なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「ドクトル・マブゼ」 Dr. Mabuse, der Spieler (1922)

製作:エリッヒ・ポメール
原作:ノルベール・ジャック
脚本:テア・フォン・ハルボウ
美術:オットー・フンテ
カール・スタール=ウーバッハ
出演:ルドルフ・クライン=ロッゲ
アウド・エゲーデ=ニッセン
ゲルトルード・ヴェルカー
アルフレド・アベル
ベルンハルト・ゲッツケ
パウル・リヒター
ハンス・アダルベルト・シュレットフ
ユリウス・ファルケンシュタイン
ドイツ映画/270分/モノクロ・サイレント作品

ドイツとスイス間で結ばれる経済協定書が、正体不明の犯罪組織によって盗まれる。首謀者はドクトル・マブゼ(ルドルフ・クライン=ロッゲ)。表の顔は高名な精神分析医だが、実はドイツ全土に情報網を張り巡らせる犯罪組織のボスで、次々と他人に成りすまして捜査をかく乱する変装の名人。そればかりか、催眠術を使って他人を自由に操ることの出来る危険な男だ。経済協定書が盗まれたことで、ドイツ国内の株価が次々と暴落。底値に達したところで株を買い占めたマブゼは、予めの計画通りに経済協定書を発見させ、再び株価が戻ったところで全て売り払って暴利をむさぼる。
次にマブゼが目を付けたターゲットは、ヨーロッパ屈指の大富豪の御曹司エドガー(パウル・リヒター)である。まず手始めに上流階級の紳士を装ってエドガーに接近したマブゼは、言葉巧みに彼を紳士クラブのギャンブルに誘い、催眠術をかけて彼から大金を巻き上げる。次にマブゼは、手下のひとりである美しい踊り子カーラ(アウド・エゲーデ=ニッセン)を使って、エドガーを骨抜きにして破滅させようと考える。
そこへ現れたのが、やり手の検察官フォン・ヴェンク(ベルンハルト・ゲッツケ)。違法賭博を捜査しているフォン・ヴェンクは、巷で被害者が続出している催眠術詐欺の犯人を追っていた。エドガーの事件が同一犯によるものと睨んだ彼は、再び犯人が接触してくるものと考えて捜査への協力をエドガーに依頼したのだ。その事実をカーラから伝え聞いたマブゼは警戒するが、しかしフォン・ヴェンクは予想以上に手ごわい敵だった。
なにしろフォン・ヴェンクはマブゼと同じく変装の名人で、一度獲物に食らいついたら決して離さない執念の持ち主。徐々に追いつめられたマブゼは、フォン・ヴェンクとその協力者エドガーをまとめて始末しようと画策する。カーラを使って新しい違法カジノへ2人を連れだしたマブゼ。巧みな罠を仕掛けてエドガーを射殺したものの、しかし肝心のフォン・ヴェンクを討ち損じたばかりか、カーラが警察に逮捕されてしまう。
次にマブゼが狙うのはトルド伯爵(アルフレド・アベル)。催眠術を用いて伯爵にカード賭博の詐欺を働かせ、それがバレたために大騒動となるのだが、その混乱の隙を狙ってマブゼは、以前から手に入れたかったものを盗み出す。美しく妖艶な伯爵夫人(ゲルトルード・ヴェルカー)だ。その後、トルド伯爵がマブゼの催眠術で自殺を図り、不審に思ったフォン・ヴェンクが捜査したところ、ドクトル・マブゼという人物の名前が浮上する…。

<作品レビュー>
『ニーベルンゲン』('24)や『メトロポリス』('27)などと並んで、巨匠フリッツ・ラングのドイツ時代を代表する映画のひとつである。催眠術師にして変装の名人という希代の犯罪王ドクトル・マブゼと、その悪事を阻止しようとする執念深い検察官フォン・ヴェンクの熾烈な戦いを、なんと前後編合わせて4時間半という長尺で描いたスケールの大きな犯罪アクション。その後、ラング自身の手による続編を含めた「ドクトル・マブゼ」シリーズが幾つも作られ、数えきれないほどの犯罪アクション映画に影響を与えた作品だが、同じように日本でも江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズや「黒蜥蜴」などは本作の影響下にあると言えよう。

とはいえ、そんな本作もフランスの映画監督ルイ・フイヤードによる『ファントマ』('14~'14)や『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』('15~'16)をはじめとする、当時世界中で流行していた連続活劇映画に影響を受けている。だいたい、インカ帝国の秘宝を巡って国際的な犯罪組織が暗躍するラング監督の出世作『蜘蛛』('19~'20)二部作も、まさしく連続活劇そのものだったしね。ドイツ表現主義運動の流れから世に出た芸術家のラングだけれども、彼がロベルト・ヴィーネやムルナウなどと大きく違ったのは、やはり基本的に娯楽映画志向の人だったということかもしれない。

オープニングは疾走する列車を舞台にした緊迫の強奪劇。ドイツ・スイス間の経済協定書を持った役人が、目の前に座った怪し気な男に殺されてブリーフケースを奪われ、鉄橋に差しかかったところで男がブリーフケースを列車の窓から外へ放り投げると、猛スピードで高架下を駆け抜ける自動車がそれを見事にキャッチする。実にスピーディで計算し尽くされた連係プレイ。90年前の観客が思わず息を呑んだであろうことは想像に難くない。

この大胆不敵な強奪計画を指揮したのが、本作の主人公であるドクトル・マブゼ(ルドルフ・クライン=ロッゲ)。表の顔は高名な精神科医だが、その素顔はヨーロッパ中を混乱に陥れる巨大な犯罪組織のボス。しかも、催眠術を使って他人を自在に操り、特殊メイクを駆使して次々と他人に成り代わる変装の名人だ。そんなマブゼの常人離れした犯罪王ぶりが、強奪劇に続く冒頭の10分程度で的確に描かれる。

人の良さそうな老紳士に扮して隠れ家を出たマブゼは、道端を通りがかった足の不自由な浮浪者に金を恵んでやるのだが、この浮浪者は市中に放った無数のスパイのうちのひとりで、与えた紙幣には次なる行動の指示が記されている。で、車に乗って出かけた老紳士マブゼだが、その途中で追突事故を起こしてしまい、通りがかった別の車に助けられて目的地へ向かう。しかし、これもまた実は計画通りで、乗り換えた車は先ほど列車からブリーフケースを受け取った部下の車だ。ここでマブゼは部下に経済協定書の取り扱いを指示する。

やがて車は貧民街の真ん中でストップするのだが、中から出てきたのは酔っぱらいの中年労働者。もちろん、その正体はドクトル・マブゼ。車の中で次の変装をしていたのだ。で、酔っぱらい親父マブゼがとある家の前へ差し掛かると、口うるさいおかみさんがガミガミ言いながら出迎える。もちろん、このおかみさんもマブゼの手下。帰り着いた我が家は秘密基地のひとつで、その地下室は偽札工場になっている…というわけだ。

このようにマブゼは、市民の日常生活に紛れ込むことで自らの存在を周囲の目から徹底的に隠し、網の目のように張り巡らされたスパイ網を駆使して思い通りに犯罪を遂行していく。そりゃ当局の捜査線上になかなか浮かんでこないわけですよ。直接の手下以外は、その素顔も正体も知らないわけだから。そのうえ神出鬼没。たとえ事件の現場に居合わせたとしても、巧妙に変装をしているため誰もその存在に気付かない。恐らくジゴマやファントマといった連続活劇映画の怪盗たちを下敷きにしつつ、そこへスヴェンガリやファウストのような悪魔的要素を融合させたのだろう。

本作ではそんな希代の犯罪王ドクトル・マブゼによる悪行の数々を軸としつつ、犯罪撲滅に凄まじい執念を燃やす検察官フォン・ヴェンク(ベルンハルト・ゲッツケ)との熾烈な戦いが描かれていく。さらに、己の命を差し出すほどマブゼに心酔して悪事に加担する美しき踊り子カーラ(アウド・エゲーデ=ニッセン)、恵まれた暮らしに退屈したことから刺激を求めて裏社会と関わるトルド伯爵夫人(ゲルトルード・ヴェルカー)、違法賭博や女遊びにうつつを抜かす大富豪の御曹司エドガー(パウル・リヒター)などが絡むことで、後にラング自身も認めているように、第一次世界大戦後の腐敗したドイツ社会の世相を浮かび上がらせているのだ。

第一次世界大戦の敗戦によって貧富の格差が拡大した当時のドイツでは、多くの一般庶民がどん底の貧困にあえぐ一方で、不正や違法行為によって莫大な富を得たラフケと呼ばれる新興成金が台頭し、人々のモラルや常識は脆くも崩れ去ってしまった。そんな腐りきった世の中を混乱に陥れて破壊しようとするドクトル・マブゼは、ある意味で究極のアンチヒーローとも言える。そもそも、マブゼの犠牲となる人々だって、暇と金を持て余した自堕落な成金や浮世離れした退廃的な貴族、株の配当金で暮らす投資家のような連中ばかり。真面目にコツコツと働く貧しい労働者から見れば社会の寄生虫だ。そんな奴らを悪の権化とも呼ぶべきマブゼが陥れていくところに、大いなる皮肉が込められているとも思える。

そのマブゼ役を演じるのは、『メトロポリス』でのマッド・サイエンティスト役も印象深いルドルフ・クライン=ロッゲ。対する検察官フォン・ヴェンク役のベルンハルト・ゲッツケも『死滅の谷』('21)の死神役で有名だし、大富豪の御曹司エドガー役のパウル・リヒターは『ニーベルンゲン』の英雄ジーグフリート。当時のフリッツ・ラング映画には欠かせない常連俳優たちがズラリと揃う。ちなみに、新規開店した違法カジノのセレモニーでトップレスのダンサーが登場するが、実はもともと全裸で出てくるはずだったらしい。しかし、ラングは彼女のアンダーヘアの形が気に食わず、剃るように指示したところ拒絶されたのだそうだ。

評価(5点満点):★★★★☆
参考DVD情報(アメリカ盤2枚組)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital(音楽スコアのみ)/言語:英語(インタータイトル)/地域コード:ALL/時間:270分/発売元:Kino Video
特典:ドキュメンタリー「The Story Behind DR. Mabuse('04年制作・約52分)/スチル・ギャラリー/作品解説(テキスト)/フリッツ・ラング監督フィルモグラフィー(テキスト)
by nakachan1045
| 2020-09-13 15:33
| 映画
|
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