なかざわひでゆき の毎日が映画三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画評論日記
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「雪夫人絵図」 Portrait of Madame Yuki (1950)

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監督:溝口健二
製作:瀧村和夫
原作:舟橋聖二
脚本:依田義賢
   舟橋和郎
撮影:小原譲治
美術:水谷浩
音楽:早坂文雄
出演:上原謙
   木暮実千代
   浜田百合子
   久我美子
   柳永二郎
   山村聰
   夏川静江
   浦辺粂子
   加藤春哉
   田中春男
日本映画/86分/モノクロ作品





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<あらすじ>
旧華族・信濃家が熱海に所有する豪華な別荘へ、同家の旧領地である信州出身の若い娘・濱子(久我美子)が女中としてやって来る。別荘に住むのは信濃家の令嬢・雪(木暮実千代)。お姫様として育てられた雪は大変な美貌の持ち主で、しかも上品で心優しい。濱子にとっては憧れの存在であると同時に、手の届かない雲の上の人でもあった。
だが、今の信濃家は没落の危機にあった。婿養子に迎えた雪の夫・直之(柳永二郎)は京都に妾を囲って放蕩三昧、幾つもの事業に失敗して信濃家の財産を食い潰していたのだ。しかも、妻・雪に対しては横暴で冷淡。そんな亭主を心から憎んでいる雪だったが、しかし彼との激しい夜の営みには抗しがたく、疼く肉体が直之を求めてしまい別れることが出来ない。
一方、雪には想いを寄せる男性があった。幼馴染である琴の師匠・菊中方哉(上原謙)である。粗野な直之とは正反対の知的で洗練された優男。方哉も雪のことを慕っているが、しかし彼女を力づくで奪うほどの度量はない。それどころか、優柔不断な雪のことを正論でたしなめ、貴方がもっと強くならなければいけないとハッパをかけるばかり。だが、温室育ちで独りでは何もできない雪には無理な話だった。
そんな折、雪の父親が急逝して信濃家の屋台骨はいよいよ危うくなる。遺産を整理したところ、雪の手元に残ったのは熱海の別荘だけだった。そこで、方哉は別荘を改装して旅館を営業してはどうかと勧める。経済的に自立すれば直之とも別れられるし、たとえ離婚しても食べていけるからだ。しかし、愛人・綾子(浜田百合子)と秘書・立岡(山村聰)を連れて転がり込んだ直之に、散々恥をかかされながらも自分を捨てないでくれと雪は泣いて懇願する。そんな女主人の矛盾した煮え切らない態度に、彼女を心配する濱子や書生・誠太郎(加藤春哉)は歯がゆい思いを募らせる。
今度こそはと方哉に叱咤され、離婚を告げるため京都の直之のもとを訪ねる雪。しかし、悩んだ末に自殺未遂を起こしてしまった。ようやく立ち直ったところへ、今度は直之が京都からやって来る。財産が底を尽きてしまったため、旅館の経営を綾子に任せるというのだ。それは、信濃家の最後の財産である旅館を奪おうという、綾子と立岡の巧妙な策略だった…。
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戦中~戦後にかけて批評・興行的な失敗が続き、長いことスランプに陥っていた巨匠・溝口健二。これはそんな低迷期に発表された文芸映画である。なるほど、確かに『祇園の姉妹』('36)や『残菊物語』('39)、『雨月物語』('53)といった、世界の映画史に燦然と輝く傑作群と比べて見劣りすることは否めない。とはいえ、そこはさすがに「腐っても鯛」ならぬ「腐っても溝口」。そんじょそこらの凡作とはわけが違う。いや、むしろ隠れた名作と呼んでも差し支えないだろう。
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少なからず驚かされるのは、今から70年近く前の映画としては極めて大胆なエロティシズムである。主人公は蝶よ花よと育てられた、旧華族の美しき令嬢・雪夫人。年の頃は30過ぎといったところか。当時の感覚で言えば、まさしく女盛りの熟女である。彼女には婿養子の亭主がいるのだが、これが放蕩三昧で浪費家のダメ人間。外に愛人を囲って一族の資産を食い潰しておきながら、家に帰れば偉そうにふんぞり返って妻に暴言を浴びせるDV夫だ。そんな夫に嫌悪と軽蔑の目を向ける雪夫人だが、しかし別れたくても別れられない。なぜなら、セックスの相性が抜群にいいからだ。
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「いやよ、おやめになって」と口では言いながらも、しかし無理やり押し倒され激しく責められると歓喜のため息を漏らす雪夫人。ちょっとマゾの気があるんですな。それとも、よっぽど相手が絶倫なのか。その辺は定かでないものの、いずれにせよ心では夫のことを憎悪しながらも肉体はすっかり彼の虜。なので、これまで何度離婚を考えたか知れないが、しかしそのたびに肉欲が勝ってしまうのだ。
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で、その旦那の信之ってのがまた相当にサディスティックなゲス野郎なのですよ。雪夫人に憧れる初心で純情な女中・濱子に夫婦のあられもない痴態を見せつけ、さらにはその目の前で夫人の脱いだ着物を折りたたむよう強制。汚れを知らぬうら若き乙女が、ショックと恥ずかしさのあまりオロオロする姿を眺めてほくそ笑む。なんとも趣味が悪い。で、肝心の雪夫人はというと、一発やり終えて頭は真っ白の放心状態である。そんな彼女の優柔不断な態度に、召使たちは少なからず不満を募らせているものの、とはいえお嬢様育ちの無力な女主人を哀れに思って責めきれないのだ。
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一方、雪夫人には秘かに想いを寄せる相手がいる。幼馴染である琴の師匠・菊中方哉だ。見るからに下品な中年親父の信之とは正反対な、知的で上品でハンサムなインテリ紳士。彼もまた雪夫人に好意を持っており、いわば相思相愛の仲なのだが、これがまた煮え切らない男なんだよね。傍若無人な夫に対する雪夫人の葛藤を知りながらも、「それはあなたが弱いからだ」「もっと強くならなくてはいけません」と正論を振りかざして彼女を叱責するばかり。結局のところ、何の役にも立たない。彼女を愛しながらも指一本触れないのだって、ぶっちゃけ自分が矢面には立ちたくないからだ。愛しているなら奪い去って欲しい、というのが雪夫人の本音だが、残念ながら彼にはそんな度胸も覚悟もない。紳士のふりをした腰抜け、正義の味方のふりをした卑怯者だ。
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そんな男女3人の、複雑にもつれ合った愛と憎しみの泥沼関係がストーリーの主軸。先述したように、70年近く前の映画にしては驚くほど、男女の性愛が赤裸々に描かれている。と言っても、もちろん直接的な性描写があるわけではない。あくまでもほのめかす程度なのだが、観客の想像を嫌がおうにも掻き立てる、エロティックで耽美的な演出はなかなかのもの。また、熱海や箱根を舞台にしたロケーションの端正な美しさ、溝口映画には欠かせない美術監督・水谷浩がデザインした日本家屋の洗練された趣き、移動カメラや長回し、クレーン・ショットを駆使した溝口監督ならではの凝ったカメラワークとも相まって、一歩間違えると昼メロドラマかロマンポルノかといった通俗的な物語に香しい品格を与えている。
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また、本作は戦後の華族制度廃止によって凋落の道を辿っていく夫婦の悲劇を描いたドラマでもある。金を使うのは得意だけど稼ぐ方法を全く知らず、度重なる事業の失敗と浪費によって財産を失ってしまう信之。そして、お嬢様育ちで生活能力に乏しく、誰かに頼らねば生きていけない雪夫人。戦前ならば働かずとも贅沢な暮らしの出来た2人だが、それゆえに戦後の民主主義・資本主義の競争社会には対応できず、挙句の果てには邪まな連中の食い物にされてしまう。そこには、『山猫』('63)で貴族階級の没落を郷愁たっぷりに描いた、イタリアの巨匠ヴィスコンティのような優美なロマンティシズムは殆ど見られない。どこまでも哀れで残酷なのだ。
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ただ、全体的に主人公たちの心理描写における掘り下げがかなり甘く、清濁併せ呑んだ物語も結果的に綺麗ごとで終わってしまったような印象は否めない。もともと溝口作品には、どこか登場人物を突き放して描くようなところはあるものの、本作の場合はそれが裏目に出てしまったような気がする。なので、夫に対する雪夫人の相反する感情の葛藤はもとより、そんな妻に対する夫・信之の愛情と嫉妬、雪夫人を慕う若い書生・誠太郎の忠義心と反発など、登場人物たちの矛盾した言動が唐突に感じられてしまう場面も少なくない。
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さらに言えば、雪夫人を演じている名女優・木暮実千代もあまり適役ではなかったように思う。どちらかというと、庶民的で気風のいい大人の女性の色気を醸し出して魅力を発揮する女優。本人も自分がミスキャストであることを理解していたらしく、なるべく本来の地が出ないように抑えて演技をしていたようなのだが、そのせいで何を考えているのかよく分からない、ただの不思議ちゃんキャラになってしまった。確かに、浮世離れした美しさは雪夫人役として相応しい。むせ返るような熟女の色香も文句なしに素晴らしい。ただ、幸薄い深窓の令嬢というのは、やはり木暮実千代の本来の柄ではないのだ。
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秀逸なのは夫・信之役の柳永二郎。旧華族の高貴な旦那様とはとても思えない、ヤクザで下品な暴君といった風情を実に上手く醸し出している。それでいて、実は美しくて完璧な妻に対するコンプレックスを抱えていて、その裏返しでひどい仕打ちをしてしまうという情けなさ。一方、言うことは立派だけど軟弱で非力な二枚目の優男・方哉を演じている上原謙も、こう言っちゃなんだがイメージ通りのはまり役だ。
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物語の語り部である女中・濱子に扮しているのは、当時『また逢う日まで』('50)のガラス越しのキス・シーンで大ブレイクしたばかりの久我美子。実生活では旧華族のお嬢様だった彼女が、その奉公人を演じているというのは興味深いところ。冒頭では入浴シーンのサービスショットも披露している。また、戦後初のグラマー女優・浜田百合子のモダンでバタ臭いセックス・アピールは純和風な木暮実千代と好対照。ニヒルで男前な小悪党・立岡役を演じている山村聰も、その後の良識派的な紳士のイメージを覆す狡猾ぶりで印象深い。そのほか、無声映画時代のスター女優・夏川静江、黄金期の日本映画に欠かせない名脇役女優・浦辺粂子が脇を支えている。
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評価(5点満点):★★★★☆

参考DVD情報(日本盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:日本語/字幕:なし/地域コード:2/時間:86分/発売元:紀伊国屋書店
特典:映画『朝日は輝く』(1929年)再編集版(25分)/美術監督・水谷浩によるデザイン画集/劇場ポスター/劇場公開時の挨拶状



by nakachan1045 | 2018-06-03 14:27 | 映画 | Comments(0)

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