なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「柔らかい肌」 La peau douce (1964)

脚本:フランソワ・トリュフォー
ジャン=ルイ・リシャール
撮影:ラウル・クタール
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:ジャン・ドサイー
フランソワーズ・ドルレアク
ネリー・ベネデッティ
ロランス・バディ
サビーヌ・オードパン
フィリップ・デュマ
ドミニク・ラカリエール
ポール・エマニュエル
ジャン・ラニエ
モーリス・ガレル
ピエール・リシク
フランス映画/118分/モノクロ作品
当時フランス映画界の風雲児だったフランソワ・トリュフォー監督が、自身初となる大作映画『華氏451』('66)の準備中に撮影した小品佳作である。長編デビュー作『大人は判ってくれない』('57)でカンヌ国際映画祭の監督賞に輝き、ジャン=リュック・ゴダールと並んでヌーヴェルヴァーグの中心的な存在となったトリュフォー。男女の奇妙な三角関係を描いた『突然炎のごとく』('62)も世界中で大ヒットさせた彼は、次回作としてレイ・ブラッドベリのSF小説「華氏451」の映画化に取り掛かるのだが、出資する映画会社を探したり脚本を準備したりに長い時間を要することになる。そこで、『大人は判ってくれない』の上映会で知り合い意気投合した脚本家ジャン=ルイ・リシャールと組んで、ヒッチコック映画にインスパイアされた低予算映画を撮ろうと思いつく。それがこの『柔らかい肌』だった。
テレビでも顔を知られた著名な文芸評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドサイー)は、結婚15年目の妻フランカ(ネリー・ベネデッティ)と幼い娘サビーヌ(サビーヌ・オードパン)の家族に恵まれ、パリ市内の高級アパートに暮らしている。ある日、バルザックについての講演会のためポルトガルのリスボンへ向かった彼は、利用した旅客機の若い客室乗務員ニコール(フランソワーズ・ドルレアク)に強く惹かれる。彼女が同じホテルに宿泊していると知ったピエールは、旅先の開放感もあってか意を決して彼女をデートに誘い、その日の内に男女の関係となるのだった。パリへ戻る飛行機でニコールから連絡先を教えてもらったピエール。妻や友人の目を盗んで彼女と逢瀬を重ねるようになった彼は、たちまち不倫関係の泥沼にハマっていくのだった…。
ストーリー自体は何の変哲もない男女の不倫ドラマ。見るからに遊び慣れていない妻子持ちのインテリ中年男性が、年の離れた若く美しい独身女性に年甲斐もなく入れあげ、たちまち理性をコントロールできなくなってしまう。物語の元ネタとなったのは、トリュフォーがパリ市内で実際に目にしたという男女カップル。朝の7時半にタクシーに乗っていた、明らかに夫婦には見えない男女が、人目も忍ばず激しいキスを交わしていた。その光景が強く印象に残っていたトリュフォーは、そこへ自身の経験や友人から聞いた話などを盛り込んで物語を膨らませる。結末をどうするべきか悩んだそうだが、新聞の三面記事で見かけた不倫の顛末がヒントとなった。主人公ピエールと妻フランカの冷めかけた夫婦関係には、この翌年に離婚することになるトリュフォーと妻マドレーヌの結婚生活が投影されていたのかもしれない。
本作が面白いのは、ありきたりな不倫ロマンスをヒッチコック風のサスペンス仕立てで描いていることだろう。主人公ピエールが階段を駆け上がり、慌てた様子で自宅アパートへ戻ってくるプロローグから、どことなく不穏な雰囲気が漂う。リスボン行きの飛行機に乗らねばならないのだが、地下鉄が止まっていてタクシーも見つからず、すっかり予定が遅れてしまったピエールは、たまたまやって来た友人の車に乗せてもらい空港へと急ぐ。残り時間はあと40分!ここからはサスペンスフルな音楽スコアがスリルを盛り上げ、飛行機の出発時刻に間に合うのか間に合わないのか手に汗を握る展開に。リスボンのホテルのエレベーターでは、たまたま乗り合わせたピエールとニコールの視線の駆け引きにも緊張感が漂う。こういう計算し尽くされた細やかなサスペンス風の演出は、'62年8月にロサンゼルスで実現したトリュフォーとヒッチコック監督の対談インタビューの賜物であろう。
さらに、パリへ戻ったピエールは妻や友人夫婦、秘書などに気付かれないようニコールと連絡を取り、まるで完全犯罪でも実行するかの如く、綿密な計画のもとに不倫の密会を重ねていく。もともと几帳面で用心深いピエールの、ある意味で執着心の強い性格がよく表れている描写だ。しかし、何事も全てが計画通りに事が運ぶとは限らない。生活圏である地元パリでの密会はリスクが高いと感じたピエールは、地方都市ランスで行われる映画の特集上映での講演を引き受け、仕事にかこつけて不倫旅行へ出かけることに。誰にも気づかれぬよう小さな無名ホテルに部屋を取り、とりあえず関係者に挨拶を済ませてから、講演会の時間までニコールとゆっくり過ごそうと考えたピエールだったが、しかしここから次々と不測の事態が起きてしまい、結果的にニコールをひとりきりで放置することになってしまう。これなどは、まさにヒッチコックの『ロープ』('48)や『ダイヤルMを廻せ』('54)を彷彿とさせるような展開だ。
このサスペンス映画の神様をお手本にしたスリリングな不倫ドラマを通して描かれるのは、恋愛に溺れていく男の子供じみた愚かさと女の冷静な賢さである。見るからに女遊びとは縁がなさそうな小太りの冴えない中年男性ピエール。まるで初めて恋に落ちた少年のように胸をときめかせた彼は、最初のうちこそ巧妙に周りの目を欺いてニコールとの密会を続けるものの、しかしだんだんと下半身の欲望に振り回されて誤った選択を重ねるようになり、しまいには呆気なく不倫の事実を妻フランカに見抜かれてしまう。それでもなお性懲りなく嘘をついて必死に自分を正当化し、フランカに痛いところを突かれると「嘘なんかついてないもん!本当だもん!」とばかりに逆上してキレるピエールの情ないこと…。フランス文学研究の第一人者であるインテリ紳士も、こと恋愛やセックスになると無防備で思慮に欠ける未熟な子供になってしまう。
一方、はじめは有名人相手のちょっとした火遊びのつもりだったニコール。恋愛経験もそれなりに豊富で遊び慣れた彼女は、少年のように初心なピエールの暴走をさりげなく牽制しつつ、人目を忍ぶ危険なアバンチュールを楽しんでいたのだが、しかしランスでの不倫旅行をきっかけにだんだんと熱が冷めていく。誰にでもいい顔をしようとしてドツボにハマってく彼を見て、ああ、この人は自分が悪者になりたくないだけの偽善者なんだと恐らく気付き始めたのだろう。パリへ戻って妻や友人に不倫を知られてもなお、レストランのデートでは人目を気にしてキョロキョロし、妻フランカに自分の名前も存在も教えていないピエールの往生際の悪さに苛立つニコール。さらに、離婚が決まると勝手にニコールとの再婚を視野に入れて新築アパートの内覧へ赴き、本人にはなんの相談もしないままのピエールに、さすがのニコールも愛想が尽きてしまう。有名な文芸評論家という肩書をはずせば、その辺によくいる身勝手で自己中心的で子供じみた小心者のオジサンに過ぎなかったのだ。
夢想家で思慮分別に欠ける男性と現実的で地に足のついた冷静な女性。その後のトリュフォー作品でもしばしば描かれる男女の関係性だが、ここではさらにピエールの妻フランカが絡んで来る。各地を飛び回って多忙な夫に代わって、家の中をテキパキと切り盛りする有能な専業主婦フランカ。人付き合いに無頓着なピエールのため、交友関係を円滑にするのも彼女の役目だ。聡明にして社交的。それでいて内助の功に徹して夫の顔を立てる古風な女性で、ピエールの愛情が冷めていることに気付きながらも我慢をしている。それだけに、夫の不倫が発覚するや否や、それまで溜め込んでいた不満が爆発。はじめのうちこそ感情的になって狼狽えるばかりだったものの、すぐに正気を取り戻してさっさと離婚の手続きを進める。ところが、クリーニングに出していた夫のスーツから写真屋の引換券を発見し、鼻の下を伸ばしながら愛人ニコールと写真に納まるピエールの顔を見たとたん、彼女の中で何かが弾け飛んでしまう。ここから一気に映画はハードボイルドの様相を呈していくのだが、この復讐の鬼と化していく妻フランカの存在によって、本作はまるで『ヒッチコック劇場』のエピソードのごとき因果応報の恐ろしい教訓ドラマへと昇華する。
劇場公開時にはこのクライマックスがだいぶ不評だったらしく、カンヌ国際映画祭の上映ではブーイングまで起きたとも言われているが、しかし世の男性ならゾッとするようなこの結末もまた非常にヒッチコック的であり、実際の事件からヒントを得ているとはいえ、本作のクライマックスを飾るに相応しい皮肉な幕切れであろう。『田園交響楽』('48)や『夜の騎士道』('55)の貴公子スターから一転して、メタボ体型の温和そうな普通のオジサンとなったジャン・ドサイーも適役。もともとトリュフォーは名脇役フランソワ・ペリエをピエール役に希望していたらしいのだが、個性の強いペリエではもっと生臭い話になってしまっただろう。もっとも、ドサイー本人はこの映画のおかげで二枚目俳優人生に終止符が打たれてしまったとボヤいていたそうなのだが(笑)。もちろん、ニコール役を演じるフランソワーズ・ドルレアクの、どことなく世間ずれしたクールな美女っぷりも絶品である。芝居に関しては妹カトリーヌ・ドヌーヴよりも上手い。なお、ピエールとフランカの幼い娘を演じるサビーヌ・オードパンは、前作『突然炎のごとく』に続いてのトリュフォー作品出演だ。
日本では20年近く前にDVD化されたきりの本作だが、アメリカではCriterion Collectionから、イギリスではArtiicial Eyeからブルーレイ発売されている。どちらも35ミリのオリジナル・カメラネガから2K解像度でデジタル修復された、同一のレストアバージョンを本編マスターとして使用。まるで、ついさっき撮ってきたばかりのような超高画質に仕上がっている。筆者が所有するイギリス盤には、脚本家ジャン=ルイ・リシャールが製作舞台裏を振り返る音声解説と、評論家セルジュ・トゥビアナがナレーションを務めるミニ・ドキュメンタリーを特典として収録。ただし、リージョンBでブロックされているためリージョンフリーないしリージョンB専用の再生機が必要だ。アメリカ盤ならば日本国内向けのプレイヤーでも再生できる。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(イギリス盤)
モノクロ/ワイドスクリーン(1.66:1)/1080p/音声:2.0ch リニアPCM/言語:フランス語/字幕:英語/地域コード:B/時間:118分/発売元:Artificial Eye
特典:脚本家ジャン=ルイ・リシャールによる音声解説(英語字幕付き)/ミニ・ドキュメンタリー('14年制作・約4分)/オリジナル劇場予告編
by nakachan1045
| 2022-01-14 00:38
| 映画
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