なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「悪の対決」 Slightly Scarlet (1956)


汚職と不正が蔓延る犯罪都市ベイ・シティを裏で牛耳るマフィアのボス、キャスパー(テッド・デ・コルシア)は、犯罪撲滅を掲げて市長選挙に出馬した大富豪ジャンセン(ケント・テイラー)の当選をなんとか阻止すべく、組織のブレーンとして雇った汚職刑事ベン・グレイス(ジョン・ペイン)にジャンセンの身辺を調査させる。大金持ちのジャンセンに買収は通用しないため、ならば相手の弱みを握ろうというのだ。ベンが目をつけたのはジャンセンの恋人でもある秘書ジューン(ロンダ・フレミング)。彼女自身にはなんら怪しい点はなかったが、実はジューンの妹ドロシー(アーリーン・ダール)が弱点だった。真面目な姉とは正反対に自由奔放で火遊びの好きなドロシーは、昔から窃盗癖があって何度も逮捕され、つい最近も刑務所から出てきたばかりだったのだ。
ところが、美しいジューンに一目惚れしてしまったベンは組織に嘘の報告を続け、苛立ったキャスパーはジェンセンの後ろ盾である新聞社社長マーロウ(ロイ・ゴードン)を脅迫しようとするのだが、誤って相手を殺害してしまう。事前にマーロウのオフィスに盗聴器を仕掛けていたベンは、キャスパーによる犯行の証拠として、ジューンを介してジェンセンに盗聴テープを渡す。テレビの生放送で真犯人として名指しされたキャスパーはメキシコへと逃亡。かくしてジェンセンは無事にベイ・シティの新市長に選ばれ、恩人でもあるベンにジューンは強く惹かれるようになる。
一方、キャスパーの後釜として組織のトップに就任したベンは、何も知らないジューンを介して旧友のディエツ警部(フランク・ジャースル)を警察本部長に抜擢させる。便宜を図った見返りとして、新市長ジェンセンが犯罪撲滅運動を進める中、組織が運営する違法賭博場だけは見逃せというのだ。これで万事上手くいくはずだったのだが、キャスパーに忠誠を誓っていた組織の部下たちは刑事であるベンを新ボスとして認めず、さらにはキャスパーも逃亡先からの反撃を虎視眈々と狙っている。そのうえ、男好きで情緒不安定なドロシーがベンを姉から横取りしようと画策し、事態は思わぬ方向へと展開していくのだった…。

<作品レビュー>
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』('46)や『深夜の告白』('44)の原作者としても有名な、アメリカの大物犯罪小説家ジェームズ・M・ケインの同名小説(原題はLove's Lovely Counterfeit)を映画化したテクニカラーのフィルム・ノワールである。'40~'50年代初頭に全盛を誇ったフィルム・ノワールのブームも当時は既に下火。だからなのか、本作は劇場公開時にもあまり話題とはならなず、今ではすっかり忘れ去られてしまった感があるものの、「カイエ・ドゥ・シネマ」時代のジャン=リュック・ゴダールが年間トップ10のひとつとして選んでいるように、実はなかなか捨て難い魅力を持った知る人ぞ知る名作である。

舞台は架空の犯罪都市ベイ・シティ。実はこれ、ケインではなくレイモンド・チャンドラーの小説にたびたび登場する街の名前(ロサンゼルスのサンタ・モニカがモデルとされる)であり、そもそも原作本ではレイク・シティとされているのだが、なぜ本作でベイ・シティの名称が使用されたのかは定かでない。それはともかく、汚職と不正が蔓延るこの街を裏で牛耳るのがマフィアのボス、キャスパー(テッド・デ・コルシア)。政治家から役人、警察官まで賄賂で手懐け、好き放題に私利私欲を貪ってきたキャスパーだったが、そんな彼の前に最大の脅威が現れる。犯罪撲滅を掲げて市長選に立候補した大富豪フランク・ジェンセン(ケント・テイラー)だ。清廉潔白にして品行方正な人物のジェンセンは、有り余るほどの金を持っているため買収が通用しない。組織としては本気で犯罪撲滅運動などをされたら大変だ。

なんとしてでもジェンセンの当選を阻止せねばと考えたキャスパーは、組織のブレーンとして雇っている汚職刑事ベン・グレイス(ジョン・ペイン)にジェンセンの身辺調査を命じる。しがらみのないクリーンなジェンセンと言えども、きっと叩けば埃が出てくるに違いないと考えたのだ。そこでベンが目をつけたのは、ジェンセンの恋人でもある秘書ジューン・ライオン(ロンダ・フレミング)。といっても、弱みがあるのは彼女自身ではなく、その妹のドロシー(アーリーン・ダール)だ。真面目な姉とは正反対に自由気ままで無責任で男にだらしのないドロシーは、実はメンタルに問題を抱えていて窃盗癖があり、幾度となく逮捕された挙句に近ごろ刑務所から出てきたばかりだったのだ。

ところが、あろうことかベンは聡明で美しいジューンに一目惚れしてしまい、ボスには「何も出てこない」と嘘の報告を続けていた。これに業を煮やしたキャスパーは、ジェンセンの後ろ盾である新聞社社長マーロウ(ロイ・ゴードン)を脅して選挙戦から撤退させようと画策。だが、キャスパーに脅迫されたマーロウは心臓の持病が原因でポックリ死んでしまう。自殺に見せかけて部下に処理させるキャスパー。しかし、実はベンが予めマーロウのオフィスに盗聴器を仕掛けていた。一部始終の音声を録音した盗聴テープをジューンのもとへ持ち込み、ジェンセンに手渡すよう指示するベン。これが決定的な証拠となってキャスパーは指名手配され、着の身着のままメキシコへと逃亡する。ほどなくして行われた市長選ではジェンセンが見事に勝利し、ジューンは恩人でもあるベンに心惹かれるようになる。もちろん、それもベンにとっては計算のうちのひとつだ。

さらに、逃亡したキャスパーの後釜として組織のトップの座を手に入れたベンは、何も知らないジューンを介して旧友のディエツ警部(フランク・ジャースル)を警察本部長に抜擢させる。見返りとして便宜を図ってもらうためだ。といっても、新市長ジェンセンの推し進める犯罪撲滅運動を邪魔する気はない。売春網も麻薬網もどんどん叩いてもらって結構。うちもそういうヤバい商売からは足を洗うから。その代わり、唯一にして最大の収入源である違法賭博場だけは残すので、そこんとこ警察も配慮して見逃してくれないか?というわけだ。こうして、街の浄化を進める当局と持ちつ持たれつの新体制を築こうとするベン。だが、表向きは今現在も刑事であるベンのことを組織の部下たちは信用せず、秘かに敵意を抱いている者も少なくない。国外逃亡したキャスパーも復讐の機会を虎視眈々と狙っている。そればかりか、精神状態の不安定なドロシーがベンを姉から横取りしようと画策し、次々と余計なトラブルを起こしたことから、事態は思いがけない方向へと転がっていく…。

身の丈に合わぬ野心を持った汚職警官が、色と欲に足をすくわれて破滅への道を辿る…というのはフィルム・ノワールの定番的な設定だが、本作の場合は主人公を翻弄するファム・ファタール的な赤毛の美女が2人も登場するところが大きな特色。まあ、それもぶっちゃけ『三つ数えろ』('46)のローレン・バコールとマーサ・ヴィッカーズの焼き直しじゃね?と言ってしまえばそれまでなのだが、しかしトラブルメーカーである妹の尻ぬぐいばかりさせられてきたエリートの姉ジューンと、優等生である姉に対して秘かな嫉妬心と劣等感を抱えた妹ドロシーの、愛憎入り乱れる複雑な姉妹関係は、予測不可能な波乱を次々と巻き起こしてハラハラさせられる。グラマラスなクール・ビューティのロンダ・フレミング、濃厚なセックスアピールにメンヘラ的な危うさを覗かせるアーリーン・ダールと、当時売れっ子だった2大スター女優の顔合わせも華やか。特に、清楚で可憐なお嬢様女優のイメージが強いダールの悪女役は驚くほどハマっている。

また、いかがわしい汚職刑事ベンと理想主義者の大富豪ジェンセンという、2人の対照的な男性の間で揺れ動くヒロイン、ジューンの心理描写も説得力がある。犯罪を心から憎み汚職とは一切無縁の高潔なジェンセンは、前科者であるジューンの妹ドロシーの問題に対しても理解を示す根っからの紳士だが、しかしその一方で、周囲の様々な出来事に苦悩するジューンに対して「君は美しいままでいてくれればいいから、何も難しいことを考える必要はない」などと言ってしまう無自覚なミソジニストでもある。言うなれば、彼にとってジューンは一個の独立した人格ではなく、お家で大切に飾っておきたい綺麗なお人形さんだ。それに対して、見るからに粗暴で図々しくてずけずけとものを言うベンに当初は不快感を抱いていたジューンだが、しかし自分を守るべきか弱い存在としてではなく、確固とした意志も知性も持ち合わせた人間として対等に扱うベンに、やがて心を許すようになる。確かにジェンセンといた方が安心感はあるが、しかしベンとの関係は刺激的だし、なによりも自立した人間として認めてもらえる。ジューンが彼に惹かれる気持ちは十分理解できるだろう。そうした、ある種のフェミニスト的な視点がまた面白い。

フィルム・ノワール的な世界観をテクニカラーの鮮やかな色彩で表現した、ジョン・アルトンのカメラワークも特筆すべきだろう。アルトンと言えば『夜歩く男』('48)や『暗闇に響く銃声』('51)など、モノクロの陰影を強調したダークな映像美で知られる、フィルム・ノワールの代表的なカメラマン。本作でも同様のテクニックを随所で用いつつ、まるでダグラス・サークのメロドラマ映画の如き豪奢な色彩を散りばめることで、従来のノワール映画とは一味違う芳醇なエロティシズムとエレガンスを表現している。演出を手掛けたのはハリウッド映画の草創期から活躍する大ベテラン、アラン・ドワン。「個性がないのが個性」とも呼ばれた職人監督で、それゆえあらゆるジャンルを器用にこなしたカメレオン的な人物である。なので、本作の場合もジャンルに精通したアルトンのビジョンをドワンが有効活用したと見るのが妥当なのだろう。

主人公ベンを演じているのは、クリスマス映画の定番『三十四丁目の奇蹟』('47)の心優しき弁護士フレッド役で有名な二枚目俳優ジョン・ペイン。所属していた20世紀フォックスでは同社の看板スター、タイロン・パワーの二番煎じとして扱われ、『三十四丁目の奇蹟』以外の代表作には恵まれなかった彼は、'48年にフリーへ転向してからは主にフィルム・ノワールのタフガイ俳優として活躍するようになっていた。本作の当時は40代半ば。実年齢よりもちょっと老けたように見えるが、しかしこのやさぐれた感じというか、うらぶれたような老け具合が堕落した不良刑事役にはピッタリだ。また、執念深いマフィアのボス、キャスパー役には『裸の町』('48)の殺人犯や『脅迫者』('51)のギャングなど、フィルム・ノワールの悪役には欠かせない怪優テッド・デ・コルシア。また、メエ・ウェストの『妾は天使じゃない』('33)ではヒロインに貢ぎまくる大富豪役だったケント・テイラーが、ここでは真面目一筋の立派な大富豪ジェンセンを演じている。

評価(5点満点):★★★★☆
参考DVD情報(アメリカ盤)
カラー/ワイドスクリーン(2.00:1)/音声:2.0ch Dolby Digital/言語:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/時間:99分/発売元:VCI Entertainment
特典:ミステリー作家兼映画監督マックス・アラン・コリンズの音声解説/スチル・ギャラリー/原作者ジェームズ・M・ケインのバイオグラフィー/オリジナル劇場予告編
by nakachan1045
| 2021-02-13 14:30
| 映画
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