なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「Простая история(素朴な物語)」 (1960)

脚本:ブジミール・メタルニコフ
撮影:イーゴル・シャトロフ
音楽:マルク・フラドキン
出演:ノンナ・モルジュコーワ
ミハイル・ウリヤーノフ
ワシリー・シュシュキン
ダニール・イルチェンコ
ワレンチナ・ウラジミローワ
イリーナ・ムルザエワ
アレクセイ・ミロノフ
オレグ・アノフリエフ
ソヴィエト映画/84分/モノクロ作品


舞台は3つの村に126世帯が暮らすコルホーズ「ザーリャ」。コルホーズとはご存知の通り、国から土地を借りた農民が自分たちで野菜を栽培したり家畜を飼育し、それを自由に販売して収入を得るという半官半民の集団農場のこと。そのリーダーである議長のポストを巡って、ザーリャでは住民の総会が行われていた。ところが会議は一向に進まない。なぜなら誰も議長になりたがらないのだ。よそのコルホーズでは都会から派遣されてきた共産党員が議長を務めていたが、しかし彼らは学校で勉強した知識はあっても農民の実情をちゃんと理解していないため、ザーリャでは自分たちのコミュニティの中から議長を選んでいた。ところが、毎年のように辞めてしまうことから、今ではすっかりなり手がいなくなっていたのである。

推薦された候補者たちはお互いに責任をなすりつけ合い、好き勝手に発言する住民たちも司会進行役の話など聞いておらず、しまいには会議と全く関係のない世間話まで始める始末。すると、苛ついてヤジを飛ばしていた一人の女性が、いよいよ我慢できずに立ち上がる。年老いた母親と2人で暮らす戦争未亡人サーシャ(ノンナ・モルジューコワ)だ。さっきから聞いていると候補者はろくでもない男ばかり。そもそもなんで男じゃなくちゃいけないの?周りを見回してごらんなさいな、女だって沢山いるじゃない。それとも女は議長になれないっていうの?とまくしたてるサーシャ。よく考えてごらんなさいな、汗水たらして真面目に畑仕事をするのは女たち。男たちはポケットに手を突っ込んでぶらぶら歩きながら偉そうに命令するだけじゃない!そんなサーシャの歯に衣着せぬ物言いに、一部の男性からは反発の声も出るのだが、しかし逆にやり込められてしまう。場内に響き渡る笑いと喝采の声。気が付くと、新たな議長はサーシャに決まっていた。

まさか自分が議長に選ばれるなどとは思ってもいなかったサーシャ。どうしよう?と茫然とする彼女に、「おまえ、また厄介なことに首を突っ込んだんだね」と呆れ顔の母親(イリーナ・ムルザエワ)。正義感が強くて見て見ぬふりを出来ず、誰に対してもハッキリと物申すサーシャは、それゆえに親しい友人たちからの信頼は厚かったものの、しかしその一方で彼女の率直さとガッツを毛嫌いする住民も少なくなかった。そんな娘に母親が忠告する。議長をやるのであれば偉そうにするな、謙虚に振る舞え、そして戦争未亡人であることを忘れるな。ナチスと戦って死んだ英雄の妻として恥ずかしい真似はするんじゃないというわけだ。

しかしながら、そんな悠長なことを言っていられない現実がサーシャを待ち構えていた。議長としてコルホーズの生産性をあげて、みんなの生活を豊かにしなくてはいけないのだが、しかし勝手気ままで自由な農民たちを統率するのは至難の技。働き者の親友アフドーチャ(ワレンチナ・ウラジミローワ)の助けもあって女性陣は積極的に協力してくれるものの、それでも若い娘たちは近くの町に珍しい布地が入荷したと知っては集団で出かけてしまうし、釣りばかりしている怠け者のグスコフ(アレクセイ・ミロノフ)を筆頭にふんぞり返った男たちのケツを叩いて働かせるのはひと苦労だ。そればかりか、牛の飼料が足りないからと共産党の担当者に掛け合っても、本当は十分な備蓄があるくせに損得勘定で出し渋るし、農作業に必要なトラクターを修理に出したところ、いつ部品が届くか分からないような始末で、なおかつ修理工が飲んだくれの怠け者であるため、ポケットマネーで買った上等なウォッカを賄賂に使って働かせなければいけない。おかげで、サーシャはさらに嫌われ者になってしまった。

そんな彼女を冷ややかな目で見ているのが村の長老男性たち。中でも、ザーリャで最も裕福な農夫リーコフ(ダニール・イルチェンコ)は、いくら立派なことを言ってみたところで、どうせ地位とか名誉が欲しいだけに決まっているとサーシャを小バカにしていた。なぜなら、自分の畑の収穫と売り上げにしか関心がなく、困っている仲間に手を差し伸べることもなく、村で唯一テレビを持っていることが自慢のリーコフにしてみれば、人間なんて誰だって私利私欲の塊だからだ。そんなリーコフの息子イワン(ワシリー・シュシュキン)もまた、畑仕事よりも夜遊びが好きなプレイボーイ。都会で農業を勉強して戻ってきたものの、娯楽の殆どない村の生活にすっかり飽きてしまい、なにかにつけてサーシャにちょっかいを出そうとする。世間体を気にする母親から「イワンだけは家に入れちゃいけない」と言われているサーシャだったが、しかし農業の専門知識がない彼女はイワンに尋ねたいことが沢山あるし、なにより未亡人として独り身の寂しさもあって、ついつい彼を自宅へ招き入れて一夜を共にしてしまう。

本当なら戦争未亡人として貞操を守らねばならないサーシャ。実は、そんな彼女にも気になる男性がいた。地域の各コルホーズを指導する共産党書記官ダニロフ(ミハイル・ウリヤーノフ)だ。公明正大で器が大きく知的なダニロフは、サーシャがこれまで会ったことがないような生粋の紳士で、たびたび窮地に陥った彼女を助けてくれた。どうやら、彼の方でもサーシャに好意を持っている様子だ。久しく忘れていた恋心にときめき、クローゼットにしまっていた口紅をこっそりとさしてみるサーシャ。しかし、それを見た母親に「ふしだらな真似をするんじゃない!」と激しく責められ、さらには戦争未亡人の仲間たちから「あんたはもう友達じゃない」と言われてしまう。イワンが自分と寝たことを周囲に言いふらして自慢していたのだ。そんな折、ダニロフが昇進のため転勤することとなる。私だって愛する男性と一緒になりたい、幸せになりたい。思いつめた彼女は、ダニロフのもとへと向かい、お互いの愛を確認しようとするのだったが…?

もちろん、最終的にサーシャは自分自身の幸せを諦めて、コルホーズの議長として友人や仲間のために貢献する道を選ぶ。それはまさしく、社会主義国家が理想とする美しき自己犠牲の精神だ。ただ、これはあくまでもソ連政府の検閲をパスするための建前であって、恐らく本作が真に描かんとするところは、表向きこそ男女平等を謳う社会主義国にあって、それでもなお封建的なジェンダーロールに縛られて二級市民扱いされ続けているロシア女性たちの怒りと哀しみ、そして戦中戦後を通じて幾多の困難を乗り越えてきた彼女たちの大らかな強さと逞しさである。

事実、ソ連政府は世界に先駆けて男女平等を実現したことを自負し、確かに西側各国に比べると法律的にも女性の権利が尊重され、男女間の賃金格差も殆どないに等しかったものの、しかしその一方で共産党の重要ポストに女性が就くことは滅多になく、男性に許される不道徳も女性には絶対許されないなどの不平等は確実に存在した。本作は、そんなソ連社会の根強い男尊女卑を暗に批判したフェミニズム映画と見ることができるだろう。そればかりか、本作は共産党内の不正や癒着体質、慢性的な物資不足など、理想的な社会主義国家であるはずのソ連が内包する様々なダブルスタンダードを、大らかなユーモアを交えながら痛烈に皮肉っている。のどかな川べりの水浴びシーンで一瞬だけ登場する女性のセミヌードや、ヒロインがつい軽い気持ちで年下の男と寝てしまう展開なども含め、恐らく「雪解けの時代」でなければ不可能だった作品だ。

さらに、本作を語るうえで絶対に欠かせないのが、劇中で幾度となく流れるテーマ曲「Песня о любви(愛の唄)」である。むしろ、このテーマ曲こそ本作が世代を超えてロシア人に愛される最大の理由と言えるかもしれない。シャンソンの名曲「枯葉」を彷彿とさせる美しくも切ないメロディに乗せて、人は誰でも愛なくして生きることは出来ない、それと同じように誰もが母なる大地なくしては生きられない…と歌うこの曲は、ソ連崩壊後の現在に至るまで数多の歌手たちによって歌い継がれてきた。作詞・作曲を手掛けたのは、「ドニエプルの歌」や「ブリヤンスク通り」など数えきれないほどの流行歌を生んだ、ソヴィエト時代の国民的な作曲家マルク・フラドキン。恐らくこの曲がなければ、本作の魅力も半減していたことだろう。

主演にもソヴィエト時代のロシアを代表する大物スターが顔を合わせる。サーシャ役のノンナ・モルジューコワとダニロフ役のミハイル・ウリヤーノフだ。大地に根差した庶民的なヒロイン像を体現して大衆に支持されたモルジューコワだが、その一方で実はペレストロイカ時代まで上映禁止の憂き目に遭った問題作に2本も主演した女優だった。それが、ロシア革命時のユダヤ人差別を描いたことで当局の逆鱗に触れた『コミッサール』('67)と、第二次世界大戦時の徴兵逃れをテーマにした『君たちのことは忘れない』('78)。『コミッサール』のアレクサンドル・アスコルドフ監督が首都モスクワばかりか、映画界からまでも永久追放された際には、彼を救うため当局に掛け合ったほどの勇敢な女性だ。なので、恐らく本作の裏テーマも十分に承知の上で引き受けたのではないかと思われる。

一方のウリヤーノフは、アカデミー外国語映画賞にノミネートされた『カラマーゾフの兄弟』('69)に主演したことで国際的な名声を得た俳優だが、しかしソヴィエトではウラジーミル・レーニンを筆頭に共産党の英雄を数多く演じた俳優として有名。中でも、『ヨーロッパの解放』('69~'71)シリーズや『レングラード攻防戦』('75~'78)シリーズ、『モスクワ攻防戦』('85)などで演じた第二次世界大戦の最高司令官ゲオルギー・ジューコフは最大の当たり役で、数あるジューコフの銅像の中には本人でなくウリヤーノフをモデルにしたものまで存在する。

ユーリ・イェゴロフ監督の作品はこれ以外に見たことないものの、モノクロのコントラストを強調した奥行きのある画作りは、ロシア的リアリズムにドイツ表現主義的な寓話性を融合させたような味わいがあって非常に面白い。巧みに計算された流麗なカメラワークも見どころ。例えば、2人だけの秘密を村中に広めた上に図々しくも家に上がり込だイワンにサーシャが激しい怒りをぶつけるシーン。テーブルへ歩み寄ったサーシャと一緒にカメラが椅子に座るイワンの方向へ素早くパンすると、そのままイワンの顔面にサーシャが平手打ちをお見舞いし、さらに何度も続けて引っ叩くサーシャと引っ叩かれるイワンの顔面クロースアップが、それぞれ主観カメラで交互に入れ替わりながら畳みかけるように描かれる。これには思わず息を呑んだ。ほかにも、美しく野心的でハッとさせられるようなシーンが幾つも散りばめられており、そうした面でも「雪解けの時代」の新鮮な息吹を感じられることだろう。

評価(5点満点):★★★★☆
参考DVD情報(ロシア盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:5.1ch Dolby Surround・2.0ch Dolby Digital Mono/言語:ロシア語/字幕:ロシア語・英語/地域コード:ALL/時間:84分/発売元:RUSCICO
特典:ミハイル・ウリヤーノフのインタビュー映像集(約9分)/ミハイル・ウリヤーノフのフォトギャラリー/スタッフ・キャストのプロフィール
by nakachan1045
| 2021-05-09 03:07
| 映画
|
Comments(0)
以前の記事
2026年 03月2026年 02月
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
最新のコメント
| > Matemuさん .. |
| by nakachan1045 at 13:14 |
| 2024/6/5に発売さ.. |
| by Matemu at 05:08 |
| この映画はデンマーク軍が.. |
| by na at 08:27 |
| ランドマスターは本当にか.. |
| by na at 17:53 |
| > にこらさん コメン.. |
| by nakachan1045 at 01:32 |
| なかざわ様 前にあった.. |
| by にこら at 19:32 |
| DVDリリースされてまし.. |
| by ken at 22:53 |
| > kenさん 書.. |
| by nakachan1045 at 16:23 |
| チプリアーニの作品中でも.. |
| by ken at 11:36 |
| ひでゆきさん、ありがとう.. |
| by na at 16:19 |
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
ハリウッド映画(544)70年代(355)
ホラー映画(287)
60年代(269)
80年代(217)
イタリア映画(186)
アクション(135)
ドラマ(120)
ダンス(116)
50年代(108)
イギリス映画(107)
サスペンス(106)
ポップス(106)
カルト映画(95)
30年代(68)
ロマンス(60)
40年代(59)
日本映画(58)
70年代音楽(58)
2020年代音楽(50)
SF映画(46)
コメディ(45)
フランス映画(42)
80年代音楽(42)
ノワール(41)
90年代(40)
ジャッロ(39)
1920年代(37)
ソウル(36)
西部劇(35)
K-POP(34)
香港映画(32)
エロス(28)
スペイン映画(26)
ドイツ映画(26)
ファンタジー(23)
歴史劇(21)
ミュージカル(21)
ワールド映画(21)
サウンドトラック(21)
戦争(20)
2010年代音楽(20)
アドベンチャー(19)
メキシコ映画(18)
イタリア映画音楽(18)
テレビ(18)
アニメーション(17)
ラテン(17)
2000年代音楽(15)
1910年代(15)
ルーマニアン・ポップス(15)
スパイ(14)
90年代音楽(14)
ロシア映画(13)
アナウンス(11)
60年代音楽(10)
カナダ映画(9)
フィリピン映画(9)
ラウンジ(9)
ロック(9)
ロシア音楽(8)
青春(7)
バルカン・ポップス(7)
ジャズ(7)
シットコム(5)
フリースタイル(4)
2010年代(4)
連続活劇(4)
イタロ・ディスコ(3)
パニック(3)
フレンチ・ポップ(3)
LGBT(3)
J-POP(3)
2000年代(3)
韓国映画(2)
アンダーグランド(2)
トルコ映画(2)
オーストラリア映画(2)
カントリー・ミュージック(2)
フランス映画音楽(2)
ヒップホップ(1)
2020年代(1)
サルサ(1)
民族音楽(1)
伝記映画(1)
シャンソン(1)
文芸(1)
ギャング(1)
1920年代音楽(1)
カントリー(1)
インド映画(1)
ギリシャ音楽(1)
ブラジル音楽(1)
音楽DVD(1)
音楽ライブ(1)
ブログパーツ
最新の記事
| DANCE CLASSICS.. |
| at 2026-03-09 00:34 |
| DANCE CLASSICS.. |
| at 2026-03-08 00:53 |
| 「1968」 (1968) .. |
| at 2026-03-07 15:05 |
| 「L'Intégrale d.. |
| at 2026-03-06 23:10 |
| DANCE CLASSICS.. |
| at 2026-03-06 00:52 |

