なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世紀」 Night of the Living Dead (1990)

製作:ジョン・A・ルッソ
ラッセル・ストレイナー
製作総指揮:メナハム・ゴーラン
ジョージ・A・ロメロ
原作:ジョン・A・ルッソ
ジョージ・A・ロメロ
脚本:ジョージ・A・ロメロ
撮影:フランク・プリンツィ
特殊効果:エヴェレット・バレル
ジョン・ヴァリッチ
音楽:ポール・マックローグ
出演:トニー・トッド
パトリシア・トールマン
トム・タウルズ
マッキー・アンダーソン
ウィリアム・バトラー
ケイティ・フィネラン
ビル・モーズリー
ヘザー・メイザー
アメリカ映画/88分/アメリカ映画
<あらすじ>
母親の墓参りに訪れた学校教師バーバラ(パトリシア・トールマン)と兄ジョニー(ビル・モーズリー)。すると、2人はどこからともなく現れた生ける屍ゾンビに襲われ、ジョニーは墓石に頭を強く打ち付けて死亡する。慌てて車に乗り込んだバーバラだが、肝心の鍵が見つからず車は丘陵から転落。外へ飛び出し全速力で逃げた彼女は、たまたま見つけた小さな農家に駆け込む、そこの住人もまたゾンビと化していた。
すると、そこへベン(トニー・トッド)という黒人男性が到着する。車のガソリンが切れかかったところ、偶然にもこの農家を見つけたという。決死の覚悟で家の中のゾンビを倒し、ドアや窓をバリケードで囲おうとするバーバラとベン。すると、彼らの前へ地下室に隠れていた人々が現れる。尊大な態度の中年男性ハリー・クーパー(トム・タウルズ)、その妻ヘレン(マッキー・アンダーソン)と娘サラ(ヘザー・メイザー)、住人の従兄弟トム(ウィリアム・バトラー)とその恋人ジュディ・ローズ(ケイティ・フィネラン)の5人だ。ハリーの娘サラはゾンビに襲われて怪我をしていた。
警察や軍隊が救出に来るまで地下室に立てこもるべきだと主張するハリーに対して、逃げ道のない地下室にゾンビが侵入したら一巻の終わりだ、それよりも1階でゾンビの侵入を防いで戦い、この家から逃げ出すチャンスをうかがう方が得策だと反論するベン。両者はお互いに激しい口論を繰り広げ、結局ハリーは家族と共に地下室へこもってしまう。引き続きバリケードを固めようとするベンとバーバラ、そしてトムとジュディ・ローズ。しかし、その物音につられて近辺のゾンビが集まり、気が付くと農家の周りを取り囲んでいた…。
<作品レビュー>
「スプラッターの王様」「ゴアの魔術師」などの異名を持つ特殊メイク・アーティスト、トム・サヴィーニが監督を手掛けた『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』('68)のリメイクである。オリジナル版はご存じ、ジョージ・A・ロメロ監督によるゾンビ映画の金字塔にして、人間の死肉を食らうモンスターとしてゾンビを初めて描いた作品。文字通り世界中のホラー映画に影響を与えた大傑作だったが、しかし本編中に著作権クレジットを入れなかったせいでパブリック・ドメイン扱いとなってしまい、興行的に大成功したにも関わらずロメロやプロデューサー陣は殆ど利益を得ることが出来なかった。リメイク版の企画が持ち上がった背景には、オリジナル版で被った損失を少しでも回収したいというプロデューサー陣の思惑があったようだ。
さらに、遅かれ早かれ誰かが勝手にリメイク版を作ってしまうのではないかという危惧もあったという。なにしろ、パブリック・ドメインなので法律的には製作者の許可なくリメイクが出来る。実際、キャノン・フィルムを追放されて21世紀フィルムへと移籍した製作者メナハム・ゴーランが『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のリメイクを企画していた。その話をいち早く聞きつけたロメロ監督がゴーランとコンタクトを取り、リメイク企画を共同で進めることとなる。その際に彼が監督として指名したのがトム・サヴィーニだった。
実はサヴィーニと『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』には浅からぬ関わりがある。ホラー映画ファンならご存じの通り、ロメロもサヴィーニも共にペンシルヴァニア州ピッツバーグの出身。もともとロメロと知遇のあったサヴィーニは、地元で製作される『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のスタッフとして声をかけられていたものの、しかし従軍カメラマンとしてベトナム戦争に赴いたため撮影には参加できなかった。復員後に特殊メイクの道を歩み始めたサヴィーニは、ロメロ監督の『マーティン』('78)と『ゾンビ』('78)の特殊メイクで一躍注目され、さらに『13日の金曜日』('80)や『バーニング』('81)、『クリープショー』('82)などで特殊メイク・アーティストの第一人者となる。ロメロのゾンビ三部作最終章『死霊のえじき』('85)の特殊メイクもサヴィーニの仕事だ。そうした経緯を踏まえれば、彼が本作の監督に指名されたのも自然の成り行きとも言えよう。
ロメロ自身が脚色を手掛けていることもあってか、基本的なストーリーの流れや登場人物の設定はオリジナル版に忠実。とはいえ、例えば墓地を訪れたバーバラとジョニーの後方から歩いてきた人物がゾンビかと思いきや、単に足を引きずった老人だった…という冒頭からして、オリジナル版とは似て非なる作品だというメッセージは明確だ。恐らく最大の違いはヒロインであるバーバラのキャラ造形であろう。オリジナルでジュディス・オーディアの演じたバーバラは終始ゾンビから逃げ惑うだけの、言うなれば当時のホラー映画にありがちな「か弱い女性」だったが、本作のバーバラは初めこそ恐怖とパニックで狼狽えるばかりであるものの、次第に落ち着きを取り戻して状況を的確に判断し、『エイリアン』シリーズのリプリーさながらに「戦うヒロイン」へと覚醒していく。これはロメロが脚本を書く際、サヴィーニが強く要望したアイディアだったそうだ。
さらに、理想主義者でマイノリティの黒人男性ベンを左翼リベラル、身勝手で独善的な差別主義者の白人男性ハリーを右翼的な保守の象徴として捉え、両者の対立にアメリカ社会の政治的な縮図を見る視点はオリジナル版と共通しているが、しかし本作ではそうした対立がいかに無益であり、危機的な状況においては有害でしかないことが描かれる。そして、いつまでも言い争いばかり続けて事態を悪化させる男たちを尻目に、イデオロギーに囚われることなく柔軟な姿勢で事態に臨む女性バーバラがリーダーシップを発揮していく。それは夫ハリーに異を唱えてバーバラに力を貸す妻ヘレンも同様。結局のところ、男どもは有事の際にもパワーゲームに明け暮れるだけで役に立たたず、むしろ蚊帳の外に置かれた女性たちが冷静に現実を見据えて一致団結することになる。そこには、東西冷戦時代のパワーゲームであるベトナム戦争を、現場で直に体験したサヴィーニならではの視点が多分に含まれているように思う。
そして、オリジナル版を凌駕するほどのシニカルでショッキングなクライマックス。まるでインディアンや黒人やベトコンを大量虐殺したように、面白半分で死者(=ゾンビ)を愚弄するレッドネックたちの群れに、サヴィーニは西部開拓時代から変わらぬアメリカ社会の暴力性を投影する。これはロメロ自身も『ゾンビ』の中でゾンビ狩りに興じる自警団たちを通して触れたテーマだが、本作ではそれが前面に押し出されているように感じられる。ある意味で、動物的本能に突き動かされたゾンビよりも邪悪な人間の方がよっぽど厄介で恐ろしい。ラストにバーバラが取る行動は平時ならば絶対に許されないが、しかし人間のモラルが崩壊した弱肉強食の世界においては、唯一正義を全うできる手段なのかもしれない。
全編を通して非常に骨太な仕上がりの作品で、必要以上に残酷描写を強調することなくリアリズムに徹したサヴィーニの演出が手堅い。彼にとって長編映画の監督はこれが初めてだったが、そうとは思えぬ堂々たるデビュー作と呼んでよかろう。ただし、本人は本作の撮影を「今でも時々悪夢に見るほど」の体験だったと振り返っており、当時は完全な失敗作だと考えていたそうだ。というのも、頼りにしていたロメロは『ダーク・ハーフ』('93)の製作準備で本作の現場には殆ど姿を見せず、プロデューサーのジョン・A・ルッソやラッセル・ストレイナーとは折り合いが悪かった。そのため、オープニングをモノクロで撮影して段々とカラーにしていく、カメラが銃弾の視点になってゾンビの頭部を貫通する(アルジェントの『オペラ座/血の喝采』へのオマージュ)など、当初からサヴィーニが思い描いていたアイディアの大半が却下されてしまったという。加えて、撮影当時のサヴィーニは妻との離婚訴訟問題も抱えていたため、とにかく心労が重なってクタクタだったのだそうだ。
劇場公開時も全体的に評価は芳しくなく、興行成績もいまひとつ伸び悩んだ。しかし、30年の時を経てホラー映画ファンの間における評価は高まっており、サヴィーニ自身も今では本作を誇りに思っているという。実際、これはホラー映画リメイクのお手本となるべき佳作だ。きっちりとオリジナルへのリスペクトを捧げつつ、独自の視点を盛り込むことで時代に即した換骨奪胎を施す。こいつが意外と難しい。本作以外にパッと思いつくところでは、リー・ワネル監督の『透明人間』('19)やジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』('82)、フィリップ・カウフマン監督の『SF/ボディ・スナッチャー』('78)くらいのものだろうか。
主演のトニー・トッドはオリジナル版でベンを演じたデュエイン・ジョーンズと雰囲気が似ており、オーディションではほぼ一発OKだったという。他にもローレンス・フィッシュバーンやエリック・ラサールがオーディションを受けたそうだ。一方のバーバラ役は最初からパトリシア・トールマンを想定して脚本が書かれた。彼女はロメロやサヴィーニが卒業したピッツバーグのカーネギー・メロン大学の後輩で、『ナイトライダー』('81)や『モンキー・シャイン』('88)などロメロ作品にも出ていた女優。サヴィーニとも学生時代から知り合いだった。ジョニー役のビル・モーズリーも、サヴィーニとはトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ2』('86)で一緒に仕事をした仲だ。ちなみに、ハリー役のトム・タウルズは後にロブ・ゾンビ作品の常連となり、モーズリーとたびたび再共演している。
なお、日本ではDVDで発売されたっきりの本作だが、アメリカとオーストラリアではブルーレイ化されている。特におススメなのは独自の特典を盛り込んだオーストラリア盤。日本盤DVDやアメリカ盤ブルーレイにも収録されているメイキング・ドキュメンタリーやトム・サヴィーニの音声解説に加え、パトリシア・トールマンや特殊メイク・チームの最新インタビューなどが楽しめる。レストアされた本編の画質と音質もかなり良好だ。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(オーストラリア盤)
カラー/ワイドスクリーン(1.77:1)/1080p/音声:5.1ch DTS-HD Master Audio/言語:英語/字幕:英語/地域コード:B/時間:88分/発売元:Umbrella Entertainment
特典:トム・サヴィーニ監督の音声解説/メイキング・ドキュメンタリー「The Dead Walk: Remaking a Classic」('99年制作・約25分)/トム・サヴィーニ監督のインタビュー('16年制作・約28分)/特殊メイク担当エヴェレット・バレルとジョン・ヴァリッチのインタビュー('16年制作・約21分)/女優パトリシア・トールマンのインタビュー('16年制作・約17分)/撮影舞台裏の記録映像(約8分)/オリジナル劇場予告編
by nakachan1045
| 2020-08-11 12:04
| 映画
|
Comments(3)
Commented
by
na
at 2021-08-26 18:29
Commented
by
na
at 2025-08-30 21:29
もし『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』('68)で著作権表記を付け忘れず、パブリック・ドメイン扱いにならなかったらどうなっていたと思いますか。自分はゾンビ映画があんなに粗製濫造されずにすんだと思います。しかし史実で名作として扱われている作品も誕生しなかったかもしれません。。
なかざわひでゆきさんはどう思いますか。
なかざわひでゆきさんはどう思いますか。
0
そうですねえ、『NOTLD』の影響力の大きさから考えて、以降のゾンビ映画の粗製乱造は不可避だったようにも思います。ただ、著作権表記を忘れなければ、制作陣が本来受け取るべき正当なロイヤリティを手にすることが出来たであろうことは間違いないですよね。そこはすごく大きいと思います。
もしもロメロがNOTLD(1968)を含めたゾンビ映画で人間の醜さではなくゾンビの恐怖をメインに描いていたらゾンビものは人間VS人間ではなく人間VSゾンビがメインの作品が主流になっていたと自分は思っているのですがひでゆきさんはどう思いますか?
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