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なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画&音楽レビュー日記
by なかざわひでゆき

「狂へる悪魔」 Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1920)

「狂へる悪魔」 Dr. Jekyll and Mr. Hyde  (1920)_f0367483_02452274.jpg
監督:ジョン・S・ロバートソン
製作:アドルフ・ズーカー
原作:ロバート・ルイス・スティーヴンソン
脚本:クララ・S・ベランジャー
撮影:ロイ・オーヴァーボウ
出演:ジョン・バリモア
   ブランドン・ハースト
   マーサ・マンスフィールド
   チャールズ・ウィリス・レーン
   ニタ・ナルディ
   エドワード・エンフィールド
   ルイス・ウォルヘイム
アメリカ映画/78分/モノクロ・サイレント作品




「狂へる悪魔」 Dr. Jekyll and Mr. Hyde  (1920)_f0367483_02282070.jpg
「アメリカで最初の偉大なホラー映画」とも呼ばれているサイレント映画の傑作だ。原作はイギリスの作家ロバート・ルイス・スティーヴンソンが1886年に発表したゴシック怪奇小説「ジキル博士とハイド氏」。誰からも尊敬される立派な医者でありながら、不道徳な快楽への欲求に抗うことのできないジキル博士が、その罪の意識から解放されるために人間の中に共存する「善と悪」を切り離すことができる薬を開発。昼間は高潔なジキル博士として、夜は悪徳の限りを尽くすハイド氏として、良心の呵責を覚える心配のない二重生活を送るものの、やがて善よりも悪の力が勝って破滅的な末路を辿ることになる。人間の本質的な善と悪の二面性を描いた物語は、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」やブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」と並ぶゴシック怪奇小説の金字塔とされ、これまでに数えきれないほどの舞台や映画、ドラマの題材となってきた。本作はその最高峰とも言えよう。
「狂へる悪魔」 Dr. Jekyll and Mr. Hyde  (1920)_f0367483_02300708.jpg
舞台は19世紀後半のロンドン。 貧しい人々のためのクリニックを経営する医師ジキル博士(ジョン・バリモア)は、その傍らで自宅の離れに研究室をもうけて新たな薬品の実験に勤しんでいる。親友でもある同業者のラニオン医師(チャールズ・ウィリス・レーン)は、清廉潔白な人道主義者のジキル博士を心から敬愛しつつも、ラディカルな研究に傾倒する彼の純粋さを危うくも感じていた。そんなジキル博士には貞淑な深窓の令嬢ミリセント(マーサ・マンフィールド)という婚約者がいるのだが、そのミリセントの父親ジョージ・カルー卿(ブランドン・ハースト)は若い頃から遊び人として有名な放蕩貴族だった。「若いうちに人生を楽しまなくては勿体ない」と真面目で禁欲的なジキル博士に忠言するカルー卿は、「人間誰しも野蛮な面がある。それを否定せずに受け入れれば、誘惑を恐れるようなこともあるまい」として、ためらうジキル博士を場末のナイトクラブへと連れていく。そこでイタリア人の妖艶な踊り子ジーナ(ニタ・ナルディ)を見かけたジキル博士は、生まれて初めて性的な欲望と興奮を覚えたことに困惑する。
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自分の中に眠る「悪」の存在に気づいて大いに狼狽えるジキル博士。人間にとって何よりも大切なのは魂の純潔だ。邪な欲望を抑えないことには、人間が本来持つ善良な魂が汚れてしまう。だが、もしも人間の中にある「善」と「悪」を完全に切り離すことが出来たなら、たとえ悪徳の誘惑に負けたとしても魂は善良なままでいられるかもしれない。そう考えたジキル博士は研究所に籠りっきりで実験を続け、遂に人間の「善」と「悪」を切り離す秘薬を完成させる。その秘薬を思い切って飲んでみたジキル博士は、みるみるうちに邪悪で醜い別人格へと変身。次に血清を飲むともとのジキル博士へと戻った。邪悪な別人格をハイド氏と名付けた彼は、召使いたちにハイド氏を自分の友人だと言いきかせ、さらには法的にも財産の受取人としてハイド氏を指名する。
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こうして万が一の際の身の安全を確保した彼は、昼間は貧しい患者たちの命を救う高潔な医師ジキル博士として、夜は怪しげな酒場や阿片窟に出入りする野蛮な男ハイド氏として二重生活を送るようになる。ところが、次第にハイド氏の人格がジキル博士の人格を圧倒するようになり、薬を飲まなくても発作的に変身してしまう事態まで発生。しかも、ハイド氏の狂暴性はどんどんと増していき、容姿もさらに醜くなっていく。もはや悪徳の誘惑に打ち勝てず、薬を止めたくても止められないジキル博士。ついには、留守がちなジキル博士を心配するミリセントのため、身辺を調べていたカルー卿がハイド氏に殺されてしまう…。
「狂へる悪魔」 Dr. Jekyll and Mr. Hyde  (1920)_f0367483_02304574.jpg
原作ではもともと二面性を備えていたジキル博士を清廉潔白な理想主義者へ変更することで、本作のテーマである「善」と「悪」の葛藤をより明確なものとし、我々は自らの意志によってそのどちらかを選ぶことが出来るというメッセージを打ち出した映画版。さらに、小説版では目立たない脇役に過ぎなかったカルー卿に、ジキル博士を悪徳と快楽の世界に誘うという「ドリアングレイの肖像」におけるヘンリー卿と似たような役割を与え、オスカー・ワイルド的な耽美趣味をも加味している。ジキル博士とハイド氏の関係性において対になる、淑女ミリセントと悪女ジーナという女性キャラクターは、1887年にロンドンで初演された舞台劇版のオリジナル設定を取り入れている。脚色を手掛けたのは、セシル・B・デミルの兄ウィリアムの妻でもあった女性映画脚本家の先駆者クララ・S・ベランジャー。ジキル博士の親友アターソンの回想形式で徐々に真相へと迫っていくという小説版の物語構成を、時系列に沿って再構築&換骨奪胎したストーリーテリングのセンスは抜群だ。自殺したハイド氏がジキル博士の姿に戻るというクライマックスも含め、本作が以降の映画版「ジキル博士とハイド氏」のプロトタイプとなったのも納得である。
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また、ハイド氏へと変身するたびにどんどん容姿が醜くなり、狂暴性が増していくという設定も、原作にはない映画版独自のものなのだが、これは当時アメリカで深刻な社会問題となっていた梅毒への警鐘だったとも言われている。1918年に終結した第一次世界大戦。アメリカではヨーロッパ戦線へ出征していた兵士たちが梅毒を持ち帰り、国内で急速に感染が広まっていたのだ。当時の梅毒は、まだ有効な治療法のない恐るべき病気だった。全身から顔面まで発疹や腫瘍が現れて歪んでいくハイド氏の様子は、なるほど確かに梅毒患者の症状を想起させるものがある。悪徳や快楽に溺れるとこんな姿になってしまいますよ、という戒めの意味も込められているのかもしれない。
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監督はメアリー・ピックフォード主演の『嵐の国のテス』('22)やグレタ・ガルボ主演の『船出の朝』('29)など、主に大物女優のスター映画を手掛けていたジョン・S・ロバートソン。19世紀末ロンドンの猥雑さや貧民窟の荒んだ光景などを生々しく描写しつつ、ゴシックムード溢れるダークな幻想美の中に人間の心の闇を浮かび上がらせていく演出は、その後のフランス映画における詩的リアリズムの概念を先駆けているようにも思える。よくよく考えてみれば、舞台となる1880年代というのは現代の我々からみれば遥か遠い昔だが、しかし製作当時の人々にしてみれば30年ちょっと前の話でしかない。その時代を実体験で知っている人も多いだけに、再現描写が限りなくリアルになるのも当たり前であろう。
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ただ、本作が今もなお不朽の名作として語り継がれる最大の理由は、ジキル博士とハイド氏の2役を演じ分ける主演俳優ジョン・バリモアの存在にある。アメリカ演劇史上でも屈指の大スターに数えられるブロードウェイの名優であり、その端正な美貌からマチネー・アイドルとしても大勢の映画ファンを熱狂させたバリモア。本作ではその二枚目俳優のイメージをかなぐり捨てた怪演を披露しているのだが、これが筆舌に尽くしがたいほど凄まじい。中でも、ジキル博士が最初にハイド氏へと変身するシーンは、特殊メイクを使わずに表情と仕草の変化だけで演じ切っているのだから驚かされる。しかもワンショットで!以降、変身するたびに容姿が醜くなるという設定もあって、必然的に特殊メイクの力を借りることにはなるわけだが、それでも同一人物とは思えないような変貌ぶりで観る者の目を釘付けにする。これぞまさしく、サイレント映画におけるホラー演技の真骨頂だ。
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共演陣で光るのは、場末のナイトクラブでステージに立つ妖艶な踊り子ジーナ役のニタ・ナルディ。そのどこか愁いを含んだ眼差しと、いかにも勝気そうな凛とした佇まいが美しく、出番は少ないものの強烈なインパクトを残す。さすが、天下のバリモアがパラマント社長アドルフ・ズーカーに推薦したというだけのことはある。この作品で映画デビューを果たしたナルディは、ルドルフ・ヴァレンティと共演した『血と砂』('22)や『毒蛇』('25)で'20年代のハリウッドを代表するヴァンプ女優となる。一方の貞淑な令嬢ミリセントを演じているマーサ・マンスフィールドも綺麗な女優さんだが、しかし品が良すぎていまひとつ印象には残らない。彼女はこの3年後、映画の撮影中の事故で衣装に火が付き、全身火だるまになって焼死してしまった。
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なお、今から100年以上も前の映画ゆえ著作権保護期間は切れており、そのため日本でもアメリカでもパブリック・ドメイン素材を使用した廉価版DVDが数多く出ている本作だが、アメリカでは35mmのオリジナルネガ・フィルムから起こした修復版が'01年にDVDで、さらにその修復版フィルムをHD解像度で新たに再修復したデジタル・リマスター版が'14年にブルーレイで発売されている。
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評価(5点満点):★★★★★

参考DVD情報(アメリカ盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Stereo(伴奏音楽)/言語:英語(中間字幕)/地域コード:ALL/時間:78分/発売元:Kino Video
特典:短編コメディ「Dr. Pyckle and Mr. Pride」('25年制作・約20分)/ライバル作品「Dr.Jekyll and Mr. Hyde」の抜粋('20年制作・約11分)/1909年の朗読版レコード音源/エッセイ「The Many Faces of Jekyll/Hyde」(テキスト)/音楽スコアについて(テキスト)



by nakachan1045 | 2022-01-27 02:36 | 映画 | Comments(0)

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