なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「マダムX」 Madame X (1929)
戯曲:アレクサンドル・ビッソン
台詞:ウィラード・マック
撮影:アーサー・リード
美術:セドリック・ギボンズ
出演:ルース・チャタートン
ルイス・ストーン
レイモンド・ハケット
ホームズ・ハーバート
ユージェニー・ベッセラー
ジョン・P・エディントン
ミッチェル・ルイス
ウールリッヒ・ハウプト
シドニー・トーラー
リチャード・カール
キャロル・ナイ
クロード・キング
上山草人
アメリカ映画/93分/モノクロ作品
パリで暮らす高名な判事ルイ・フロリオ(ルイス・ストーン)は、4歳になる息子レイモンが高熱を出したことから、寝る間を惜しんで看病に当たっている。彼にはジャクリーヌ(ルース・チャタートン)という妻がいたのだが、しかし別の男と不倫をしていたことが発覚し、嫉妬と怒りに駆られたルイは彼女を家から追い出してしまった。そこへ、息子が病に臥しているとの噂を聞いたジャクリーヌが訪れ、レイモンにひと目でいいから会いたいと懇願するが、しかし頑固なルイは「お前のような女は母親失格だ」「息子には母親は死んだと伝えてある」と冷たく言い放って追い返す。同情を寄せる乳母ローズ(ユージェニー・ベッセラー)に息子の世話を頼んだジャクリーヌは、涙で声を震わせながら別れを告げて去っていくのだった。
ほどなくしてレイモンの容態は無事に回復。そんなところへアメリカから帰国したルイの親友ネル(ホームズ・ハーバート)が訪ねて来る。ジャクリーヌと離別したこと、彼女を息子に会わせなかったことをネルに打ち明けたルイ。すると、かつてジャクリーヌに想いを寄せていたネルは烈火のごとく怒る。君はそれでも血の通った人間か!自分では聖人君子のつもりかもしれないが、しかし仕事に熱中して妻を放っておいた君に、彼女を責める資格などない!と激しく非難され、さすがのルイも己の身勝手を深く後悔する。今からでも遅くない、彼女の行方を探して連れ帰るんだ。そうネルに諭されたルイは、息子レイモンに知られぬようジャクリーヌの消息を掴もうとするものの、時間ばかりが無駄に過ぎ去っていく。
それから7年後。ジャクリーヌは中国へ渡り、アメリカ人の退役軍人ハンビー大佐(ミッチェル・ルイス)の愛人となっていた。そこへルイの依頼を受けた私立探偵がやって来るものの、ハンビー大佐は彼女のことをロシア人だと嘘をついて私立探偵を追い返す。せっかく捕まえた美しい愛人を手放したくなかったのだ。やがてハンビー大佐と共にハワイへ移住したジャクリーヌだったが、しかし酒に溺れて荒んだ生活を送り、容姿も衰えてきたことから棄てられてしまう。その後、売春婦となって南米へと流れ着いたジャクリーヌは、たまたま知り合ったフランス人の詐欺師ラローク(ウールリッヒ・ハウプト)に誘われ、金持ちの老人を相手に美人局をするようになる。
フランスを去ってから20年、久しぶりに祖国の土を踏んだジャクリーヌだが、しかし長年の不健康な生活とアルコール中毒ですっかりやつれ切っていた。酒に酔っては昔の話をし始めるジャクリーヌ。はじめのうちは単なる与太話だと聞き流していたラロークだが、しかし彼女の元夫フロリオが今や司法長官だと知って、ジャクリーヌをネタに現金を脅し取ろうと考える。元妻が売春婦で詐欺師の愛人だと世間に知れたら一大スキャンダルだ。口止め料を要求すれば、きっと大金を支払うに違いない。だが、この計画に気付いたジャクリーヌは、思い余ってラロークを射殺。逮捕された彼女は殺人罪で起訴される。頑なに証言を拒否するばかりか、自分の名前さえ名乗ろうとしない彼女を、人々は「マダムX」と呼ぶように。素性が知れたら最後、息子に迷惑がかかってしまうと考えたからだ。そんな彼女の弁護人に選ばれたのは、将来有望な若手弁護士レイモン・フロリオ(レイモンド・ハケット)。そう、20年前に生き別れたジャクリーヌの息子だった…。
たった一度だけの過ちを夫に責められ、流転の人生を歩むことになる母親の悲劇。男性に都合の良い良妻賢母像を一方的に女性へ押し付け、そこから少しでも逸脱すれば厳しく罰する封建的な家父長制の理不尽。さらには、女性の経済的な自立を阻んで搾取する男社会の構造的な問題にも斬り込んだストーリーは、原作の戯曲をほぼ忠実に映像化しており、公開から90年以上を経た今見ても強い説得力を持つ。対して戦後に作られた『母の旅路』が、ヒロインの夫ではなく義母を悪役にすることで「女の敵は女」の構図に仕立て、そのうえで自己犠牲的な母性愛に焦点を当てることで、本来のフェミニズム的なメッセージ性を打ち消してしまったのとは大違いである。そこはやはり、本作が保守的な自主検閲条項ヘイズ・コードが施行される以前に作られた映画だったからなのだろう。
ただ非常に惜しまれるのは、トーキー初期の映画撮影における技術的な問題が、作品の完成度に大きく影響してしまっていること。当時の録音用マイクはまだまだ感度が低く、なおかつ固定式で動かすことが出来なかった。なので俳優は声を張り上げてセリフを喋らねばならず、カメラもずっと固定されたまま。そのため、映画というよりもまるで舞台劇のような作品に仕上がっている。役者たちがマイクを気にして演技に集中できていないのは明らかで、それこそ型通りの芝居に終始してしまっている。まあ、これは本作に限らず、トーキー初期の映画全般に共通する問題ではあるのだけど。演出を手掛けたのは名優ライオネル・バリモアだが、残念ながらこれでは監督としての作家性を評することは難しい。
先述したように、本作で映画スターとしての人気を確立したルース・チャタートン。上流階級のレディが場末の娼婦へと身を落としていく様を大熱演しているものの、しかしやはり撮影技術の問題が災いしてか、今見るとだいぶ大仰でワザとらしい芝居が鼻につく。後の『フリスコ・ジェニー』('33)や『孔雀夫人』('36)なんかと比較しても、さすがに女優としての真価を発揮できているとは言い難いだろう。それは他の共演者たちも同様。ちなみに、中国人の怪しげな医者役で、『バグダッドの盗賊』('24)のモンゴル王子役でも知られる日本人俳優・上山草人が顔を出している。
評価(5点満点):★★★☆☆
参考DVD情報(アメリカ盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/時間:93分/発売元:Warner Home Video
特典:なし
by nakachan1045
| 2022-05-26 00:08
| 映画
|
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