なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「恐怖のロンドン塔」 Tower of London (1939)
製作:ローランド・V・リー
脚本:ロバート・N・リー
撮影:ジョージ・ロビンソン
美術:ジャック・オターソン
音楽監督:チャールズ・プレヴィン
出演:ベイジル・ラズボーン
ボリス・カーロフ
バーバラ・オニール
イアン・ハンター
ヴィンセント・プライス
ナン・グレイ
アーネスト・コサート
ジョン・サットン
レオ・G・キャロル
アメリカ映画/93分/モノクロ映画
1471年のイングランド。精神の錯乱したヘンリー6世をロンドン塔に幽閉し、敬愛する兄エドワード4世(イアン・ハンター)の復権に貢献したグロスター公リチャード(ベイジル・ラズボーン)は、宮廷内での絶大な影響力を誇っていた。だが、その残忍な性格と飽くなき権力欲で人々から恐れられている彼は、自らが兄に続く王位継承者となるべく、忠実な部下である処刑人モード(ボリス・カーロフ)を自らの手足として使い、巧妙な策略によって邪魔者を陥れては次々と処刑していた。
そんな折、宿敵ランカスター家のウェールズ公エドワードとの間に「デュークスベリーの戦い」が勃発。兄王と共に戦場へ赴いたリチャードは、エドワードを打倒してイングランドを勝利へと導き、モードに命じて無用になったエドワードの実父ヘンリー6世を暗殺する。さらに、幼い頃から横恋慕していたエドワードの未亡人アン・ネヴィルを強引に妻とした。これに猛反発したのが腹違いの兄クラレンス公ジョージ(ヴィンセント・プライス)。彼は義妹アンが実家より相続した領地を狙っていたのだ。エドワード4世から言い分を却下されたジョージは謀反を画策。しかし、モードの放ったスパイによって謀反が発覚してジョージは逮捕され、リチャードによって暗殺されてしまう。
時は経って1483年。チューダー家のヘンリーが海の向こうフランスから王位を狙う中、エドワード4世が病によって崩御し、リチャードは若くして即位した甥エドワード5世の摂政に就任する。しかし、エドワード4世の未亡人エリザベス(バーバラ・オニール)は狡猾なリチャードを信用しておらず、ヘンリー・チューダーの密使として帰国した従弟ジョン・ワイアット(ジョン・サットン)に協力。エリザベスの侍女アリス(ナン・グレイ)の婚約者でもあるワイアットは、ヘンリーの軍資金とするため王家の財宝を盗み出し、アリスを伴ってフランスへ逃亡する。
これに腹を立てたリチャードはエドワード5世を廃位とし、自らがリチャード3世として即位。自らに背いたエリザベスへの復讐として、ロンドン塔に幽閉したエドワード5世と幼い弟リチャードをモードに命じて殺害させる。かくして、自らの地位を脅かす存在を宮廷から一掃したリチャード3世だったが、海の向こうからヘンリー・チューダーの軍勢が迫っていた…。
<作品レビュー>
『魔人ドラキュラ』('31)と『フランケンシュタイン』('31)の記録的な大成功を皮切り、数々のモンスター映画で当てまくっていた当時のユニバーサル映画が、その看板スターであるホラー俳優ボリス・カーロフを起用して製作した豪華絢爛な歴史絵巻。一応、当時剣劇アクション映画の悪役として引っ張りだこだった英国俳優ベイジル・ラズボーンを主演に据え、15世紀のイングランドを舞台に陰謀渦巻く王位継承争いを描いた格調高い宮廷ドラマを装っている本作だが、実際はマダム・タッソー館「恐怖の部屋」を彷彿とさせるゴシック・ホラー風味の仕上がりだ。これぞまさに、暗黒時代と呼ばれる中世ヨーロッパだからこその恐怖と残酷。少なくとも、作り手側が真面目な歴史映画ファンだけでなく、ユニバーサル・モンスター映画の熱心なファンも意識していたであろうことは想像に難くない。
物語はシェイクスピア劇でも知られる薔薇戦争最後のイングランド王リチャード3世(ベイジル・ラズボーン)の栄枯盛衰である。リチャード3世といえば、己の出世のためなら身内の兄弟や親族であろうと容赦なく陥れ、躊躇することなく処刑・暗殺した希代の策士として、シェイクスピア劇はもとより数々の文学や映画、演劇の題材となってきた人物。自らの甥である当時12歳のエドワード5世と10歳の弟ヨーク公リチャードを、ロンドン塔の牢屋に幽閉して暗殺したとされるエピソード「塔の王子たち」は、かつてロンドンのマダム・タッソー館「恐怖の部屋」の蝋人形にもなったほど有名(筆者が子供の頃に初めて「塔の王子たち」を知ったのもマダム・タッソー館)なので、日本でもピンとくる人は少なくないだろう。
本作はそんな血も涙もない権力の亡者リチャード3世が、王位継承の邪魔になるライバルを次々とロンドン塔の拷問部屋や処刑台へと送り込み、似た者同士の兄エドワード4世(イアン・ハンター)が崩御すると幼い甥っ子たちを無慈悲にも始末。自らが即位して宮廷のパワーゲームを恐怖支配で制するものの、結局は敵対するヘンリー・チューダー(後のヘンリー7世)の勢力に滅ぼされるまでの因果応報をスリリングなタッチで描く。
といっても、必ずしも歴史を忠実に再現しているわけではなく、映画向けに面白おかしく脚色された部分も少なくない。その筆頭が、リチャード3世の忠実な下僕として暗躍する処刑人モード(ボリス・カーロフ)であろう。これは最初からカーロフのためにあつらえられた架空のキャラクター。単なる処刑人に留まることなく、リチャード3世の目となり耳となりスパイ活動を繰り広げ、街中の浮浪者たちを動員してご主人様の有利になるような噂を広めては世論を扇動し、ロンドン塔に囚われた政治犯たちにサディスティックな拷問を加え、命令とあらば前王だろうと子供だろうと手にかける。スキンヘッドの不気味な見た目を含め、血生臭いホラー・ムードを盛り上げる異形のモンスターだ。
さらに、本作ではリチャード3世やモードといった「悪」と対になる「善」を象徴する存在として、清廉潔白で理想主義的な若き貴族ジョン・ワイアット(ジョン・サットン)とその婚約者アリス(ナン・グレイ)というキャラクターが登場。ワイアットはエドワード4世の王妃エリザベス(バーバラ・オニール)の従弟、アリスは同じく王妃の侍女という設定だが、もちろんどちらも架空の人物だ。なので、彼らがリチャード3世の裏をかいて王宮から命がけで宝石を盗み出し、それを資金源としたヘンリー・チューダーの軍勢がリチャード3世を打ち破る…という終盤のドラマチックなストーリー展開も、「善が悪を打ち負かす」という英雄的カタルシスを強調するためのフィクション。まあ、そうでないと映画的な面白みが出ませんからな…。
そのほか、デュークスベリーの戦いでエドワード4世自らがウェールズ公エドワードを討ち取ったり、リチャード3世が幼少期からアン・ネヴィルに横恋慕していたり、クラレンス公ジョージ(ヴィンセント・プライス)がリチャード3世と酒飲み比べの末にワイン樽へ沈められて殺されたりと、恐らくシェイクスピア劇なり俗説なりをベースにしているのだろうが、史実として正確とは言い難いような描写も少なくない。あくまでも、陰謀と愛憎と暴力の渦巻くソープオペラ的な大衆向けエンターテインメントであり、格調高い歴史ドラマを期待すると肩透かしを食らうことだろう。
その上で少なからず驚かされるのは、どうやら本作の制作陣が本気でアカデミー賞を狙っていたらしいということ。まあ、確かに300人のエキストラを動員した戦場のバトル・シーンはそれなりにスケール感があるし、テムズ川の運河を含むロンドン塔の宮殿や城塞の実物大セットも堂々たるものだが、しかしストーリー自体はセンセーショナリズムに訴える三文小説とあまり変わらないため、さすがにオスカー狙いは無理があるってもんだろう。むしろ、そういう俗っぽいいかがわしさこそが本作の醍醐味だと言える。
ちなみに、美術デザインを担当したのはマレーネ・ディートリヒの『焔の女』('41)や『スポイラース』('42)でオスカー候補になったジャック・オターソン。実際に13世紀に建てられたロンドン塔の城塞のオリジナル設計図を基にしてセットを組み立てたそうで、完成したセットの高さは38メートル以上もあったらしい。さすがにこれ一本だけで取り壊すのは勿体なかったため、その後も数多くのユニバーサル作品で使いまわしされたそうだ。
また、本作はベイジル・ラズボーンにボリス・カーロフ、ヴィンセント・プライスと、その後アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ(AIP)製作のB級ホラーで幾度となく共演することになる3人が顔を合わせているのも興味深いところ。そもそも、本作自体がAIPによって同じタイトルでリメイクされており、そちらの『恐怖のロンドン塔』('62)ではヴィンセント・プライスがリチャード3世役を演じている。
評価(5点満点):★★★☆☆
参考DVD情報(アメリカ版)※ボックスセット「The Boris Karloff Collection」に収録
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:英語/字幕:英語/地域コード:1/時間:93分/発売元:Universal Pictures
特典:なし
by nakachan1045
| 2020-08-25 18:03
| 映画
|
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