なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「猫」 Eye of the Cat (1969)
監督:デヴィッド・ローウェル・リッチ
製作:バーナード・シュウォーツ
フィリップ・ヘイゼルトン
脚本:ジョセフ・ステファノ
撮影:ラッセル・メティ
エルスワース・フレデリクス
衣装:イーディス・ヘッド
音楽:ラロ・シフリン
出演:マイケル・サラザン
ゲイル・ハニカット
エレノア・パーカー
ティム・ヘンリー
ローレンス・ネイスミス
アメリカ映画/101分/カラー作品
<あらすじ>
資産家の未亡人ダニエル(エレノア・パーカー)は肺気腫を患っており、酸素ボンベの手放せない生活を送っている。そんな彼女の身の回りの世話をするのは、同居している甥っ子ルーク(ティム・ヘンリー)。しかし、ダニエルは家出したもう一人の甥っ子ワイリー(マイケル・サラザン)を溺愛し、その弟であるルークのことは嫌っていた。
そんなある日、ダニエルが行きつけの美容院で発作を起こして倒れてしまう。ほどなくして、美容師カッシア(ゲイル・ハニカット)は放浪生活を送るワイリーの居場所を突き止め、叔母の病状を伝えたうえで、有無を言わさず強引に彼をサンフランシスコへと連れ戻す。ただし、それはダニエルのためではなく彼女自身のためだった。
というのも、ルークを嫌っているダニエルは、遺産の全てを飼っている猫に残すと遺言に記していた。あまりにもバカげている。お金がもったいない。そこでカッシアは、ダニエルのお気に入りワイリーを送り込み、彼を相続人にするよう仕向けさせ、遺言を書き換えさせたあかつきにダニエルを殺害し、ワイリーが受け取る遺産の半分を自分が貰おうと考えたのだ。その計画を聞いたワイリーは面白がって協力を約束するが、一つだけ懸念材料があった。というのも、彼は極度の猫恐怖症だったのだ。
翌日の早朝、久しぶりに叔母の家へ戻ってきたワイリー。ところが、そこには数えきれないほどの猫が飼われていた。恐怖のあまりカッシアのもとへ逃げ帰ったワイリーは、改めてダニエルが毎朝散歩する公園で彼女を待ち伏せする。最愛の甥っ子との再会に喜びを隠しきれないダニエル。あなたが家に戻ってくれるならと、ルークに命じてペットの猫たちを追い出す。そのうえで、遺言の遺産相続人をワイリーに書き換えることを決めるのだった。
新たな遺言の法的手続きが済むには1日かかる。計画の進み具合を最後まで見届けるため、ダニエルの屋敷にこっそりと忍び込んだカッシアは、ワイリーが自分を裏切らぬよう彼を誘惑する。ところが、そんな2人の会話をダニエルが偶然立ち聞きしてしまった。さらに、飼い主であるダニエルを守ろうとするかのごとく、大勢の猫たちが一匹また一匹と屋敷へ戻ってくる…。
アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』('60)で有名な脚本家ジョセフ・ステファノが脚本を手掛けた、ヒッチコック風のサイコロジカルなサスペンス・スリラーである。ストーリーの基本は大富豪未亡人の遺産相続を巡って仕組まれる完全犯罪。そこへ無数の猫たちが群れになって人間に襲い掛かるという、ヒッチコックの『鳥』('63)を彷彿とさせる動物パニックの要素を「ちょと」だけ加えたのがミソだ。
主人公は自堕落な放浪生活を送っているヒッピーの若者ワイリー(マイケル・サラザン)。幼い頃に両親と死に別れた彼は、弟ルーク(ティム・ヘンリー)と共に資産家未亡人の叔母ダニエル(エレノア・パーカー)に育てられたものの、古い大豪邸に束縛された窮屈な生活に嫌気がさし、叔母の金を盗んで家を飛び出したまま何年も消息を絶っていた。そんな彼のもとにカッシア(ゲイル・ハニカット)という若く美しい美容師が現れ、無理やりサンフランシスコへと連れ戻す。叔母ダニエルが末期の肺気腫を患っており、余命幾ばくもないというのだ。
ただし、感動の家族再会をお膳立てすることがカッシアの目的ではない。ダニエルが行きつけの美容室で働いている彼女は、裕福な未亡人が莫大な財産の相続人を、身の回りの世話をしてくれる同居人の甥ルークではなく、ペットの猫に指名したことを小耳にはさんでいた。ある理由からルークを嫌っている彼女は、溺愛するもう一人の甥ワイリーの消息が掴めないことから、唯一の心の拠りどころである猫を遺産相続人として遺言に書き記したのである。
そんなもったいないことをするなら、私がその財産を貰ったっていいはず!そう考えたカッシアは、ダニエルお気に入りの甥っ子ワイリーを手懐けて屋敷へ送り込み、遺産相続人を彼に変更するよう仕向けることを企んだのである。そのうえで、ダニエルが就寝中に酸素ボンぺを止め事故死に見せかけて殺害し、ワイリーの相続した遺産の半分を自分が頂く…というのが、カッシアの計画した完全犯罪のシナリオだった。
その一部始終を聞いて「それ、面白いね!」と乗り気になる、モラルの欠如した無軌道な不良青年ワイリー。ただし、彼には一つだけ懸念材料があった。幼い頃、猫に襲われたことが大きなトラウマとなったワイリーは、極度の猫恐怖症を抱えていたのである。へっ?猫恐怖症?んなもんホントにあるの!?単なるアレルギーじゃなくて?と一瞬首をひねってしまうが、実のところ英語でも「Ailurophobia」との正式名称もあるれっきとした精神障害らしい。
で、大勢の猫でいっぱいの屋敷には近づけないことから、ダニエルの散歩経路である近くの公園で待ち伏せ再会したワイリーは、屋敷から猫を一匹残らず追い出すよう叔母を説得することに成功。それどころか、最愛の甥っ子が戻ってきてくれたことに喜ぶダニエルは、言われずとも自ら進んで彼を遺産相続人に指名することを決める。いやはや、若い男が孤独な中年女性を意のままに操ることなど、まさしく赤子の手をねじるよりも容易い…ってところでしょうか。
かくして、すっかり可愛い甥っ子に騙されてしまう美しき未亡人ダニエル。しかし、順調に進んでいく犯罪計画を最後まで見届けるべく、そしてアホなふりして実はしたたかなワイリーが裏切らぬよう監視すべく、カッシアがこっそりと屋敷に忍び込んだことから事態は想定外の複雑な様相を呈していく。自分の美貌と肉体でワイリーを繋ぎとめておこうとするカッシア。そんな2人の会話を、偶然にもダニエルが立ち聞きしてしまったのだ。
また、叔母の病状急変と時を同じくして帰還したワイリーを訝しげに感じていたルークも、兄の不審な行動に目を光らせるようになる。さらに、遠く離れた場所へ棄てられたはずの猫たちも、まるで飼い主ダニエルを守ろうとするかのごとく、いつの間にか一匹また一匹と屋敷へと舞い戻ってくる。我が身に迫る危険を主治医に伝えようとするダニエルだが、不安を抱えた病人の妄想として片付けられてしまう。果たして、このまま彼女はなすすべもなく、邪な若者たちに財産と命を奪われてしまうのか…?
てなわけで、体の不自由なか弱い女性が財産目的で命を狙われる…というありがちな基本プロットは、恐らく劇場公開当時でも手垢のついた感は否めなかっただろう。そこへ、ヒッチコックの『めまい』('58)における高所恐怖症と同じような用途で猫恐怖症の要素を仕掛け、ラストでも大量の猫を動員した動物パニック的な見せ場を用意することで、サスペンス映画としての独自性を模索しているわけだが、それでもなお物語の展開は簡単に先読みできてしまう。
恐らく一番の問題は、そこかしこに結末へ向けてのヒントをばら撒き過ぎている点であろう。これは、主人公ワイリーの最終的な行動に対する整合性を保つため、なおかつクライマックスのどんでん返し的な展開に正当性を与えるため、それなりに必要な手段であることは理解できるのだが、もうちょっと小出しにしておいても良かったかもしれない。
ただ、オープニングからガッツリとスプリットスクリーンを多用するなど、様々な映像テクニックを駆使したデヴィッド・ローウェル・リッチ監督の、遊び心溢れるスタイリッシュな演出は素直に楽しい。『めまい』や『鳥』と同じくサンフランシスコで撮影されているのだが、その美しいロケーションをテクニカラーの鮮やかな色彩で捉えた映像も、'60年代末の新鮮な空気をそのまま今に伝えてくれる。中でも、ダニエルを乗せた電動車いすが坂道の途中でショートし、猛スピードで転がり落ちていくシーンのスリリングかつスピーディな映像処理は見事というほかない。
主人公ワイリー役は、『ひとりぼっちの青春』('69)などで当時売れっ子だった人気俳優マイケル・サラザン。どちらかというと知的で繊細な若者を演じることが多かった人だが、本作では悪趣味なブラックジョークで本音を包み隠し、あえて軽薄な道化者を演じることで周囲をけむに巻くクセモノという役どころ。そんなワイリーが本当に悪女カッシアの計画通り、自分を溺愛する叔母の財産と生命を狙うのか、それとも…?ってところが要注目なポイントだ。
そんなワイリーの美しき叔母ダニエルを演じているのが、『サウンド・オブ・ミュージック』('65)の男爵役でお馴染みのエレノア・パーカー。アカデミー主演女優賞に3度もノミネートされた大女優だ。当時はラナ・ターナーやデビ―・レイノルズ、ミリアム・ホプキンスなど、仕事の減った往年の大女優が低予算のホラーやサスペンスに出演するケースが多かった。彼女の場合も同じパターンと言えよう。そういえば、ラナ・ターナーも同じ年のB級サスペンス『The Big Cube』('69・日本未公開)で、義理の娘とそのボーイフレンドに遺産目的で命を狙われる裕福な未亡人を演じていたっけ。
悪女カッシア役には筆者も大好きなクールビューティ、ゲイル・ハニカット。ワイリーの弟ルーク役のティム・ヘンリーは、今でもテレビドラマでよく見かけるアクの強い性格俳優なのだが、デビュー作だった本作では別人のような美青年で驚かされる。また、美容室のオーナー役として、ジュディ・ガーランドの4番目の夫にして、後にゲイであることが明かされた俳優マーク・ヘロンがチラリと顔を出している。
なお、日本でもアメリカでも長いことオフィシャルにビデオソフト化されることのなかった本作。筆者も学生時代にレビューを読んで以来、死ぬまでに一度でいいから見たいと思っていたのだが、昨年になってようやくアメリカでブルーレイ化された。ユニバーサル映画の倉庫から最良のフィルム素材を探し、2K画質でテレシネされたという本編映像は、修復作業をしていないため随所に傷や汚れが残っているものの、それでも十分に綺麗な高画質。特にテクニカラーの発色はハッとするほど美しい。音声トラックもクリーンで明瞭だ。
評価(5点満点):★★★☆☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
カラー/和鵜戸スクリーン(1.85:1)/1080p/音声:2.0ch DTS-HD Master Audio/言語:英語/字幕:英語/地域コード:A/時間:101分/発売元:Scream Factory/Universal
特典:テレビ放送用再編集版(102分・SD画質・別エンディング収録)/スチル・ギャラリー/オリジナル劇場予告編
by nakachan1045
| 2019-05-04 11:07
| 映画
|
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