人気ブログランキング | 話題のタグを見る

なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画&音楽レビュー日記
by なかざわひでゆき
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

「蛇の穴」 The Snake Pit (1948)

「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_23011241.jpg
監督:アナトール・リトヴァク
製作:アナトール・リトヴァク
   ロバート・バスラー
原作:メアリー・ジェーン・ウォード
脚本:フランク・パートス
   ミレン・ブランド
撮影:レオ・トーヴァー
音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:オリヴィア・デ・ハヴィランド
   マーク・スティーヴンス
   レオ・ゲン
   セレステ・ホルム
   グレン・ランガン
   ヘレン・クレイグ
   リーフ・エリクソン
   ビューラ・ボンディ
   リー・パトリック
   ルース・ドネリー
   ベッツィ・ブレア
アメリカ映画/108分/モノクロ作品




「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04095930.jpg
まだアメリカでも精神病がタブー視されていた時代にあって、外部からは見えづらい精神病棟の実態を初めてリアルに描いた作品として話題を呼び、アカデミー賞でも作品賞以下7部門にノミネート(受賞は録音賞のみ)された名作である。原作は作家メアリー・ジェーン・ウォードが'46年に出版した同名小説。自身が統合失調症を患って入院していたことのある彼女は、その体験を基にした小説を書き上げて出版社へ持ち込んだが、しかし当初はどこの出版社も二の足を踏んだという。最終的に出版を引き受けたランダム・ハウス社も、初版5000部と及び腰だったらしい。ところが、蓋を開けてみると100万部を超す大ベストセラーに。ちょうど'40年代半ばのアメリカでは、精神病棟における患者への虐待を訴える内部告発が相次ぎ、「ライフ」誌でも精神医療のシステム的な問題を指摘する特集記事が組まれるなど、社会的な関心の高まりつつある時期だったことが功を奏したのかもしれない。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04102168.jpg
製作と演出を兼ねたのは『うたかたの戀』('36)や『追想』('56)などでも知られる名匠アナトール・リトヴァク。友人だったランダム・ハウス社の社長から原作本のゲラを読ませて貰った彼は、ちょうど第二次世界大戦に従軍した帰還兵たちのPTSD問題に関心を寄せていたこともあり、まだ小説が出版される前に映画化権を7万5000ドルで獲得していた。主演には同年の『遥かなる我が子』('46)でアカデミー主演女優賞に輝く大女優オリヴィア・デ・ハヴィランドも内定。ところが、やはりセンシティブな題材を扱っているためか、どこのスタジオからも企画を却下されてしまう。そこでリトヴァクが相談したのは20世紀フォックスの社長ダリル・F・ザナック。ジョン・フォードの『怒りの葡萄』('40)やエリア・カザンの『紳士協定』('47)を製作し、当時のハリウッド・モーグルの中では珍しくリスキーな社会派映画に理解のあった経営者だ。ザナックはフォックスの専属プロデューサー、ロバート・バスラーを共同製作者として加えることを条件に、リトヴァクから17万5000ドルで映画化権を買い上げたという。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04111194.jpg
ヒロインは原作者ウォードをモデルにした作家ヴァージニア・カニンガム(オリヴィア・デ・ハヴィランド)。自分が今どこで何をしているのか、いまひとつ理解していない彼女は、ニューヨーク郊外の州立精神病院に入院している統合失調症の患者だ。主治医キック(レオ・ゲン)に案内されてヴァージニアと面会するのは夫のロバート(マーク・スティーヴンス)。ところが、彼女は夫の顔が分からないばかりか、自分が結婚していることすら忘れている様子だった。そんな妻を見てショックを受けたロバートは、これまでの経緯をキック医師に語り始める。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04121462.jpg
それは今から数年前のこと。シカゴの出版社で働いていたロバートは、小説の原稿を売り込みに来たヴァージニアと親しくなる。お互いにクラシック音楽が好きだったこともあって、デートを重ねるうちに惹かれあっていく2人。ところが、ある日のデートで突然ヴァージニアが席を立ち、そのまま連絡がぷっつりと途絶えてしまう。その後、ニューヨークの高級ホテルに転職したロバートは、クラシック音楽の演奏会でヴァージニアと再会。ほどなくして結婚するのだが、その直後から彼女の様子がおかしくなる。睡眠障害を訴えるようになり、やがて記憶が曖昧となって被害妄想に取りつかれ始めたのだ。何か原因となることに心当たりがないかと訊ねるキック医師だったが、しかし妻のプライバシーを尊重するロバートは多くを訊かなかったため、ヴァージニアが幼い頃に父親と死別したこと、再婚した母親がオレゴンに暮らしていること以外は何も知らなかった。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04123654.jpg
まずはヴァージニアの記憶を取り戻さないとコミュニケーションすら取れない。そこでキック医師はロバートの了解を得て、彼女に電気けいれん療法を試すことにする。4度目の電気ショックで回復の兆しを見せたヴァージニア。キック医師とのセラピーでも会話が成立するようになる。ところが、いよいよこれから本格的な治療を…という矢先に問題が発生。院長ら役員のドクターたちが、回復の見込みがある彼女を自宅療養に切り替えようと言い始めたのだ。というのも、州立病院は行政からの予算も病床の数も常に足りていない状態で、もともと十分な医療環境が整っていなかったのだ。一刻も早く先に進めなければと焦るキック医師。彼女の過去の出来事に病気の原因があると考えた彼は、様々な治療法を通してトラウマの真相へと迫っていく。だが、そんなキック医師の献身的な治療を「特別扱い」と考えるヘッドナース、デイヴィス(ヘレン・クレイグ)は、ヴァージニアに対してことさら厳しい態度で臨み、ようやく快方へ向かい始めた彼女を精神的に追いつめてしまう…。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04132462.jpg
タイトルになっている「蛇の穴」とは、精神病患者を蛇の穴へ放り込んで正気に戻させるという原始的なショック療法のこと。もちろん、1940年代のアメリカでそんな荒治療は行われていなかったが、しかし慢性的な予算不足や人員不足、設備不足などによって、それに近いような状態であることを本作では訴えている。確かに、電気けいれん療法などの患者に苦痛を与える非人道的な治療法がまかり通っていたり、効率を優先するあまり患者を人として扱わない看護師が見受けられたり、そもそも施設内がまるで刑務所か収容所のようだったりと、当時の精神病院の環境がかなり劣悪であったことがうかがえる。といっても、今から70年以上前の映画なので描写はだいぶソフト。監督以下のスタッフやキャストがニューヨークやカリフォルニアの精神病院を実際に視察し、製作にあたっては著名な精神科ドクター数名(匿名のため本編にはクレジットされていない)が監修に携わっているため、ことさら過剰なセンセーショナリズムを煽るわけでもない。その点で非常に真実味のある映画だと言えよう。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04134368.jpg
ただ、ストーリー自体は基本的にフィクション。もともと原作も作者の実体験を投影したフィクションだったが、映画版ではさらに大胆な改変を加えている。例えば、劇中のヴァージニアは結婚してすぐに統合失調症のパニックを起こしており、その原因は幼少期のネグレクトに起因するトラウマと罪悪感にあることが徐々に解明されていく。しかし、これが原作だとヴァージニアの症状が悪化するのは結婚からだいぶ経ってからのことで、その原因も子育てと仕事の両立や夫の失業などによって蓄積された日常のストレスだった。また、原作ではヴァージニア自身がそうした原因と向き合って病を克服していく様子を本人の視点で描くのに対して、映画版では主治医キックがヴァージニアとのセラピーを通してフロイト的な視点から原因を解き明かし、それを踏まえながら心的ストレスを取り除くことで徐々に快方へと導いていく。そこには、ストーリーを映画的に分かりやすくするという目的のほかに、謎解きミステリー的な面白さを加味するという狙いもあったに違いない。それは、人気ドクターから「特別扱い」される美人な患者ヴァージニアを目の敵にする陰険な看護師デイヴィスという悪役の存在も同様だ。こうしたメロドラマ的な作為性は、見ていて少なからず引っかかる要素かもしれない。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04113084.jpg
まあ、こればかりは仕方あるまい。あくまでも黄金期の夢工場ハリウッドにおけるリアリズムであり、やはり時代に色褪せてしまった部分はそれなりに見受けられるだろう。とはいえ、表現主義的な映像技法を用いたリトヴァク監督のノワーリッシュな演出は魅力的で、特撮を駆使して「蛇の穴」を象徴的に表現した俯瞰ショットも強いインパクトを残す。そこは『浜辺の女』('46)や『大いなる別れ』('47)などのノワール映画でも知られる名カメラマン、レオ・トーヴァーの腕の見せ所だ。ちなみに、トーヴァーは『Hold Back The Dawn』('41)と『女相続人』('49)でもオリヴィア・デ・ハヴィランドを撮っている。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04125449.jpg
そのデ・ハヴィランドは当時、名実共にキャリアの全盛に差し掛かろうとしていた時期。もともとワーナーのお姫様女優としてエロール・フリンとのコンビで売り出され、本人の強い希望でMGMへ貸し出された『風と共に去りぬ』('39)のメラニー役で初めてオスカー候補になったオリヴィア・デ・ハヴィランド。清楚で控えめな美人スターという印象の強い人だが、しかしスタジオシステムの奴隷制度に抗ってワーナーを相手にひとりで訴訟を起こし、見事に映画俳優の待遇改善を勝ち取ったほどの女傑である。本作でもグラマラスな美人女優のイメージをかなぐり捨て、心の病にもがき苦しむ主人公ヴァージニアをノーメイクで大熱演している。シャーリーズ・セロンやニコール・キッドマンなどのスター女優が、あえて美貌を封印した「汚れ役」に挑戦することで評価されるというケースは少なくないが、本作のデ・ハヴィランドなどはまさにその先駆けだったと言えよう。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04115087.jpg
そのヴァージニアの夫ロバートを演じるのは、ダリル・F・ザナック肝いりの20世紀フォックス専属スターとして売り出されたマーク・スティーヴンス。結果的にあまり大成しなかったのだが、デ・ハヴィランドは妹ジョーン・フォンテイン主演の『小さな愛の日』('46)に出ていたスティーヴンスを気に入り、「ロバート役は彼で」とザナックにリクエストしたのだそうだ。主治医キック役にはジョセフ・コットンやリチャード・コンテらの名前が候補として挙がっていたが、最終的にザナックは当時ハリウッドへ拠点を移したばかりだったイギリスのシェイクスピア俳優レオ・ゲンに白羽の矢を立てた。インテリ英国紳士らしい凛とした佇まいは、いかにも学者肌で仕事熱心なドクター役にはピッタリである。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04140088.jpg
そのほか、ヴァージニアに親身に接する患者仲間グレースに前年の『紳士協定』でアカデミー助演女優賞に輝いたセレステ・ホルム、キック医師の親友テリー医師に『永遠のアムバア』('47)のグレン・ランガン、自称貴婦人の入院患者グリア―夫人に名脇役女優ビューラ・ボンディといった顔触れ。無名時代のベッツィ・ブレアも、ヴァージニアが気にかける重度の患者ヘスター役で印象を残す。なお、終盤のダンスパーティ・シーンで歌う患者役のジャン・クレイトンは、ミュージカル『回転木馬』のブロードウェイ初演版で主演を務めたミュージカル女優。さらに、アメリカ映画の父D・W・グリフィスのミューズだったサイレント映画女優メエ・マーシュが、男性患者と面会する年老いた母親役として顔を出している。
「蛇の穴」 The Snake Pit  (1948)_f0367483_04131027.jpg
評価(5点満点):★★★★☆

参考DVD情報(アメリカ盤)
モノクロ/スタンダードサイズ1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Stereo・2.0ch Dolby Digital Mono/言語:英語・フランス語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/時間:108分/発売元:20th Century Fox
特典:映画史家オーブリー・ソロモンによる音声解説/フォックス・ニュース映像集(5種類)/オリジナル劇場予告編/スチル・ギャラリー



by nakachan1045 | 2022-01-30 04:17 | 映画 | Comments(0)

カテゴリ

全体
映画
音楽
未分類

以前の記事

2026年 04月
2026年 03月
2026年 02月
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
2025年 10月
2025年 09月
2025年 08月
2025年 07月
2025年 06月
2025年 05月
2025年 03月
2025年 02月
2025年 01月
2024年 12月
2024年 11月
2024年 10月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 07月
2024年 06月
2024年 05月
2024年 04月
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月

お気に入りブログ

なにさま映画評(跡地)

最新のコメント

“Hanzo The R..
by Matemu at 07:49
> Matemuさん ..
by nakachan1045 at 22:54
前回の丁寧な御回答に感謝..
by Matemu at 13:32
> にこらさん 書き込..
by nakachan1045 at 08:59
(3)日本におけるシャン..
by にこら at 23:46
なかざわ様、 最近シャ..
by にこら at 23:45
> Matemuさん ..
by nakachan1045 at 13:14
2024/6/5に発売さ..
by Matemu at 05:08
この映画はデンマーク軍が..
by na at 08:27
ランドマスターは本当にか..
by na at 17:53

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

(546)
(357)
(288)
(271)
(217)
(186)
(132)
(132)
(122)
(113)
(108)
(107)
(107)
(95)
(70)
(63)
(61)
(60)
(59)
(50)
(48)
(46)
(46)
(44)
(41)
(40)
(40)
(39)
(37)
(35)
(34)
(32)
(28)
(26)
(26)
(23)
(21)
(21)
(21)
(21)
(20)
(20)
(19)
(19)
(18)
(18)
(18)
(18)
(18)
(17)
(16)
(15)
(14)
(13)
(11)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(8)
(7)
(7)
(7)
(6)
(5)
(5)
(5)
(4)
(4)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)

ブログパーツ

最新の記事

DANCE CLASSICS..
at 2026-04-17 00:42
DANCE CLASSICS..
at 2026-04-16 01:46
「Intégrale Pat..
at 2026-04-15 00:49
DANCE CLASSICS..
at 2026-04-14 00:11
DANCE CLASSICS..
at 2026-04-13 01:43

外部リンク

ファン

ブログジャンル

映画
ライター