なかざわひでゆき の毎日が映画三昧
「黒の試走車(テストカー)」 Black Test Car (1962)

監督:増村保造
企画:中島源太郎
原作:梶山季之
脚本:舟橋和郎
石松愛弘
撮影:中川芳久
音楽:池野成
出演:田宮二郎
叶順子
船越英二
高松英郎
見明凡太郎
竹村洋介
菅井一郎
上田吉二郎
長谷川季子
中条静夫
日本映画/95分/モノクロ作品

大手自動車メーカーのタイガー自動車はスポーツカー、パイオニアの開発を進めていたが、試走車のテストドライブが運転ミスで失敗してしまう。しかも、テストドライブは極秘で行われたはずなのに、翌日の各業界紙で一斉にトップ記事となっていた。
企画部一課はタイガー自動車の産業スパイ部門。企画部長・小野寺(高松英郎)のもとに、タレコミ屋としてタイガー自動車に出入りする某業界紙記者・的場(上田吉二郎)が訪れ、マスコミに情報を流したのはライバル社・ヤマト自動車の企画本部長・馬渡(菅井一郎)であることを告げる。車内で情報を知るのは最高幹部のみ。そのうちの誰かがヤマト自動車のスパイであることは間違いなかった。
そこで小野寺は一計を案じる。最も信頼する部下・朝比奈(田宮二郎)らにパイオニアの偽書類を作らせ、さも大衆車であるかのように見せかけるのだ。その書類を幹部全員に配布すれば、スパイを通じて必ず馬渡の手許へ渡るはずだった。
一方、朝比奈は馬渡が「パンドラ」というバーの常連であることを知り、恋人の昌子(叶順子)をホステスとして送り込んで馬渡の身辺を探らせる。それまでママの加津子(長谷川季子)のご贔屓だった馬渡だが、まんまと若い昌子に惚れ込んでしまう。
昌子から馬渡がパイオニアの偽書類を見ていたと聞いた朝比奈は、さらに偽名を使って馬渡に接触し、パイオニアの偽設計図を渡す。しかし、それが罠であることを見抜かれたばかりか、馬渡はパイオニアがスポーツカーであることを既に知っていた。
的場からヤマト自動車が新作の準備をしていると聞いた小野寺は、今度は逆にヤマトの情報を盗もうと考える。下請け業者の協力のもと秘かに情報を集める企画部一課の面々。さらに、ヤマトのデザイン課長の弱みを握って脅迫する。その結果、ヤマトの新車がスポーツカーであり、なおかつイタリアに特注したパイオニアの設計図が、そのままパクられていることが判明した。
社内でパイオニアの設計図の保管場所を知るのは重役7人のみ。しかし、さすがに重役を魔女裁判にかけるわけにはいかない。そこで、小野寺はパイオニアの大量生産に踏み切るよう専務に進言し、価格競争で勝負に出ることにする。そこで肝心なのは、敵が幾らで新車を売り出すかだ。
朝比奈は昌子に馬渡のホテルへ出向き、新車販売価格の記された書類を見てくるよう頼む。それは、馬渡と寝ろと頼むことと同じだった。あきれ果てて断る昌子。しかし、朝比奈は一歩も引かない。恋人を売ってまで会社のために尽くす、そんな朝比奈に愛想を尽かした昌子は、頼みは引き受けるけど2人の関係はこれで終わりだと告げる。
かくして、ヤマト自動車よりも安い価格で販売されたパイオニアは大ヒット。馬渡が敗北したかに思えた。ところが、パイオニアを購入した人物が事故を起こし、車の不具合が原因だと訴える。たちまち窮地に陥るタイガー自動車。しかし、販売開始初日に事故というのは不自然過ぎる。案の定、訴えを起こした人物は馬渡の関東軍時代の部下だった。調べを進めた小野寺と朝比奈は、社長の娘婿である企画部二課の課長・平木(船越英二)に疑惑の目を向ける…。

'62年より2年間に渡って大映で制作された「黒」シリーズの記念すべき第一弾である。全部で11作を数える「黒」シリーズだが、基本的にタイトルが『黒の~』となっているだけで、ストーリー的な関連性は全くない。主演スターも田宮二郎が登板数において最多ではあるものの、一方で宇津井健や川崎敬三を起用した作品もある。ただ、産業界や政界などの裏側でうごめく熾烈な競争や陰謀工作を題材にするという点では一貫したものがあった。さながら、高度経済成長に沸く日本社会の闇に斬り込む作品群と言えよう。

で、本作のテーマはずばり「産業スパイ」。日本経済をリードする自動車業界を舞台に、新車開発を巡るライバル企業同士の仁義なき情報バトルが描かれていく。主人公は架空の自動車メーカー、タイガー自動車の企画部一課チーム。いわゆる産業スパイ部門だ。タイガー自動車では社運を賭けたスポーツカー、パイオニアの開発を進めているが、その情報をライバルのヤマト自動車が虎視眈々と狙っている。

相手は業界最大手の大企業である上に、あちらの企画部長・馬渡は戦時中に関東軍のスパイだったという筋金入りの策士。若い社員の多いタイガー企画部ではなかなか歯が立たない。しかも、タイガーの幹部内には敵方に寝返った裏切り者がいるらしく、気が付いたら情報は筒抜けだ。そんな絶対的に不利な状況の中、やがて小野寺や朝比奈など企画部一課チームの面々は、勝つためなら手段を選ばない強行作戦に出て行くこととなる。

賄賂や強請り、美人局に盗聴・盗撮なんぞ当り前。会社のためなら違法行為も厭わない企業戦士たち。敵方のボス、馬渡が元関東軍スパイというのが象徴的だ。戦前・戦中はお国のためと命を捨てていた日本人が、戦後の今では会社のために人間性を捨てている。なんという皮肉。しかし、本当にそれでいいのか?社会的・経済的な成功よりも大切なものがあるのではないか?というのが本作の核心だ。

さすがに、50年以上も前の映画ゆえ、時代に色褪せた部分が多いことは否めない。当時の観客にとってはショッキングな内容だったかもしれないが、企業や個人のモラルの境界線が大きく様変わりした21世紀の今となってみれば、さほど驚くに当たらないというのが概ねの印象だろう。

まあ、確かに敵の情報を入手するため、結婚を約束した恋人・昌子の貞操までをも売り渡す朝比奈の神経はどうかと思うが(笑)。しかも、これをやってくれたら今すぐにでも結婚してあげる、なんて勝手な交換条件を持ち出す姑息さ。まるで新興宗教にも似た愛社精神の暴走であるが、確かに昭和の企業戦士にはそういう面があったことも否定は出来ないだろう。ま、個人的にそんな人間になったらオシマイだと思うけどね。

監督は当時、若尾文子とのコラボレーションでヒット作を次々と生んでいた名匠・増村保造。ノワール風の洗練されたビジュアルにテンポの良い筋運びで観客を飽きさせない。特にモノクロの陰影を強調した照明と計算された役者の「顔」の配置がとても面白く、非常に手の込んだ作品に仕上がっている。ロケ撮影は恐らく丸の内辺りで行われたと思うのだが、まるでニューヨークのマンハッタンかと見紛うばかり。当時の経済成長著しい日本社会の豊かさと華やかさが伝わる。

主演は一応、大映の看板スターである田宮二郎なのだが、蓋を開けてみると一番目立つのは企画部長・小野寺を演じる高松英郎。溢れんばかりのバイタリティでチームを率いるリーダーであり、自分のことよりも部下や会社を優先して考える理想の上司という役どころだ。と同時に、主人公・朝比奈の道徳観念を狂わせるメフィストテレス的な性格も持ち合わせており、決して一筋縄ではいかない人物。筆者世代にはアクの強いコワモテのオジサンという印象の強い高松だが、当時は30代前半とまだ若く、なかなかの男前だったりする。こんな上司のためだったら何でもやっちゃう!という朝比奈の気持ちも分からないではないだろう。

また、前半では全くもって影の薄い船越英二だが、彼の演じる課長・平木こそが実は裏切り者だったと分かったところから、俄然と存在感を増していく。中でも、高松演じる小野寺との丁々発止の尋問シーンは圧巻の一言。風采の上がらない気弱で卑屈な中間管理職の男が、じわじわと追い詰められることで常軌を逸していく様を、驚くほどリアルに演じている。決してオーバーアクトにならないところが見事だ。

見るからに胡散臭い新聞記者・的場役の上田吉二郎のクセモノ親父っぷりや、卑怯な陰謀工作にセクハラ三昧の馬渡を演じる菅井一郎のねっとりとした厭らしさもインパクト強烈。昔の日本映画の醍醐味は、こうした凄まじく個性の強いバイプレイヤーたちに支えられていたと言えるだろう。自動車業界人が入りびたるバーのママ、加津子を演じる元タカラジェンヌ、長谷川季子のゲスなアバズレ感にもニンマリさせられる。

そして、朝比奈の恋人でバーのホステスを務める昌子役の叶順子。夜の世界で人間の汚さや浅ましさを散々見てきた女の醒めた虚無感、だからといって体まで安売りはしない女の意地とプライドをよく出している。結局は朝比奈のすがりつくような懇願に折れて、機密情報を手に入れるため馬渡と一夜を共にするわけだが、人として超えてはいけない一線を越えたからには、この人とはもうオシマイだと腹をくくっている。馬渡からプレゼントされたダイヤの指輪に口づけしながら、「石でもあんたよりは温かい」と突き放すように言い放つ叶順子のカッコ良さ。世間から後ろ指をさされる水商売の女の方が、一流企業のエリートサラリーマンよりもずっと大人で男前。増村保造ってやっぱり基本はフェミニストなんだろうなと思わせられる。

評価(5点満点):★★★☆☆
参考DVD情報(日本盤)
モノクロ/ワイドスクリーン(2.35:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:日本語/字幕:なし/地域コード:2/時間:95分/発売元:株式会社KADOKAWA
特典:スタッフ・キャスト解説/劇場予告編/フォトギャラリー
by nakachan1045
| 2017-12-11 03:11
| 映画
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