なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「あゝ結婚」 Matrimonio all'Italiana (1964)
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
製作:カルロ・ポンティ
原作:エドゥアルド・デ・フィリッポ
脚本:レナート・カステラーニ
トニーノ・ゲッラ
レオ・ベンヴェヌーティ
ピエロ・デ・ベルナルディ
撮影:ロベルト・ジェラルディ
衣装:ピエロ・トージ
音楽:アルマンド・トロヴァヨーリ
出演:ソフィア・ローレン
マルチェロ・マストロヤンニ
アルド・プリージ
テクラ・スカラーノ
マリル・トーロ
ジャンニ・リドルフィ
ジェネローソ・コルティーニ
ヴィト・モリコーネ
イタリア・フランス合作/101分/カラー作品
<あらすじ>
女手一つでパンやケーキの工場を切り盛りする中年女性フィルメーナ(ソフィア・ローレン)が病で倒れた。大騒ぎする使用人や近所の人々。内縁の夫ドン・ドメニコ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、親子ほど年の離れた若いレジ係ディアナ(マリル・トーロ)との結婚式を控えて大忙しだったが、下男アルフレード(アルド・ブリージ)に急かされて病床のフィルメーナのもとへ駆け付ける。医師によると回復の望みは薄いという。肩を落とすドメニコは、彼女との想い出をふと振り返るのだった。
それは第二世界大戦の真っ只中。当時まだ17歳の初心な娘だったフィルメーナは、貧しさゆえ娼館に身売りをしたのだが、そこで空襲の晩に裕福な御曹司ドメニコと知り合った。爆撃にも全く動じないドメニコに惚れてしまうフィルメーナ。それから2年後、終戦後の荒廃したナポリで2人は再会する。フィルメーナのことなどすっかり忘れていたドメニコだが、見違えるほど美しい大人の女性へと成長した彼女を見て気に入り、自分の妾にするのだった。
といっても、たまに店に寄っては外へ連れ出して密会するだけの関係。不満を募らせたフィルメーナが別れを切り出すと、ドメニコは渋々ながら彼女を自分の所有するアパートへ引っ越させる。ところが、以前の入居者は出て行ったのではなく、病気で入院していたことが発覚。ドメニコはちゃっかり二重で家賃を取っていたのだ。さらに彼は、経営するバールの切り盛りをフィルメーナに任せ、自分は放蕩三昧で遊びほうける始末だった。
久しぶりにナポリへ帰ってきたドメニコに不満顔のフィルメーナ。ドメニコから母親に紹介すると言われ、ようやく妻として認めてもらえると喜んだのもつかの間、年老いた母親の世話を押し付けられることに。しかも、昔働いていたメイドの姪っ子という名目で。さらに、ドメニコが開業したバールで提供するパンやケーキの工場の管理までさせられ、フィルメーナは朝から晩までこき使われることとなる。そんな彼女を尻目に、ドメニコは従業員の若い娘たちと浮気ばかり。いつしか22年の歳月が過ぎていた。
そして現在。死ぬ前にあなたの妻になりたいと言われ、嫌々ながらもフィルメーナと結婚するドメニコ。すると、途端にフィルメーナは元気に起き上がる。全ては、ドメニコと正式に結婚するための芝居だったのだ。真相を知って怒り狂うドメニコ。そんな彼に、フィルメーナはさらなる衝撃の告白をする。自分には3人の息子がおり、そのうちの1人はあなたの子供だと…。
イタリアといえば今も昔も恋愛大国というイメージが強い。若い女性を積極的に口説く洒落た伊達男は、老いも若きもひっくるめた一般的なイタリア男性のステレオタイプであろう。しかし、それは女性があくまでも選ばれる側であることの反証でもあり、男性はいつまでもプレイボーイでいることを許されるが、女性は若く美しいうちだけが華であることを暗に意味する。そう考えると、世界に冠たるアモーレの国イタリアは、同時に男尊女卑の根強い国でもあると言えよう。
そんなイタリア社会の男尊女卑を皮肉たっぷりに描いたのが、ピエトロ・ジェルミ監督の『イタリア式離婚狂騒曲』('62)。カトリックの国イタリアでは'70年まで法律で離婚が禁じられていたことから、主人公の浮気男は古女房の不倫をでっちあげて彼女を殺害し、年下の若い従妹と結婚しようとする。なぜなら、ことに女性の地位が低いシチリアでは、浮気した妻を夫が殺した場合は短期間の懲役刑で済むから。しかも、周りからは「偉い!」「よくやった!」と褒められる。いわゆる名誉殺人ってやつだ。しかし、これは夫の浮気には適用されない。あくまでも名誉が守られるべきは男性側のみ。こんな露骨に女性蔑視的な風習が、つい半世紀ほど前まで、限られた地域とは言えイタリアには存在していたのである。
…と、のっけから話が脇道へ逸れてしまったので本題へ戻そう。巨匠ヴィットリオ・デ・シーカにソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニの黄金トリオが揃った『あゝ結婚』。ハンサムで金持ちだが身勝手で女好きな男に、22年間に渡って献身的に尽くした挙句、さっさとお払い箱にされようとした女性が、3人の我が子の将来を案じて男に責任を取らせようとする。つまり、自分と結婚させるわけだ。原題は「イタリア式結婚」。イタリア社会の旧態依然とした男尊女卑を痛烈に風刺しつつ、そんな逆境にも決して負けない女性の強さ、母親の逞しさを大らかなユーモアで描いた女性賛歌だと言えよう。
主人公は生まれも育ちもナポリの純情な元売春婦フィルメーナ。貧しさゆえ16歳で娼館へ売り飛ばされた彼女は、戦争中の空襲の晩に助けてくれたリッチな伊達男ドメニコに一目惚れをする。戦後になって偶然、彼と再会したフィルメーナは大喜び。ぶっちゃけ彼女のことなど忘却の彼方だったドメニコだが、すっかり垢抜けた大人の美女へと成長したフィルメーナに鼻の下をのばし、そのままなんとなく付き合うようになる。
とはいえ、ドメニコにとってフィルメーナは数いる遊び相手の一人に過ぎない。しかも、相手は娼婦である。大っぴらに外でデートしたり、友人・家族に紹介したり出来るような女性じゃない。一方、フィルメーナにとってドメニコは惚れに惚れぬいた運命の恋人。いつかは結婚して私をここから連れ出してくれるはず、子供を産んで幸せな家庭を築けるはず、と無邪気に信じて疑わない。それだけに、初めて競馬場へ誘われた時の「ようやく恋人として認めてくれた!」「きっと友達に紹介してもらえるのね!」という喜びが、行ってみたら競馬場は休日でガラガラだった、結局は人目に付かぬようコソコソと会ういつものデートと同じだったという落胆へと変わる、フィルメーナの哀しい乙女心が痛いほどに切ない。しかもドメニコはドケチなので、密会デートの場所だって空き家だもんね、空き家(笑)。金持ちなのにセコイったらありゃしない。
で、いつまでも中途半端な2人の関係にしびれを切らし、「はっきりと態度を決めてよ!」と強気で迫るフィルメーナ。怖気づいたドメニコは彼女を娼館から身受けし、自分が所有するアパートの部屋を与える。はい、身勝手で優柔不断なドメニコですが、基本的には押しに弱いヘタレです。ただし、ちゃっかりと家賃は徴収。しかも、病気で死んだと言ってた前の借主が実は病院に入院していただけで、その人とフィルメーナの両方から家賃を二重取りしていたことが発覚。どこまでもケチで姑息な、器のちっちゃい男なんでございますね(笑)。
そんなこんなで、商売のやりくりはフィルメーナに任せっきりで、自分は旅行に女遊びにと放蕩三昧のドメニコ。半ば諦めていたフィルメーナだが、ある日、母親に紹介したいと言われてドメニコの実家へと連れていかれる。「ついに結婚してくれるのかしら!?」と期待に胸が高まるフィルメーナ。ところがどっこい、蓋を開けてみればボケた母親の介護を一方的に押し付けられてしまう。イタリア男の御多分に漏れず、甘えん坊のマザコン坊やなドメニコだが、しかし介護は面倒くさいから嫌だってわけでございますわ。
かくして、昼間は飲食店やパン工場の経営を仕切り、夜は住み込みで老人介護と、どこまでも愛する男に尽くしまくるフィルメーナ。しかし、そんな彼女にドメニコは感謝もせず、そればかりか狭い女中部屋に住まわせるわ、母親が死んでも葬儀に参列させないわ、弔問客の前にも出さないわと、あまりにも酷い仕打ち。しかも、本人は全く悪気がない。まあ、元娼婦の彼女を人前に出すのは憚られるのだろう。しかしそれ以前に彼は、涙ひとつ流さず弱いところを見せないフィルメーナが、勝手に好き好んで奉仕していると勘違いしているのだ。なんたる無神経!それでもどうにか我慢して、20年以上も屈辱に耐え続けてきたフィルメーナだが、遂に堪忍袋の緒が切れることになる。ドメニコが親子ほど年の離れたレジ係の若い娘と結婚し、商売をたたんでローマへ引っ越すというのだ。
こうなったら、意地でもドメニコを自分と結婚させなくちゃいけない!男としての責任を取らせなくては!そう考えたフィルメーナはひと芝居を打つ。病気で倒れたふりをして騒ぎを起こし、「もう私は長くないわ、お願いだから死ぬ前に私と結婚して!」と、無理やりドメニコに結婚を迫ったのだ。その迫真の演技と隣人の圧力に押され、渋々ながら正式に結婚を承諾して書類にサインするドメニコ。まあ、どうせすぐに死ぬんだから、とでも思ってたのでしょう。
ところが、途端にフィルメーナはピンピンと元気に歩き回り、これまでの積年の恨みを晴らすかのように怒りをぶちまける。あたしを捨てて逃げようったって、そうは問屋が卸しませんからね!きっちりと落とし前は付けていただきますので!ってなわけだ。呆気にとられるドメニコだが、こちらもジワジワと怒りが爆発。「なんて女だ!俺の人生を滅茶苦茶にして、これまでの恩を仇で返すつもりか!?」と、あまりにも手前勝手な言い分を繰り広げる彼に、フィルメーナはトドメの一発をぶちかます。今まで黙っていたけど、あたしには3人の息子がいる、そのうちの1人はあなたの子供だ、と。
いつまでも子供みたいに我がままで身勝手で甘やかされたイタリア男と、懐が深くて忍耐強くて愛情に溢れたイタリア女の、お互いの意地とプライドが火花を散らすドタバタ騒ぎ。「Matrimnio all'italiana(イタリア式結婚)」という原題がまた大いに皮肉だ。イタリアならではの世相風俗を如実に反映したお話です、ってことなのだろう。原作は終戦直後の'46年に初上演されて以来、イタリア庶民から熱狂的に愛されてきた有名な大衆向け舞台劇なのだが、デ・シーカ監督は高度経済成長期の現在に基本設定を置き換えつつ、イタリア社会の根強い男尊女卑とマチズモを、大らかな笑いと痛烈な風刺、そして胸に迫る哀切をもって見事に描いている。
そして後半、ドメニコは3人のうち誰が自分の息子なのか探り始めるが、しかし彼の自分本位な性格を嫌というほどよく知っているフィルメーナは、頑として真相を明かそうとしない。そうと分かったとたん、自分と血の繋がった息子だけを溺愛することは明白だからだ。息子たちには等しく幸せになって貰いたい。ちゃんとした教育を受け、真っ当な仕事に就き、同じ苗字を分かち合う兄弟として仲良く暮らして欲しい。そのためには、ドメニコの家柄と財力が必要だ。フィルメーナが自らの誇りや人生を犠牲にしてまでも、彼との結婚にこだわり続けたのは、それが理由だったのだ。
これはある意味、女性の地位が低い当時のイタリア社会にあって、我が子の幸せに自分の幸せを重ね、それを生きる糧にせざるを得なかった女性の物語でもある。そう考えると、円満なハッピーエンドに思えるラストも、必ずしも手放しで喜ぶことは出来ないだろう。女性ばかりが犠牲を強いられるなんて、本来はあってならないことだ。もはや年貢の納め時かと諦め、プレイボーイ生活に終止符を打つことを決心したドメニコは、自らの老いを自覚した瞬間に寂しそうな表情を浮かべるが、それだって正直なところ見ていてムッと来る。というか同情の余地なし。自分だけはいつまでも若いつもり。これは古今東西を問わず男の悪い癖だ。
それにしても、地に足のついたパワフルな女性を演じるソフィア・ローレンは実に上手い。それでいて、惚れ惚れとするほど美しく、胸がキュンとするほどに可愛らしい。娼婦時代のセクシーで大胆なシースルードレスなんかもすごい迫力(笑)。彼女以外にこれを着こなせる女優はなかなかいないだろう。一方の、優柔不断で身勝手で鈍感な情けない優男を演じるマルチェロ・マストロヤンニも見事なハマリ役だ。フィルメーナに横恋慕するドメニコの弟分アルフレード役のアルド・プリージも、『誘惑されて棄てられて』('64)のプレイボーイ役とは真逆のキャラでいい味を出している。また、『情無用のジャンゴ』('66)や『キャンディ』('68)のマリル・トーロが、ドメニコの若い婚約者として顔を出しているのも要注目だ。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:1.0ch Dolby TruHD/言語:イタリア語/字幕:英語/地域コード:A/時間:101分/発売元:Kino Lorber
特典:オリジナル劇場予告編(イタリア版)/プロモーション用映像/スチル・ギャラリー
by nakachan1045
| 2019-01-16 11:46
| 映画
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