なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「雪夫人繪圖」 Portrait of Madame Yuki (1968)

監督:成沢昌茂
企画:今田智憲
吉田達
原作:舟橋聖一
脚本:成沢昌茂
撮影:成島東一郎
美術:森幹男
衣装考証:上野芳生
音楽:渡辺岳夫
出演:佐久間良子
浜木綿子
山形勲
丹波哲郎
谷隼人
長谷川澄子
荒木道子
田村奈巳
北あけみ
中村芳子
浦辺粂子
日本映画/90分/カラー作品

<あらすじ>
昭和24年の秋、貴族院の長老であった元子爵・信濃長左衛門が72歳で亡くなった。東京は上野不忍池にある信濃家本邸宅に弔問客が集まり始める。喪主を務めるのは長左衛門の一人娘で、この世の人とは思えぬ美しさと評判の雪夫人(佐久間良子)。そこへ、かつて信濃家が領主だった信州の村から新しい奉公人がやって来る。まだ若くて初心な娘・浜子(長谷川澄子)だ。
一人ぽつりと悲しみに暮れる雪夫人をよそに、遺産を巡って揉める長左衛門の妾、お艶(北あけみ)、お澄(中村芳子)、おつね(田村奈巳)の3人。京都で放蕩三昧の生活を送る雪夫人の婿養子・信之(山形勲)も訃報を聞いて本邸に戻り、妻子がありながら雪夫人に想いを寄せる小説家・菊中夏二(丹波哲郎)も弔問に訪れる。そこで判明したのは、信之の派手な散財はもとより、亡き長左衛門による資産運用の失敗もたたって、信濃家の財産が破綻寸前ということだった。
その後、家財道具など一切を処分した信濃家に残されたのは、信州の人里離れた別荘一件のみ。雪夫人はその別荘を改装して旅館経営を始めるが、商売のイロハも分からない世間知らずゆえに閑古鳥で、宿泊客といえば雪夫人の傍にいることが目当ての夏二くらいのもの。そこへ京都から愛人・綾子(浜木綿子)を連れた信之が舞い戻った。信之と綾子の傍若無人な振る舞いに眉をひそめる、婆やのきん(荒木道子)に書生の誠太郎(谷隼人)、そして浜子。
やがてクリスマスがやって来る。夏二は信之と別れるよう雪夫人を説得し、彼女を無理やり押し倒して抱く。歓喜の声を漏らす雪夫人だったが、しかし心では信之を憎んでも別れることは出来なかった。その晩、雪夫人は自殺未遂を図るが、浜子の機転で一命を取り留める。どうして雪夫人を虐めるのかと詰め寄る浜子に、信之は「彼女の肉体には魔物が潜んでいる」とうそぶくのだった。
旅館の財政がひっ迫したことから、信之は綾子に経営を任せることにし、雪夫人は裏の納屋へと移り住む。病弱だった妻に先立たれた夏二は、手の届かない雪夫人のことを諦め、その代わりに浜子と再婚してしまう。さらに、生活力のない信之と雪夫人を養うことに疲れた綾子は、闇金業者の愛人と結託して旅館を乗っ取り、2人を追い出すことにする。雪夫人を京都の芸者にしてヒモ暮らしをしようと考える信之。それを知って怒った誠太郎は、雪夫人を連れて東京へ逃げようとするのだが…。

かつて巨匠・溝口健二が映画化した舟橋聖一のよろめき通俗小説を、その溝口の弟子だった脚本家・成沢昌茂がメガホンを取って再映画化した作品。主演を務める佐久間良子の奥ゆかしい美しさ、松竹から招かれたカメラマン成島東一郎による端正な映像美には目を見張るものの、しかしストーリーや心理描写よりもスタイルに重きを置いた成沢の演出には物足りなさが残ることも否めないだろう。

キャラクター設定や展開に多少の変更はあるものの、大まかなストーリーの流れは溝口版とほぼ同じ。むしろ、溝口版よりも原作に近いと言えるだろう。原作との最大の違いは、主な舞台設定を熱海・箱根から雪深い真冬の信州に変えたところ。これは、雪のように白い肌を持った美しき旧華族の令嬢・雪夫人を主人公とした作品ゆえ、なるほどごもっともな変更であるし、実際、一面に広がる銀世界が佐久間良子の透き通るような白い肌をことさら際立たせて美しい。ちなみに、原作でもラストだけは雪夫人の故郷・信州の野尻湖が舞台となり、溝口版でも実は野尻湖でのロケが予定されていたらしいが、何らかの理由で立ち消えになったと言われる。

放蕩三昧で傍若無人な婿養子の夫・信之に虐げられ、それでも黙ってじっと耐えている雪夫人。心では信之を憎んで嫌悪し、インテリな小説家・菊中夏二に秘かな想いを寄せながらも、しかし夫から離れることが出来ない。その大いなる矛盾の理由を溝口版では主に性的なもの(つまりセックスの相性が抜群に良い)に求めていたが、本作では戦前的な秩序や倫理観に捕らわれた雪夫人の頑なな保守性を元凶としている。戦前社会における従順な良き妻の在り方、模範的な女性の在り方に固執するあまり、現状を打破するよりも耐え忍ぶことを選んでしまうのだ。

なので原作や溝口版と違って、本作の雪夫人は夫に別れを切り出すことなど一度もない。ただ黙って自殺未遂するのが、いわばせめてもの抵抗だ。さらに、最後の砦であった旅館を乗っ取られ、夫に芸者として売り飛ばされそうになってようやく逃げだすが、しかしそれとて彼女を愛する若い書生・誠太郎の強引な説得があってのこと。でなければ、恐らく信之に指図されるがまま芸者となっていただろう。どこまでもお行儀のよい令嬢を抜け出せない、自分一人では何も行動を起こせない、まるでお飾りのような見目麗しいお人形さん。ある意味、戦前の封建的な日本社会が生んだ犠牲者とも言えよう。

そんな雪夫人を演じる佐久間良子が素晴らしく魅力的だ。溝口版の妖艶で垢抜けた木暮実千代とは対照的に、奥ゆかしくて恥じらいがちな純和風美人。チャンバラ時代劇や任侠映画などの大衆娯楽映画を得意とした当時の東映にあって、『五番町夕霧楼』('63)や『湖の琴』('66)などの文芸映画に真価を発揮した彼女だが、やはりこのような陰があって幸の薄い女性役は抜群にはまる。その丸い顔の輪郭や厚みのある小さな唇を様々な角度から捉え、古風な美しさと色香を際立たせていく成島東一郎のフェティッシュなカメラワークも印象深い。『楊貴妃』('56)や『残菊物語』('56)など、大映の時代劇・歴史劇作品に欠かせない上野芳生が監修した、雪夫人の豪華な着物衣装も要注目だ。

また、この成沢版で注目すべきは、丹波哲郎演じる小説家・菊中夏二(溝口版では方哉)のキャラ造形だ。別居中の妻子がいる、雪夫人と少なくとも一度は肉体的に結ばれる。これらは原作とも溝口版とも違う本作のオリジナルな設定。一方、煮え切らない雪夫人を諦めて純粋無垢な女中・浜子を選ぶという展開は、溝口版ではカットされたものの原作通りである。妻や子供がありながら雪夫人に言い寄りつつ、なかなか夫と別れない彼女をご立派な正論で断罪し、挙句の果てには見捨てて逃げ出す。恰好つけたインテリ男の身勝手さ、ここに極まれりだ。

そう、本作に出てくる男たちはいずれも身勝手で横暴な卑怯者だ。溝口版では愛情とコンプレックスの裏返しという同情の余地のあった夫・信之も、ここでは男の権威を笠に着たただの人でなし。死んだ雪夫人の父親・長左衛門も、葬儀の様子を見る限りではなかなか自堕落な人物だったようだ。ちょうど雪夫人が戦前的な理想の女性像の呪縛から逃れられないように、男たちもまた古い家父長制に胡坐をかいたまま自滅していくのである。

それと正反対なのが正義感に燃える若い書生・誠太郎(撮影当時テレビ『キイハンター』でブレイクしたばかりの谷隼人が超イケメン!)。旧世代の権威そのものの信之に歯向かい、口ばかりの偽善的な知識人・夏二を軽蔑し、虐げられた雪夫人を救い出そうとする彼は、さながら戦後世代の象徴のような存在だ。また、溝口版では典型的な悪女として描かれた信之の愛人・綾子(蓮っ葉だがどこか憎めない浜木綿子が秀逸)も、ここでは体制的身分秩序を破壊する存在として登場する。つまり旧支配層である信之を手のひらで転がし、旧華族の令嬢というだけで何の役にも立たない雪夫人を旅館から追い出すことは、長いこと日陰の身であることを強いられてきた彼女にとっての下剋上なのだ。

このように、原作小説の根底にある「風俗的な側面から観察した戦前的秩序の崩壊」に着目した脚本は、さすが師匠・溝口健二をはじめ衣笠貞之助や伊藤大輔、内田吐夢ら数々の巨匠に重宝された名脚本家・成沢昌茂だけのことはある。ただ、耽美的なイメージショットや絵葉書のような自然風景ショットを無闇に多用した演出は、思わせぶりなだけで自己満足な芸術性が鼻につき、ストーリーや登場人物に対しての感情移入を大きく妨げてしまう。映像が美しいだけで中身は空虚な映画、そんな印象を残すことは否めないだろう。

なお、1968年に撮影・完成した本作だが、当時任侠映画やエログロ路線に本腰を入れていた東映では配給が難しく、公開日の決まらないままお蔵入りになってしまった。その後、当時ロマンポルノ路線に移行していた日活が一般マーケットを狙った歌謡映画『襟裳岬』('75)の同時上映作品として貸し出され劇場公開されることに。しかし、興行的には全くの不入りだった。

評価(5点満点):★★★☆☆
参考DVD情報(日本盤)
カラー/ワイドスクリーン(2.35:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:日本語/字幕:なし/地域コード:2/時間:90分/発売元:東映ビデオ
特典:フォトギャラリー/予告編
by nakachan1045
| 2018-06-17 23:40
| 映画
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