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なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画&音楽レビュー日記
by なかざわひでゆき

「ムーラン・ルージュ」 Moulin Rouge (1928)

「ムーラン・ルージュ」 Moulin Rouge  (1928)_f0367483_20510263.jpg
監督:E・A・デュポン
製作:E・A・デュポン
脚本:E・A・デュポン
撮影:ウェルナー・ブランデス
出演:オルガ・チェーホワ
   イヴ・グレイ
   ジャン・ブラディン
   ジョルジュ・トレンヴィル
   マルセル・ヴィベール
   ブランシュ・バーニス
イギリス映画/130分/モノクロ(サイレント)




ドイツ表現主義映画の名匠E・A・デュポンがイギリスに招かれて撮った最初の作品であり、サイレント時代のイギリス映画界では破格の50万ポンドという予算をつぎ込んだ大作映画だ。技巧を凝らしたカメラワークと、人間心理の生々しい描写で高い評価を得たデュポンは、日本でもキネ旬ベストテンの第2位になったメロドラマ『ヴァリエテ』('25)がアメリカで大ヒットしたことから、ユニバーサル製作の『君が為命捧げん』('27)でハリウッド・デビューを飾るものの、しかしこれが残念ながら興行的には失敗してしまう。ちょうどその頃、新たに設立されたイギリスの映画会社ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズが、国外マーケットを視野に入れて欧州各国から有能な監督やスタッフ、俳優を引き抜いていた。彼らは『ヴァリエテ』の成功も記憶に新しいデュポンにも声をかけ、同社の命運を賭けた大作メロドラマ『ムーラン・ルージュ』の演出を任せたのである。

舞台は花の都パリ。ネオン煌めく賑やかな夜の繁華街にあって、ひときわ大勢の観光客を集めているのは、世界に知られた娯楽の殿堂「ムーラン・ルージュ」。その花形であるトップスターが、美しくも妖艶な女性歌手パリーシア(オルガ・チェーホワ)だった。ある晩、結婚を誓い合った若いカップル、マーガレット(イヴ・グレイ)とアンドレ(ジャン・ブラディン)が「ムーラン・ルージュ」を訪れる。あれが私のお母さんよ!そう言って、ステージで華麗に歌い踊るパリーシアを羨望の眼差しで見つめるマーガレット。実は彼女、パリーシアが長いこと全寮制学校に預けていた実の娘だった。立派な大人へと成長したひとり娘が、婚約者を連れて自分に会いに来た。楽屋で娘からの花束と手紙を受け取ったパリーシアは、戸惑いつつも湧き上がる喜びを隠せない。恋人である侯爵(マルセル・ビヴェール)とのデートをキャンセルした彼女は、はやる気持ちを抑えてマーガレットとアンドレの待つ楽屋入口へと向かうのだった。

万感の想いで再会を喜び合う母親と娘。そんな2人を見つめるアンドレは、秘かに恋人の母パリーシアに熱い視線を注いでいた。その眼差しに気付きながらも平静を装うパリーシア。一緒に訪れたダンスホールで楽し気に踊る若い2人を眺めながら、彼女は自分の年齢を実感せざるを得なかった。そんな母親にマーガレットが悩みを打ち明ける。アンドレの父親(ジョルジュ・トレンヴィル)が2人の結婚に反対しているというのだ。その原因は母パリーシアの職業。昔気質の保守的な貴族であるアンドレの父親は、いくらパリで最も有名な人気スターとはいえ、芸能人の娘と我が息子を結婚させるわけにはいかないと考えていた。そうと知ったパリーシアはアンドレの実家へ赴き、彼の父親に直談判を試みる。初めのうちは頑として首を縦に振らなかったアンドレの父親だが、しかし娘の幸せを一途に願うパリーシアの母性愛に心を動かされ、若い2人の結婚を認めることに。その知らせを受けて喜ぶマーガレットだったが、しかしアンドレの表情は冴えない。今や彼が真に求める相手はマーガレットではなく、その美しい母親だったからだ。思い切ってパリーシアに愛を告白するアンドレ。若者の激情に流されそうになるパリーシアだったが、しかしすぐに理性を取り戻して毅然とした態度で振る舞い、一刻も早く娘と結婚して彼女を幸せにしなさいと告げる。

しかし、パリーシアに対するアンドレの想いは日増しに募るばかり。何も知らず幸福感に浸る純粋なマーガレットを見ていることも辛かった。精神的に追い詰められてしまった彼は、父親に結婚前の挨拶をするため実家へ向かう前にマーガレットのもとへ立ち寄った際、ストレスのあまり気を失って倒れてしまう。そこで、マーガレットはアンドレの看護を母親に任せ、彼の代わりに自分が車を運転してアンドレの実家へ向かうことに。意識を取り戻したアンドレは、パリーシアからそのことを知らされて顔面蒼白となる。なぜなら、彼は自殺をするつもりで車のブレーキをわざと緩めていたのだ。アンドレの告白に血相を変えるパリーシア。「私の車で今すぐマーガレットを助けに行きなさい。そして、あなたが代わりに死ねばいい」そういって突き放されたアンドレは、なんとしてでもマーガレットを救おうと車を走らせるのだったが…!?

人間の欲望が渦巻く華やかなショービジネスの世界、複雑な愛情が絡み合う男女の三角関係と、さながら『ヴァリエテ』の姉妹編的なメロドラマ。あまりにもベタなストーリー展開は、正直なところ現実味に乏しい。劇場公開時の作品批評にも「ストーリーはややこじつけに感じる」とあるが、今見るとなおさらソープオペラ的な強引さと陳腐さが目立つ。『ヴァリエテ』の成功よもう一度という狙いが、プロデューサー側ないしデュポン側にあったのかもしれないが、残念ながら成功しているとは言い難いだろう。

ただ、E・A・デュポンの得意とする、人間の細やかな感情の機微を掬い取ったリアルな心理描写には、時として唸らされるものがある。中でも、婚約者マーガレットの存在が重荷になっていくアンドレと、そんな彼の変化を敏感に感じ取りながらも気付かぬふりをするマーガレット、この2人のすれ違う感情と溝の深さを、たたみかけるようなクロースアップショットの切り替えで明確にしていくシーンは、ある種の凄みすら感じられて鬼気迫る。また、大人になった娘との再会で自らの年齢を自覚せざるを得なくなり、鏡に向かって化粧を落としながらため息をついていたパリーシアが、娘の婚約者アンドレから熱烈な愛の告白を受けた際に、強く抵抗しながらも一瞬だけ満足げな表情を浮かべてしまうという赤裸々さにも驚く。こうした、サイレント映画だからこそのセリフに頼らない心理描写の上手さはさすがだ。

さらに、華やかに見える「パリの夜」の表と裏を鮮やかに活写したオープニングも面白い。煌びやかなネオンの光に彩られた表通りの賑やかさと並行して映し出されるのは、場末のカフェで若い娼婦に客を取られる年増の娼婦、路地裏の暗がりで懐から取り出したポルノ写真を客に売りつける中年のチンピラ、その横から絨毯を買わないかと割り込んで来るアラブ人の行商人など、胡散臭げな人々のうごめく裏通りのいかがわしい風景。また、絢爛豪華な「ムーラン・ルージュ」のステージの舞台裏で繰り広げられる慌ただしい人間模様や、そのステージを眺めながら暗がりで乳繰り合う中年男女や若い女性に痴漢しようとする老人など客席の猥雑な光景も差し込まれる。このように美しく綺麗に飾り立てられた表層だけでなく、時に醜くて泥臭いその裏側までをもこと細かく描写することによって、「狂乱の時代」とも呼ばれた1920年代フランスの活気に満ちた世相と風俗を多角的に捉えているのだ。それもまた、人間心理だけでなく社会の裏表をも描こうとしたE・A・デュポンらしい視点と言えよう。

ただしこの作品、一部の風景ショット以外は全てロンドン近郊のエルストリー・スタジオで撮影されている。要するに、パリでのロケは一切行われていないのだ。これまたにわかに信じがたいのだが、劇中に出てくる「ムーラン・ルージュ」のステージや客席は勿論のこと、パリの街角やカフェやお屋敷なども全て、エルストリー・スタジオに建てられた本物そっくりの巨大セットだったのである。なるほど、巨額の予算がかかってしまうわけだ。この美術デザインを手掛けたのが、デュポン監督がドイツから連れて来たアルフレド・ユンゲ。『裏町の怪老窟』('24)などの表現主義映画で鳴らしたユンゲは、本作を機にイギリス映画界へ拠点を移すようになり、戦後の『黒水仙』('47)でアカデミー賞の最優秀美術監督賞を受賞。ハリウッドでも『モガンボ』('53)や『武器よさらば』('57)などを手掛けている。さらに、技巧を凝らした躍動感のあるカメラワークは、やはりデュポン監督がドイツから連れて来た名カメラマン、ウェルナー・ブランデス。彼は同じくドイツの名匠アルトゥール・ロビソンがブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズで撮った『密告』('29)の撮影監督も務めている。

主人公のパリーシア役を演じるのは、ルネ・クレールの名作『イタリア麦の帽子』('28)でも知られるロシア人女優オルガ・チェーホワ。愛情深い母親の顔と若さに執着する女の顔、さらにエゴの塊みたいなスターの顔を併せ持つパリーシアの複雑な人物像を巧みに演じて実に素晴らしい。これぞサイレント演技の極致とも呼ぶべき名演だ。ちなみに、あの文豪チェーホフの姪として紹介されることも多いチェーホワだが、実際はチェーホフ夫人オルガの姪で、チェーホフの甥ミハイルと結婚したことからチェーホワ姓を名乗っていた。あのアドルフ・ヒトラーが熱愛した女優としても有名である。

その娘マーガレット役には可憐なイギリス女優イヴ・グレイ。彼女がまた可愛らしいこと!それでいて、天真爛漫なマーガレットの心の内に秘めた影の部分もしっかりと表現していて非常に巧い。アンドレ役にはヒッチコックの初期作品『シャンパーニュ』('28)に主演したフランス人俳優ジャン・ブラディン。また、後のオスカー俳優レイ・ミランドが、「ムーラン・ルージュ」の観客役で映画デビューを果たしている。ちなみに、ムーラン・ルージュの演目を再現しているのはムーラン・ルージュよりも歴史の古い「カジノ・ド・パリ」のパフォーマーたち。一瞬だけだが女性ダンサーのトップレス・シーンもある。なお、日本の歌舞伎をミゼット芸人たちが演じているのだが、これはやはり当時の日本人が小人みたいに小さかったからなのだろうか(笑)。

'28年にオーケストラの生演奏付きのサイレント映画として公開された本作は大ヒットし、翌年には音楽トラックを付けて86分に再編集したサウンド版もリリースされている。この成功のおかげでブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズの信頼を得たデュポン監督は、引き続きアジア系ハリウッド女優アンナ・メイ・ウォン主演の『ピカデリー』('29)やタイタニック号の悲劇を映画化した『アトランティック』('29)などの話題作を矢継ぎ早に任されることとなる。

なお、日本では過去に一度もソフト化されたことのない本作だが、本国イギリスではオリジナル完全版に最も近い127分バージョンがブルーレイで発売中。実は'28年に公開されたオリジナル完全版のネガフィルムは既に紛失しており、ブルーレイでは最も完全版に近いオランダ語バージョンのインターポジをマスターとして使用している。劇中でオランダ語表記に差し替えられているシーンは、現存する86分の英語サウンド版から該当シーンを抜き出して再編集したという。さらに、英語サウンド版からは音楽トラックも流用しているのだが、こちらは完全版127分に対して86分しかないため、足りないシーンに相応しいと思われる音楽スコアを、サウンド版の別のシーンから拝借して補ったらしい。画質も音質も90年以上前の映画としては上々。なお、リージョンBでブロックされているため、日本国内で視聴するためにはリージョンB専用もしくはリージョンフリーの再生機が必要である。

評価(5点満点):★★★☆☆



参考ブルーレイ情報(イギリス盤)※リージョンB
モノクロ/スタンダードサイズ(1.37:1)/1080p/音声:2.0ch DTS-HD Master Audio/言語:英語(中間字幕)/地域コード:B/時間:127分/発売元:Network/Studiocanal
特典:フォトギャラリー/オリジナル・スクリプト(PDF収録)



by nakachan1045 | 2021-11-29 04:31 | 映画 | Comments(0)

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