なかざわひでゆき の毎日が映画三昧
「ハネムーン・キラーズ」 The Honeymoon Killers (1969)

監督:レナード・キャッスル
製作:ウォーレン・ステイベル
脚本:レナード・キャッスル
撮影:オリバー・ウッド
音楽:グスタフ・マーラー
出演:シャーリー・ストーラー
トニー・ロー・ビアンコ
メアリー・ジェイ・ヒグビー
ドリス・ロバーツ
キップ・マッカードル
マリリン・クリス
ドロタ・ダックワース
アメリカ映画/108分/モノクロ作品
<あらすじ>
アラバマ州の田舎町で年老いた母親と2人暮らしの独身女マーサ(シャーリー・ストーラー)。病院の看護婦長として働く彼女は、職場とアパートを行き来するだけの無味乾燥な生活の中で、すっかり性格は頑固で嫌味な皮肉屋となってしまい、ストレス発散のために食べてばかりいるせいで体型は人並み外れた巨漢に。そんなマーサを心配した世話焼きな隣人バニー(ドリス・ロバーツ)は、雑誌の広告で見かけた出会い系文通クラブに彼女を登録する。恋人でも出来ればマーサも変わるだろうと考えたのだ。
嫌々ながらもバニーの強引な後押しで、ニューヨークに住む独身男性レイ(トニー・ロー・ビアンコ)と文通を始めたマーサ。彼の女心をくすぐるような甘く優しい手紙にすっかり夢中となってしまう。しかも、わざわざアラバマまで会いに来てくれた彼は、写真で見るよりも遥かに男前だった。母親(ドロタ・ダックワース)やバニーの手前、平静を装って見せるマーサだったが、内心では彼の虜となっていく。レイも彼女のことを気に入った様子で、結婚の約束までしてくれた。
しかし、レイは予期せぬ金銭トラブルが起きたことを理由に、マーサから多額の借金をして急きょニューヨークへ帰ってしまう。実は、彼は孤独な中高年の独身女性ばかりを狙った結婚詐欺師だったのだ。金は手に入れたので、もうマーサには用がない。レイは一方的に電話で別れを告げる。しかし、彼が結婚詐欺師だとは全く気付いていないマーサは諦めきれず、バニーの手助けで狂言自殺を演じる。驚いたレイはすぐにアラバマへ駆けつけた。
思い切ってマーサに自分の正体を打ち明けるレイ。事実を知ってもマーサの気持ちは変わらなかった。それどころか、彼の結婚詐欺を助けると申し出る。かくして、レイと結婚して病院の仕事を辞職し、母親を老人ホームに預けた彼女は、夫の結婚詐欺の片棒を担ぐことになる。
レイの姉を装って詐欺行為を繰り返していくマーサ。しかし、演技だと分かっていても、愛する男がよその女と親しげにする様子を間近で見ることに耐えられず、ついつい嫉妬心をむき出しにしてしまう。そのたびに「計画をムチャクチャにするな!」とレイから怒鳴り散らされる彼女だったが、それでもすがりつくように付きまとい、かいがいしく彼の手助けをしていく。
ところがある時、ターゲットの子連れ女性マートル(マリリン・クリス)がレイを両親に紹介したいと言い出し、嫉妬に駆られたマーサは彼女に薬を盛って殺してしまった。さらには、資産家の未亡人ジャネット(メアリー・ジェイ・ヒグビー)に銀行から大金を下ろさせようとしたところ、彼女がマーサの素性を疑って騒ぎ始めたため、トンカチで殴り殺してしまう…。
ジョン・カサヴェテスやマーティン・スコセッシ、ウディ・アレンら、アメリカ映画の新時代を担う才能たちがひしめく'60年代ニューヨーク・インディペンデント映画シーンから誕生した怪作である。しかも、時はハリウッド映画界にアメリカン・ニューシネマの嵐が吹き荒れた'60年代末。本作も、さながらインディーズ版『俺たちに明日はない』('67)といった赴きだが、しかし淡々としたドキュメンタリー・タッチを徹底して貫くモノクロ映像の印象はだいぶ違う。
そもそも、製作者ウォーレン・ステイベルや監督・脚本のレナード・キャッスルにとって、本作の企画は『俺たちに明日はない』を否定するところから始まったのだという。主人公のボニーもクライドも実物とはかけ離れた美男美女、ストーリーだって現実的に考えれば不自然な点が多い。なんだかんだ言っても、所詮はハリウッドの夢工場で加工された絵空事。真のリアリズムとはこういうものだ、実録映画とはこういうものだ、というのを具体的に示すことが本作の最終的な目標だった。ある意味、これはハリウッド業界のニューシネマ・ブームに対するニューヨーク・インディペンデント業界からの返答だったとも言えよう。
ストーリーは'40年代のアメリカで実際に起きた連続結婚詐欺殺人事件を下敷きにしている。なるべく展開をシンプルにするため、例えばマーサの離婚歴や子供の存在をなかったことにするなど、部分的な改変は加えられているものの、基本的には登場人物たちの名前から事件のあらまし、舞台となった場所まで、物語の大半が事実に基づいているという。特に、主人公のマーサとレイを演じる役者の風貌にはこだわったらしく、重量級の肥満体型ながら女の性の匂いがプンプンとするシャーリー・ストーラー、見るからにいかがわしそうなラテン系の伊達男トニー・ロー・ビアンコと、いずれも決して実物と瓜二つというわけではないものの、しかしなんとも言えない生々しさを醸し出すキャスティングは見事だ。
中でも、愛する男のためなら子供だって平気で殺すマーサ役のシャーリー・ストーラーが強烈!そもそも、本作のストーリーは彼女を中心に展開していく。狭いアパートで年老いた母親と2人暮らし。職場の病院では鬼婦長として周囲から敬遠され、家に帰ればストレス発散のためにひたすらチョコやスナックを食いまくる。恐らく、長いこと恋愛とはまるで縁のない生活を送って来たのだろう。自分の見た目などもはや気にする素振りもなく、いつも不機嫌でクスリとも笑わない威圧的なデブ女。そんな恋愛素人の彼女だからこそ、これ見よがしな結婚詐欺師の男にコロッと引っかかり、たちまち愛欲の渦に溺れてしまうわけだ。
だが、彼女がその他大勢の孤独なカモ女たちと決定的に違ったのは、その旺盛な食欲を遥かに上回る猛烈な執着心だ。たとえ彼が犯罪者だっていい、心から愛してくれなくてもいい、ずっと傍にいれるなら一緒に地獄へ堕ちたって全然構わない。そこから、女に目覚めてしまったヒロインの転落人生が始まる。当初はただの痛い女にしか見えないマーサだが、しかし愛するレイを前にして見せる恋する女の顔がなんとも色っぽく、同時に甲斐甲斐しく汚れ仕事を引き受ける姿には哀れすら漂う。そして、いつしか殺人まで辞さなくなるに至り垣間見えてくるのは、恋に狂った女の凄まじい執念。シャーリー・ストーラーの存在感と演技力は圧巻である。
監督・脚本のレナード・キャッスルの本業はオペラの作曲家。当時、製作者ウォーレン・ステイベルのルームメイトだった彼は、ステイベルに頼まれて本作の脚本を書き上げた。もともと監督にはマーティン・スコセッシが起用されていたものの、演出の方針に関してステイベルと対立したことから撮影開始直後にクビとなり、そのピンチヒッターとしてキャッスルに白羽の矢が立ったというわけだ。後半の背筋の凍るような展開はリチャード・ブルックス監督の傑作『冷血』('67)をも彷彿とさせる衝撃。後にも先にも監督作がこれ1本きりというのは惜しまれる。
また、当初マーサ役には舞台女優マリリン・クリスがオーディションを受けていたものの、演技力はあるけれど体型が細いという理由で不合格となり、その代わり最初に殺される南部訛りのお喋り女マートル役を演じることに。その後、マーサ役がなかなか決まらないことを知った彼女は、知人だったシャーリー・ストーラーを製作陣に紹介したところ、これがドンピシャだった。本作で強烈な印象を残したシャーリーは、以降もイタリアの女流監督リナ・ウェルトミューラーの名作『セブン・ビューティーズ』('76)やオスカー受賞作『ディア・ハンター』('78)、そしてフランク・ヘネンロッター監督のカルト作『フランケンフッカー』('90)などでも怪女優ぶりを発揮している。
レイ役のトニー・ロー・ビアンコは、『フレンチ・コネクション』('71)や『フィスト』('78)など数々の映画に出演し、主に悪役として売れっ子となったのはご存知の通り。撮影監督のオリバー・ウッドは『ダイハード2』('90)を皮切りにメジャー映画で引っ張りだことなり、中でも『ボーン・アイデンティティー』('02)に始まるジェイソン・ボーン・シリーズのカメラマンとして有名になった。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
モノクロ/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:1.0ch リニアPCM Mono/言語:英語/字幕:英語/地域コード:A/時間:108分/発売元:The Criterion Collection (2015年)
特典:レナード・キャッスル監督インタビュー(約30分)/俳優トニー・ロー・ビアンコと女優マリリン・クリス、編集者スタン・ワーナウのインタビュー(約25分)/ビデオ・エッセイ「Dear Martha...」(約22分)/オリジナル劇場予告編
by nakachan1045
| 2017-02-13 19:37
| 映画
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