魅了される。ところがその翌朝、屋敷近くの沼で死体となって発見される若者。その後も同様の事件が立て続けに発生し、たちまち世間では千姫御殿の良からぬ噂が囁かれるようになる。
これには本多家のみならず江戸幕府も頭を抱え、なんとか千姫にご乱行を思いとどまらせねばと策を案ずるわけだが、しかし当の千姫は家康公の説得にすら聞く耳を全く持たない。幼い頃から徳川家の勝手な都合で結婚相手を決められ、女としての自由も幸せも奪われてきた千姫にとって、一連の遊興三昧は武家社会に対するささやかな抵抗と復讐なのだ。ただし、実は彼女、若者たちと一時の情事を楽しんだことは間違いないのだが、彼らが次々と悲惨な最期を遂げたことまでは知らない。つまり、何者かが彼女を希代の悪女に仕立てるため陰謀を仕組んでいたのだ。
そんな折、幕府老中の命を受けた隠密・喜八郎が流れ者の浪人を装って通りがかったところ、例のごとく老女・如月によって吉田御殿へと招き入れられる。千姫の美貌や地位など全く意に介さず、自分を安売りなどしない喜八郎の誇り高い態度に強い感銘を受ける千姫。この人こそ私が長年探し求めてきた男性だと、たちまち恋に落ちてしまう。一方の喜八郎も、本当は純粋で孤独な千姫の素顔に触れ、やがて彼女を愛するようになる。激しく燃え上がる恋の炎。だが、そんな2人に再び恐るべき陰謀の影が忍び寄り、さらには武家社会の厳しい掟が立ちはだかる。
日本的な様式美を存分に生かした、妖しくも耽美的でスタイリッシュな演出は三隈研次監督の真骨頂。『金色夜叉』('47)の八尋不二による脚本も丹念に練られているし、『座頭市』シリーズや『子連れ狼」シリーズでも三隈監督と組む内藤昭による壮麗な美術、大映時代劇に欠かせない上野芳生による煌びやかな衣装にも目を奪われる。とても二本立てのプログラム・ピクチャーだったとは思えない。まさしく日本映画黄金期の底力である。
もちろん、千姫を演じる山本富士子の神がかり的な美貌も大きな見どころだろう。麻の蚊帳越しに佇む千姫にカメラがグッと寄っていく初登場シーンなどは、思わず息を呑むような美しさ。いかにも古式ゆかしい時代劇ならではのセリフ回しは、さすがに今となってはくどいようにも感じられるが、それもまた古典映画だからこその味わいとも言えよう。
対する喜八郎役の本郷功次郎がまた、文字通り水も滴るような美青年。当時まだ21歳である。筆者世代は『特捜最前線』のベテラン中年刑事のイメージが強いので、若い頃のイケメンぶりを見るたびに少なからず驚かされる。いや、晩年も渋くてカッコいいオジサンだったけどね。
さらに、明らかに『蜘蛛巣城』('58)の延長線上にある不気味な老女・如月を演じる大女優・山田五十鈴が強烈過ぎるほどのインパクトを残す。可憐で一途な町娘おかつを演じる中村玉緒も可愛らしい。そのほか、志村喬や滝沢修、中村鴈治郎といった映画界の重鎮がズラリ。また、千姫の年老いた乳母に田坂具隆監督夫人の滝花久子、冒頭で殺される若者・芳之助の母親に浦辺粂子が扮している。
評価(5点満点):★★★★★
参考DVD情報(日本盤)
カラー/ワイドスクリーン(2.35:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:日本語/字幕:なし/地域コード:2/時間:97分/発売元:株式会社KADOKAWA
特典:なし
by nakachan1045
| 2018-04-21 10:00
| 映画
|
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