なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「霧の波止場」 Le quai des brumes (1938)
監督:マルセル・カルネ
製作:グリゴル・ラビノビッチ
原作:ピエール・マッコルラン
脚本:ジャック・プレヴェール
撮影:オイゲン・シュフタン
美術:アレクサンドル・トローネル
音楽:モーリス・ジョーベール
出演:ジャン・ギャバン
ミシェル・シモン
ミシェール・モルガン
ピエール・ブラッスール
エドゥアール・デルモン
レイモン・エイモス
ロベール・ル・ヴィギャン
フランス映画/93分/モノクロ作品
<あらすじ>
夜道を歩く一人の男ジャン(ジャン・ギャバン)。脱走兵の彼は港町ル・アーヴルを目指している。そこから南米のベネズエラへ高飛びしようというのだ。通りがかったトラックに乗せてもらった彼は、目の前を横切った一匹の犬を避けようとハンドルを切って運転手と口論になる。
ル・アーヴルの町へ着いたジャンは、たまたま知り合った酒泥棒カール・ヴィッテル(レイモン・エイモス)に、訳ありな人々が集うパナマという酒場へ案内される。先ほど命を助けた犬もついてきた。そこで自殺癖のある画家ミシェル(ロベール・ル・ヴィギャン)と知り合い、店主パナマ(エドゥアール・デルモン)に食事をご馳走になった彼は、家出してきたという17歳の若い娘ネリー(ミシェール・モルガン)に一目惚れする。
天涯孤独の彼女は名付け親ザベール(ミシェル・シモン)の経営する雑貨店で働いているが、ザベールはネリーに下心を持っており、日頃から言い寄られていたのだ。そのザベールは違法な商売に手を出している下品な中年男で、地元で幅を利かせる金持ちのヤクザな放蕩息子リュシアン(ピエール・ブラッスール)と揉めていた。
一緒に店を出たジャンとネリーに、たまたま通りがかったリュシアンと子分たちが絡む。リュシアンは以前からネリーに目を付けていたのだ。嫌がるネリーを無理やり連れて行こうとするリュシアン一味だったが、止めに入ったジャンに殴り倒されて逃げ出す。この一件で、リュシアンはジャンに恨みを抱くのだった。
一方、ジャンが店を去った後、画家ミシェルが川で入水自殺を遂げる。その晩、ジャンが再びパナマの店を訪れると、ミシェルの服や靴、パスポート、現金などが彼のために託されていた。軍服から平服へ着替えたジャンは、これで警察の目を心配せずに済む。パスポートと現金もあるから、あとはベネズエラ行きの船の客室を確保すればいいだけだ。
ネリーと一緒に遊園地へ出かけたジャン。そこで再びリュシアンと遭遇し、またもや張り倒す。公衆の面前で恥をかいたリュシアンは、ジャンへの恨みを一層のこと募らせる。その夜、遂に結ばれたジャンとネリー。2人は一緒に南米へ行こうと計画するが、それを知ったザベールは嫉妬に狂ってネリーをレイプしようとする…。
ジャック・フェデーの『外人部隊』('34)やジュリアン・デュヴィヴィエの『望郷』('37)、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』('37)などと並ぶ、フランスの“詩的リアリズム”映画を代表する名作である。いやはや、懐かしの“詩的リアリズム”。日大芸術学部映画学科の卒業生である筆者は、当然ながら学生時代にこの“詩的リアリズム”なるものについても勉強したのだが、どうもいまだにハッキリとした定義がよく分からないのだよね。
一応、第二次世界大戦前夜の暗い世相を反映したペシミズム、厭世的でありながらも繊細でロマンティック、犯罪や貧困などの絡んだ労働者階級の悲劇的なドラマ…といった要素が具体例として挙げられるものの、しかし必ずしも全てのケースに当てはまるわけではない。ドイツの表現主義やイタリアのネオレアリスモなどと違って、映画運動としての確固たる共通スタイルがいまひとつ明確ではないのだ。まあ、逆に言うとその曖昧さこそが”詩的リアリズム”ならではの特徴と言えなくもないのだろうけど。
そうした中にあって、本作はまさに上記で挙げたような”詩的リアリズム”映画の要素を万遍なく満たした作品だと言えよう。主人公はワケあって追われる身の脱走兵ジャン。ただし、なぜ彼が軍隊を離脱して逃亡したのか、ここへ至るまでに何が起きたのかなどは、劇中で語られることが一切ない。これは当時の検閲によって脱走兵という設定そのものを明確に出来なかったことに起因するわけだが、それがかえって観客の想像力を刺激して物語に奥行きを与えることになったように思う。
で、そんな彼が夜霧をかき分けるようにしてたどり着いたのが、同じく脛に傷を持つような底辺の人々が集まる港町ル・アーヴル。そこでジャンは名もなき貧しい人々に助けられ、不幸な身の上の若い娘ネリーと知り合って恋に落ちる。ようやく人生に希望が見えてきたように感じた彼は、愛するネリーを連れて南米の新天地へ高飛びしよう、そこで人生を一からやり直そうと考えるが、しかし港町にうごめく怪しげな犯罪の影によって足元をすくわれてしまう…というわけだ。
監督はこれが長編劇映画3本目だった巨匠マルセル・カルネ。自殺未遂を繰り返す売れない画家ミシェルや町外れで場末の酒場を経営する老人パナマ、酒樽から盗んだ酒を安く売りつけては日銭を稼いでいる泥棒カール・ヴィッテル、我が物顔で威張り散らしている割に小心者で軟弱な金持ちの落ちこぼれ息子リュシアンなどなど、社会の底辺に生きる一人一人を丁寧に活写した群像劇は、その後の『北ホテル』('38)や『天井桟敷の人々』('45)などの名作にも通じるマルセル・カルネの持ち味だと言えよう。
中でも特に際立っているのは、当然と言えば当然ではあるが、やはり主人公ジャンとネリー、そしてザベールの3人だ。一見したところぶっきらぼうで腕っぷしの強い男だが、実は心優しくて繊細なロマンチストのジャン。演じるジャン・ギャバンは、当時34歳と思えぬほどの堂々とした貫禄と面構えだ。そんな彼が一目で恋に落ちる若い娘ネリーは、幼くして両親と死に別れた天涯孤独の身で、後見人である中年男ザベールに日頃からこき使われ、そのうえ性的な眼差しを向けられながらもひたすら耐えて生きている。こちらも、演じる女優ミシェール・モルガンの当時18歳とは思えない大人びたムードと強烈な目力が印象的だ。
そんな2人がお互いの存在に生きる希望と救いを見出し、遠く離れた南米へと一緒に逃れようとするわけだが、そこで立ちふさがるのがネリーの親代わりザベール。表向きは雑貨屋の店主だが裏では様々な違法行為に手を染めており、港町の裏社会を器用に渡り歩いてきた狡猾な中年男。その一方で自らの醜い容姿に強いコンプレックスを抱いており、嫌われ者であることに開き直りつつも実は人一倍愛情に飢えている。ゆえに、その歪んだ欲望を美しく成長したネリーへと向け、彼女と愛し合うジャンに対しても激しく嫉妬するのだ。この強烈なキャラを演じるのが、ジャン・ルノワールの『素晴らしき放浪者』('32)やジャン・ヴィゴの『アタラント号』('34)で主演を務めた名優ミシェル・シモン。あまりにも卑屈であるがゆえに怪物と化してしまった男の惨めで哀れなこと…。
社会の底辺でままならぬ人生にもがき苦しむ人々。ある者はそこから逃れようと戦い、ある者は悪事を働いてでも生き抜こうとし、ある者は疲れ果てて死へと急ぐ。そんな落伍者たちの切実なる悲哀こそが、本作の物語に時代を超越した普遍的な力を与えていると言えよう。さらに、遠近法を歪めて建てられた港町ル・アーヴルの非現実的なセット、絶望と死の影を漂わせた詩人プレヴェールによる非日常的なセリフの数々が、この生々しい人間ドラマにある種の寓話的な神秘性を宿す。これぞ大人の映画である。
なお、日本盤ブルーレイは英国盤と同様に、仏スタジオカナルが製作したレストア版マスターを使用。全体的に動きは非常に滑らかできめ細かいものの、映像がかなり暗めなので見づらいシーンも少なくなく、過去に米クライテリオンからリリースされたDVDの明瞭な映像に比べると一長一短といった印象だ。また、英国盤ブルーレイに収録されていたメイキング・ドキュメンタリーなどの特典映像も含まれていない。
評価(5点満点):★★★★★
参考ブルーレイ情報(日本盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/1080p/音声:2.0ch リニアPCM/言語:フランス語/字幕:日本語/地域コード:ALL/時間:93分/発売元:アイ・ヴィー・シー
特典:封入リーフレット
by nakachan1045
| 2018-06-12 10:25
| 映画
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