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なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画&音楽レビュー日記
by なかざわひでゆき

「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet (1970)

「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_02004103.jpg
監督:ラドリー・メツガー
製作:ラドリー・メツガー
原案:ラドリー・メツガー
   マイケル・デフォレスト
脚本:マイケル・デフォレスト
撮影:ハンス・ユーラ
音楽:スティーブン・チプリアーニ(ステルヴィオ・チプリアーニ)
出演:フランク・ウォルフ
   エリカ・レンベルグ
   シルヴァーナ・ヴェンチュレッリ
   パオロ・トゥルコ
イタリア・西ドイツ合作/88分/カラー作品




「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16434338.jpg
アメリカ出身のアート・ポルノの巨匠ラドリー・メツガーによる哲学的で難解でシュールなエロティック・ファンタジーである。もともとニューヨークの配給会社ヤノス・フィルム(現クライテリオン・コレクション)の予告編編集者だったメツガー。ヤノス・フィルムといえば、フェリーニやアントニオーニ、ベルイマンやトリュフォーなどヨーロッパの巨匠たちの名作をアメリカへ配給した有名なアート系ディストリビューターだ。'61年に自らの配給会社オードボン・フィルムを設立したメツガーは、主にヨーロッパのエロティック映画をアメリカへ輸入していたのだが、その傍らで自身も映画監督としてオリジナル作品を撮るようになる。しかもロケ場所はヨーロッパ、スタッフやキャストもヨーロッパの有名どころを使って。例えばプロスペル・メリメの「カルメン」を下敷きにした『カルメン・ベイビー』('67)はユーゴスラヴィアだし、レズビアン映画の名作『女と女』('68)はフランス。どの国でも最低2本は撮っていたメツガーは、フェリーニの『甘い生活』('60)にインスパイアされた『炎』('69)に続いて、本作『夜行性情欲魔』をイタリアで撮影している。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16431634.jpg
舞台はイタリアの人里離れた山の上に立つ中世の古城。大広間で裕福な男女が8ミリ映画を上映している。彼らは城主である父親(フランク・ウォルフ)と母親(エリカ・レンベルグ)、そして10代の息子(パオロ・トゥルコ)の3人家族。スクリーンに映されているのは古いモノクロのブルーフィルムだった。人前でセックスをするなんて恥ずかしくないのかね?どうせ彼女たちは女優じゃなくて娼婦でしょう、などとバカにしつつもほくそ笑みながら猥褻な映画を楽しむ夫婦。そんな両親への嫌悪感を露わにする息子。しかし3人の脳裏にはそれぞれ、遠い過去の記憶や性的な妄想がフラッシュバックしていた。やがて、付き合いきれなくなった息子が外出すると言い出し、暇を持て余した両親も一緒についていく事になる。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16442080.jpg
親子が向かったのは人込みで賑わうカーニバル。円形の壁をバイクで疾走する命がけの曲芸を眺めていた彼らは、ヘルメットを脱いだドライバーのひとりがブルーフィルムに出ていたブロンド女性にソックリだと気付く。髪の色はブルネットだが、きっと染めたのだろう。たちまち好奇心を掻き立てられる夫婦、そんな両親に呆れ果てる息子。彼女を城へ招いて一緒に上映会を楽しもうじゃないか!と思いついた父親は、半ば強引に白いレザースーツの美女(シルヴァーナ・ヴェンチュレッリ)を城へと招待する。ブルーフィルムの上映を邪魔しようと、得意のマジックを披露する息子。そんな息子に苛立つ両親。結局、4人で猥褻な映画を鑑賞することになるのだが、しかし映画を見ながら美女をからかおうと考えていた両親はビックリする。映画のカメラアングルが微妙に変化し、出演者たちの顔が見えなくなっていたのだ。しかも、ようやくお目当ての女優が顔を見せたかと思ったら別人になっている。これは一体どういうことなのか。黙って見ていた息子も首を傾げる。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16452022.jpg
帰ろうとする美女を引き留めて、城に宿泊させることにした両親。その翌朝、美女の髪はブロンドヘアに変わっていた。昨晩のブルネットはウィッグだったのだ。やはり、あのブルーフィルムに出ていた女ではないのか?そんな親子の疑心暗鬼を見透かすかのように、セクシャルで危険なゲームを仕掛けていくブロンド美女。やがて、親子3人がそれぞれ封印していた過去の忌まわしい記憶が解き明かされ、彼らの性的な妄想や願望が解き放たれ、美しく着飾ったブルジョワ家族の正体が赤裸々に暴かれる。そして、まるで役目を終えたかのように美女が姿を消した時、広間のスクリーンに映し出された映画の観客と出演者が入れ替わってしまう…。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16455152.jpg
フェリーニやベルイマン、ルルーシュ、オーソン・ウェルズなどに影響を受けたというメツガー監督だが、本作は劇中で母親が着用する黒い鳥の羽のイブニングドレスが象徴するように、アラン・レネの『去年マリエンバートで』('61)からインスパイアされたものと思われる。壮麗な城を舞台にした記憶と錯覚を巡る抽象的な物語…という点でも共通するものがあると言えよう。主人公の親子3人は、迷路のように複雑で要塞のように広い古城で暮らす優雅な富裕層だが、しかし実はそれぞれがあまり好ましくない過去を隠し持っており、その記憶の断片は映画の冒頭から随所にモノクロのフラッシュバックで挿入される。彼らの家族関係が破綻しているのも、そうした過去の出来事が原因だ。そんな歪んだ家族が団欒の時間に大広間で鑑賞するのが、傷だらけになった古いモノクロのフルーフィルム…つまりポルノ映画だ。お高くとまった夫婦はポルノに出てくる女たちを嘲笑し、セックスを嫌悪する息子はそんな両親の軽蔑するのだが、しかし実は3人ともブロンドの美しい主演女優に強く惹かれており、それぞれが秘かに性的な妄想を彼女へ投影していた。この妄想の断片も記憶の断片と同様に随所で挿入され、やがて両者は大きな意味を持つことになる。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16444898.jpg
そのきっかけを与えるのが、ブルーフィルムの女優と瓜二つのブロンド美女だ。カーニバルでたまたま見つけた彼女を、本人に間違いないと確信して城へ連れ帰る夫と妻。恐らく封印したい過去であろうポルノをわざわざ本人に見せて、その反応を楽しもうという悪趣味な夫婦だったが、しかし彼らの当てはすっかり外れてしまう。映画の内容は最初に見た時とほぼ一緒なのだが、なぜか肝心の女優が明らかに別人だったのだ。そのうえ、カメラのアングルなども微妙に違っている。だが、実は記憶と違っていたのはポルノ映画だけではなかった。一人また一人と美女に誘惑され、それぞれ彼女に抱いていた性的な妄想を叶えていく親子だが、それと同時に過去の出来事の真相も詳らかにされていく。そこで判明するのは、記憶の断片に出てきた登場人物もまた、彼らの勝手な都合で別人に置き換えられていたことだ。人間誰しもが主観的に物事を記憶するもの。無意識のうちに過去は都合良くすり替えられ、本能的な欲望や願望が時として錯覚を起こさせる。記憶というのはどこまでも不確かで曖昧なのだ。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16450393.jpg
結局、他人の封印していた恥ずかしい過去をいたずらに暴くつもりが、自分たちの封印していた忌まわしい過去と向き合わねばならなくなった家族。やがて、彼らが長いこと抱き続けていたわだかまりは消え、同時にブロンド美女もまた忽然と姿を消してしまう。そして、気が付くとポルノ映画の観客だった家族は出演者となり、出演者だったはずの男女が彼らを大広間のスクリーンで眺めている。これが何を意味するのか解釈の分かれるところだろうが、個人的には「カメラを通して別の世界を覗き見る」という映画の本質を象徴しているようにも思える。そして、そこに見える別の世界は、人間の不確かな記憶のように真実と願望が巧妙に入り混じっているのだ。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16462760.jpg
もともとアート志向の強いメツガー作品の中でも、これは恐らく最もアヴァンギャルドで実験性の高い映画だと言えよう。それだけに劇場公開時から賛否は大きく分かれ、アンディ・ウォーホルやニューヨークタイムスの批評家ヴィンセント・キャンビーのように「傑作」として称賛する声がある一方、大御所評論家ロジャー・エバートのように「野心だけは高い中途半端なソフトポルノ映画」として斬り捨てる向きも少なくなかった。実際、観念的かつ難解すぎて万人向けの映画でないことは確かだし、エロスはあってもエロスを主眼に置いた映画でもない。あえて観客を混乱させようというメツガー監督の演出意図は、時としてスノッブさが鼻につくことも否めないだろう。そういう点を差し引いても、ヨーロッパのアート映画とニューヨークのカウンターカルチャーを融合したような、メツガー監督独特の不条理で官能的な幻想の世界はとても魅力的だ。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16461036.jpg
もちろん、ドイツ映画賞に2度輝く名カメラマン、ハンス・ユーラによる流麗なカメラワークや、イタリア中部に位置するラクイラ近郊で撮影された美しいロケーションも大きな見どころ。舞台となる中世の古城は、バルソラーノという小さな町の山の上に15世紀半ばに建てられたピッコロミーニ城だ。ここはマッシモ・プピッロ監督の『惨殺の古城』('66)やメル・ウェウズ監督の『フランケンシュタイン/娘の復讐』('71)など、数多くのイタリア産ゴシック・ホラーの撮影に使用されているので、見たことがあるというホラー映画ファンも少なくないだろう。その内部のスタイリッシュかつ壮麗なインテリア・デザインを手掛けたのは、ローランド・ジャッフェ監督の『ミッション』('86)の衣装デザインでオスカー候補になったエンリコ・サバティーニ。また、イタリア映画らしい官能的で切なくて美しいメロディの音楽スコアを巨匠ステルヴィオ・チプリアーニが手掛けている。メツガー監督は自身の会社でピエロ・スキヴァザッパ監督の実験的エロティック映画『Femina ridens(恐れる女)』('69)を配給していたのだが、その音楽を担当していたのがチプリアーニだった。実はメツガー監督、撮影現場ではエンニオ・モリコーネの『ある夕食のテーブル』のサントラ盤をBGMとして流していたそうで、これと似たようなリズムと雰囲気の音楽をとチプリアーニに注文を出していたという。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16453405.jpg
主演はセルジオ・レオーネ監督の『ウエスタン』('68)を筆頭に、数多くのマカロニ・ウエスタンで活躍したアメリカ人俳優フランク・ウォルフ。その妻を演じるエリカ・レンベルグは'50~'60年代に西ドイツで人気を博したトップ・アイドル女優で、メツガー監督は学生時代から彼女の熱烈な大ファンだったという。息子役のパオロ・トゥルコは『さらば恋の日』('69)で大女優ジーナ・ロロブリジーダの息子役を演じて注目され、'70年代前半のイタリアで売れっ子だった美少年スター。謎めいたブロンド美女を演じるシルヴァーナ・ヴェンチュレッリは、メツガー監督の前作『炎』に小さな役で出ていたところを認められ、本作で初めての大役を得たものの、もともと女優志望ではなかったことからすぐに引退し、イギリス人と結婚してロサンゼルスへ移住したそうだ。なお、先述したようにフランク・ウォルフはアメリカ人、ドイツ人のエリカ・レンベルグも隙のない完璧なクイーンズ・イングリッシュを話せることから、英語のセリフは本人たちが吹き替えしているものの、パオロ・トゥルコとシルヴァーナ・ヴェンチュレッリは英語の訛りが強すぎたために別人が声を担当している。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16464067.jpg
日本では成人映画、いわゆる洋ピンとして劇場公開された本作だが、アメリカではニューヨークなど大都市圏のアート系シアターでヨーロッパ映画として公開されている。今のところ日本盤は15年以上前に発売されたDVDのみだが、アメリカとイギリスではメツガー監督による監修のもと、2K解像度でレストアされた高画質のブルーレイが発売中。どちらもソースとなる本編マスターは同じものをしようしているのだが、イギリス盤のみ同一内容のDVD盤もセットになっている。また、特典内容も基本的には同じだが、しかしイギリス盤はスチル写真をふんだんに使用したフルカラー解説書が封入されている。
「夜行性情欲魔」 The Lickerish Quartet  (1970)_f0367483_16443794.jpg
評価(5点満点):★★★★☆



参考ブルーレイ&DVD情報(イギリス盤2枚組)
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:2.0ch リニアPCM/言語:英語/字幕:英語/地域コード:ALL/時間:88分/発売元:Arrow Films
特典:ラドリー・メツガー監督による音声解説/メイキング・ドキュメンタリー('10年制作・約11分)/ラブ・シーンのソフト・バージョン(約32分)/ロケーション音声とアフレコ音声の比較(約18分)/オリジナル劇場予告編



by nakachan1045 | 2021-11-20 16:49 | 映画 | Comments(0)

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