なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「アムステルダム無情」 Amsterdamned (1988)

製作:ローレンス・ギールス
ディック・マース
脚本:ディック・マース
撮影:マーク・フェルペルラン
スタント監修:ディッキー・ビアー
音楽:ディック・マース
出演:フーブ・スターペル
モニーク・ヴァン・デ・ヴェン
ヴィム・ゾマー
セルジュ=アンリ・ヴァルック
ヒーデ・マース
タンネケ・ハーツイカー
ルー・ランドレ
タトゥム・ダゲレット
エドウィン・バッカー
オランダ映画/113分/カラー作品


主人公はアムステルダム警察に勤務する一匹狼の刑事エリック・ヴィッサー(フーブ・スターペル)。事件解決のためなら手段を選ばず、平気でルールを無視する彼の強引な捜査はたびたび問題視されていたが、しかし必ず結果を出すことから上司も黙認しており、警察内部では誰もが認めるエリート中のエリートだ。私生活では家庭を顧みなかったことから、妻は愛人を作って逃げてしまい、13歳の娘アンニケ(タトゥム・ダゲレット)を男手ひとつで育てている。そんなある日、運河の橋から逆さづりにされた売春婦の死体が発見される。売春婦は運河の脇で何者かに刃物でめった刺しにされ、水の中へと引きずり込まれたようだった。目撃者のホームレス女性によると、売春婦を襲ったのは運河から飛び出した黒いモンスターだったという。そんなバカな…と苦笑いするエリックと相棒のヴァ―ミア刑事(セルジュ=アンリ・ヴァルック)。ところがその翌日、今度は運河の水質調査をしていた環境保護団体職員2人が惨殺され、彼らの乗っていたボートから犯人のものと思われるスキューバダイビング用具の一部が見つかる。ホームレス女性が目撃した黒いモンスターとは、ウェットスーツを着用したダイバーだったのだ。

ヴァ―ミア刑事の要請もあって、水上警察の腕利き刑事ジョン(ヴィム・ゾマー)が捜査に加わることとなる。実はエリックとジョンは因縁の仲。というのも、エリックの逃げた妻はもともとジョンの恋人だったのだ。かつて2人は親しい友人だったが、エリックがジョンの恋人を奪ったことで長らく疎遠になっていた。お互いに過去のことは水に流し、再び友情を温めていくエリックとジョン。2つの殺人事件は同一犯によるものと考えられ、おのずと疑惑の目はダイバーへと向けられるが、しかし登録されているプロのダイバーだけでも8500人にのぼる。まずは情報を集めるべく、国内最大のメンバー数を誇るダイビング・クラブへ足を運んだエリックは、そこでダイビングを始めたばかりという美術館ガイドの女性ローラ(モニーク・ヴァン・デ・ヴェン)と知り合う。1年前に夫と死別したローラは、精神科医マーティン(ヒーデ・マース)の薦めでダイビング・クラブに加入したという。そのマーティン自身はダイビング仲間に不幸があったことから、もう何年も水に潜っていないらしい。なにか引っかかるものを感じたエリックだったが、しかし美しいローラへの関心が勝って、あまり気にも留めなかった。

そうこうしている間にも、連続殺人事件の犠牲者はどんどん増えていく。犯人は運河に潜伏しながら無差別にターゲットを物色し、相手を水の中へ引きずり込んでは殺害していた。運河を重要な観光資源とする当局にとっては大打撃である。なによりも経済への影響を懸念する市長から、観光シーズンまでに事件を解決するよう圧力がかかるものの、しかし有力な手掛かりはなかなか掴めない。やがて素行に問題があるというダイバーが捜査線上に浮上し、激しいカーチェイスの末に逮捕することに成功。これで一件落着と安堵する市長や警察幹部だったが、エリックは直感で誤認逮捕を疑い、実際その直後にまたもや事件が発生する。しかも、現場検証のためひとりで運河へ潜ったジョンが、隠されていた真犯人に殺害されてしまった。こうして、再び捜査は振り出しに戻ったと思われたのだが…?

漆黒のウェットスーツとダイビングマスクに身を包んだ神出鬼没の殺人鬼が、アムステルダム市内に張り巡らされた運河を自由自在に移動し、夜の暗闇に紛れて無差別に血生臭い凶行を重ねていく。そのスタイリッシュなカメラワークやネオンカラー煌めく色彩を含め、ダリオ・アルジェント作品を彷彿とさせる猟奇ムードは、さながらオランダ版ジャッロといった印象だが、その一方で水中に潜りながら獲物を物色する殺人鬼の目になった一人称カメラや人命よりも経済を優先する市長と警察の軋轢など、明らかにスティーブン・スピルバーグ監督の名作『ジョーズ』('75)からの影響と思われる要素も少なくない。ディック・マース自身の手掛けた音楽スコアも『ジョーズ』のテーマ曲によく似ている。そういえば、処女作『悪魔の密室』も「エレベーター版ジョーズ」がコンセプトだったっけ。スタント監修には「インディ・ジョーンズ」シリーズのディッキー・ビアーを起用。ハリウッド型エンターテインメントを志向するマース監督にとって、やはりスピルバーグはお手本だったのだろう。

そんな本作の元ネタになったのは、'85年9月2日にアムステルダムで起きた脱獄事件。オランダの麻薬王クラース・ブルーンスマが、ダイバーを使って刑務所から2人の子分を脱獄させたのである。彼らは運河に潜って身を隠し、まんまと逃げおおせてしまったという。この事件を新聞の報道で知ったマース監督は、もしそのダイバーが殺人鬼で、複雑に入り組んだ運河を利用して次々と人を殺したら…?と考えた。このアイディアを膨らませることで、本作のストーリーが生まれたのである。準備された予算はおよそ220万ドル。ハリウッド映画に比べれば微々たるものだが、それでも当時のオランダ映画としては破格の金額だ。なにしろ、『悪魔の密室』ではたったの35万ドルしか用意できなかったのだから。おかげで、下水道の追跡シーンでは撮影所に実物大のリアルな下水道セットを建設し、撮影許可が下りなかった赤線地帯のシーンも別の区画に大規模なセットを組むことで忠実に再現することが出来た。しかし、本作で間違いなく一番予算がかかっているのは、最大の見どころと呼ぶべき終盤の熾烈なボートチェイス・シーンであろう。

先述したように、アムステルダム当局にとって運河は最大の観光資源のひとつであり、同時に市民にとっては憩いの場でもある。そればかりか、運河にズラリと並ぶハウスボートで生活している人々もいる。そのため、ただでさえ撮影許可を取るのことが難しい上に、ボートを走らせるにしても時速5キロ以内など様々な制約があった。それらをすべてクリアするため、準備期間に1年を要したという。さらに、映画が産業として成り立っていないオランダではスタントの人材に乏しいことから、ハリウッド映画で活躍するオランダ出身のスタントマン、ディッキー・ビアーを責任者として呼び寄せることに。当時ロンドンを活動拠点にしていたビアーは、ハリソン・フォードのスタントダブルとして有名なヴィック・アームストロングや「スター・ウォーズ」新三部作の剣戟監修で知られるニック・ジラードなど、超一流のイギリス人スタントマンたちを引き連れて撮影に参加した。アムステルダムの運河を舞台にしたボートチェイスといえば、イギリス映画『デンジャー・ポイント』('71)があまりにも有名だが、ヘリによる空撮と並走するボート撮影の両方を駆使した本作の仕上がりもなかなか見事。ボートが橋を飛び越えてジャンプするシーンなどは迫力満点である。

さらに、橋から逆さ吊りにされた売春婦の血まみれ死体がガラス屋根を伝って観光ボートに飛び込んで来る冒頭シーンなど、ショッキングなスプラッター描写の数々も大きな見どころ。これまたオランダ国内では経験豊富な人材が不足していることから、当初は『エレファントマン』('80)や『狼の血族』('84)などを手掛けたイギリスの特殊メイクマン、クリストファー・タッカーが起用される予定だったものの、スケジュールが合わずに断られたことから、前作『あぶない家族』のメイクを担当したカリン・ヴァン・ディークとショード・ディデンが起用された。しかしながら、2人とも特殊メイクについてはほぼ素人。そこで彼らはトム・サヴィーニなどが書いた専門書をアメリカから取り寄せたが、しかしどれもオランダでは手に入らない材料ばかりだったため、試行錯誤しながら応用せざるを得なかったという。それにしては、バラバラ死体のダミーボディなど非常に良く出来ている。いかにもチープだった『悪魔の密室』の特殊メイクとは雲泥の差だ。

主演は『悪魔の密室』と『あぶない家族』に引き続いてのフーブ・スターペル。無精ひげをたくわえたこともあってか、『悪魔の密室』の頃よりもだいぶ貫録が増しており、ダーティ・ハリーも顔負けなハードボイルド刑事役がハマっている。ボートチェイス・シーンでは、一部のシーンで体を張ったスタントも披露。中でも、猛スピードで疾走するボートから放り出され、ロープにしがみつきながら操縦席によじ登るシーンは見ものだ。ヒロインのローラを演じているモニーク・ヴァン・デ・ヴェンは、ポール・ヴァーホーヴェン監督の『ルトガー・ハウアー/危険な愛』('73)に主演したオランダのトップ女優で、当時はあの有名撮影監督ヤン・デ・ボンの奥さんだった(本作の完成直後に離婚)。また、ヴァ―ミア刑事役のセルジュ=アンリ・ヴァルックもまた、スターペルと並んで当時はマース監督作品の常連だったが、あちらではオランダ版「刑事コロンボ」として人気を博したテレビ・シリーズ『Baantjer』('95~'06)で、主人公コック刑事の上司を11年間に渡って演じたことでも知られている。

なお、オランダ本国では観客動員数100万人を突破し、マース監督にとって『あぶない家族』に次ぐ代表作となった『アムステルダム無情』。アメリカでは『ダーティ・ダンシング』('87)を大ヒットさせたヴェストロン・ピクチャーズが配給権を獲得し、ケン・ラッセル監督の『白蛇伝説』('88)やアンソニー・ヒコックス監督の『ワックス・ワーク』('88)に続いて劇場公開したものの、なぜか全米で5館のみの限定リリースとなってしまった。日本では2年後の'90年にロードショー公開。後にビデオ発売もされたが、残念ながらDVDやブルーレイはまだ出ていない。アメリカではディック・マース監督が監修したリマスター版が、ブルーレイ&DVDのコンボセットで発売中。オリジナル・ネガフィルムから2K解像度でレストア作業が施されており、重ね焼きしたオープニングのクレジットシーンこそ若干ぼやけているものの、それ以外はきめ細やかで色彩も鮮やかな超高画質。5.1chサラウンドにリミックスされた音声トラックの立体感も素晴らしい。

評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ&DVD情報(アメリカ盤2枚組)
ブルーレイ
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/1080p/音声:5.1ch DTS-HD Master Audio・2.0ch DTS-HD Master Audio/言語:オランダ語・英語・フランス語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:ALL/時間:113分
DVD
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/音声:5.1ch Dolby Digital・2.0ch Dolby Digital/言語:オランダ語・英語・フランス語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:ALL/時間:113分
発売元:Blue Underground
特典:ディック・マース監督と編集者ハンス・ヴァン・ドンゲンの音声解説/ドキュメンタリー「The Making of Amsterdamned」('88年制作・約36分)/俳優フーブ・スターペルのインタビュー('17年制作・約9分)/スタント監修ディッキー・ビアーのインタビュー('17年制作・約18分)/オリジナル劇場予告編(オランダ版・アメリカ版)/ロイス・レインによるテーマ曲のミュージックビデオ/ポスター&スチル・ギャラリー/封入ブックレット(24P)
by nakachan1045
| 2022-04-17 00:54
| 映画
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