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なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画&音楽レビュー日記
by なかざわひでゆき
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「突然の訪問者」 The Visitors (1972)

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監督:エリア・カザン
製作:クリス・カザン
   ニコラス・T・プロフェレス
脚本:クリス・カザン
撮影:ニコラス・T・プロフェレス
音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ
ギター演奏:ウィリアム・マシューズ
出演:パトリック・マクヴィ
   パトリシア・ジョイス
   ジェームズ・ウッズ
   スティーヴ・レイルズバック
   チコ・マルティネス
アメリカ映画/88分/カラー作品




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『欲望という名の電車』('51)や『エデンの東』('55)などで名高い巨匠エリア・カザンが、たったの15万ドルという超低予算(しかも自らのポケットマネー)で撮ったインディペンデント映画である。当時のカザンは、巨額の製作費を投じたメロドラマ『アレンジメント/愛の戦慄』('69)が興行的にも批評的にも大惨敗を喫し、ハリウッドの第一線から距離を置いていた時期。しばらく新作を撮るつもりもなかったようだが、しかし当時の妻バーバラ・ローデンが監督・脚本・主演を務めたインディーズ映画『WANDA/ワンダ』('70)がヴェネツィア国際映画祭で最優秀外国語映画賞を獲得したことから、これに刺激を受けたカザンは自らもインディーズで映画を撮ることにする。それが、ベトナム帰還兵の問題を初めて描いたアメリカ映画とも呼ばれる『突然の訪問者』('72)だった。
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舞台はコネティカット州の辺鄙な田舎。若いカップル、ビル(ジェームズ・ウッズ)とマーサ(パトリシア・ジョイス)は、念願の子宝に恵まれたばかりだが、しかし2人の間には少なからぬ溝が出来ていた。軍用ヘリの製造工場で働くビルだが、しかし給料が安いため結婚もままならず、今はマーサの実家である小さな農場に身を寄せている。実はベトナム帰還兵のビル。仲間の戦争犯罪を軍事法廷に告発して除隊したのだが、しかし実際にベトナムで何があったのかマーサには一言も話さず、ひとりで悩みを抱えている様子だった。それだけでなく、自分たちの家を持ちたいと願うビルに対して、今のまま実家住まいで子供のために貯金をしたいと考えるマーサは、何かと意見にすれ違いがあったのだ。
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それは雪深い冬の日のこと。ビルが新聞を買いに出かけている間、2人の若者が農場を訪ねて来る。マイク(スティーヴ・レイルズバック)にトニー(チコ・マルティネス)と名乗る彼らは、ビルのベトナム帰還兵仲間だという。2人を家へ招き入れるマーサ。帰宅したビルは彼らを見て表情をこわばらせる。というのも、彼らこそビルが軍事法廷で告発した戦友だったからだ。物資を奪うためベトナムの小さな村を襲った彼らは、物陰に隠れていた少女をベトコンと疑って誘拐し、輪姦したうえで射殺した。ビルもレイプに加わるよう促されたが拒絶し、部隊へ合流してから上官に仲間の犯罪行為を報告したのである。軍事法廷にかけられたマイクとトニーは懲役2年を言い渡され、つい先日刑期を終えて出てきたばかりだった。なぜここへ来たのか?と問い詰めるビルにトニーは言う。お前のことを許す。過去のことは水に流そう。それを直接伝えるために来たのだと。
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そんな事情など露とも知らないマーサは、マイクとトニーを父親ハリー(パトリック・マクヴィ)に紹介する。有名なウエスタン小説作家であるハリーもまた、太平洋戦争で日本軍と戦った帰還兵だったのだ。以前から繊細な非暴力主義者のビルを「軟弱な腰抜け」と眉をひそめていたハリーは、まるで正反対の好戦的で勇敢な愛国者のマイクやトニーとすっかり意気投合し、ベトコンを殺しまくった彼らと同じように自分も日本兵を片っ端から殺した栄光の日々を懐かしく思い出す。戦争は殺すか殺されるかの真剣勝負。敵に情など無用。それは人生とて同じことだ、というのが「男の中の男」を自負するハリーの家訓。するとそこへ、大怪我をしたハリーの愛犬が戻ってくる。隣家の獰猛な番犬に襲われたのだ。
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怒り心頭のハリーは、マイクとトニーにはやし立てられ、ライフル銃を手にして外へ出ていく。異様な空気を感じて赤ん坊を2階の寝室へ避難させるマーサ。ようやく彼女は、マイクとトニーが戦争犯罪を犯したビルの戦友だと気付く。いったいベトナムで何があったのか。ビルから初めて詳細を聞いたマーサは背筋が凍る。あいつら、とんでもない犯罪者じゃない!と。その頃、隣家の番犬をライフルで無慈悲に射殺し、意気揚々と帰ってくるハリーたち。ここでベトナムでの一件をマイクらから聞いたハリーは、家族も同然の戦友を裏切ったビルが悪い、あいつはオカマもどきだ!許せん!といきり立つ。そして迎えた夕飯のテーブル。ビルとマーサはどうにかして、マイクとトニーを追い返そうとするのだったが…。
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おや?なんだかこれ、ブライアン・デ・パルマ監督の『カジュアリティーズ』('89)の後日譚みたいな話じゃない?と気付く映画ファンも少なくないと思うが、そもそも本作は『カジュアリティーズ』原作本の基になった雑誌「ザ・ニューヨーカー」の記事がヒントになっている。'66年にベトナム戦争で実際に起きた「192高地虐殺事件」を詳細にレポートしたのが、'69年に「ザ・ニューヨーカー」に掲載されたダニエル・ラングの記事。これは当時のアメリカ国民に大変な衝撃を与えたそうで、後に著者ラング自身によって一冊の本にまとめられたわけだが、カザンはその元記事を長男クリスに渡し、これを元ネタに脚本を書くよう勧めたという。
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戦争がいかにして平凡な人間を野獣へと変えてしまうのか。この普遍的なテーマを、本作はベトナム帰還兵たちの再会ドラマを通して浮き彫りにする。戦場で若いベトナム人女性を輪姦して殺害したマイクとトニー、彼らを軍事法廷で告発したビル。それぞれに明暗を分けたかつての戦友たちだが、いずれも生きて帰ったアメリカ社会に違和感を覚え、どうしても溶け込めないでいる。ベトナムの戦場でこの世の地獄を経験し、殺し合いの悲惨な光景を目の当たりにしてきた彼らにしてみれば、祖国での平和な日常にはリアリティがないのだ。ビルの告発行為を今では赦し、過去は水に流そうと歩み寄るマイクとトニーだが、しかしその胸の内にはわだかまりが残っている。
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そんな彼らの本音を引き出すのが、太平洋戦争の帰還兵である老人ハリーだ。敵側の女を輪姦して殺して何が悪い、それが戦争というものだろう、綺麗ごとを言うんじゃない、みんな同じようなことをしているじゃないか。そう擁護するハリーに、我が意を得たりと深く頷くマイクとハリー。実は、彼らを訴えたビルもまた本音ではそう思っており、良心の呵責に耐えかねて戦友を裏切った自らを秘かに恥じている。むしろ、本来ならば自分も輪姦に参加するべきだった。それが仲間の義務であり男の証明だからだ。
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かくも歪んでしまったベトナム帰還兵たち。しかし、彼らも戦場へ行く前は、ごく普通の平凡なアメリカの若者だった。ベトナムでの犯罪行為を非難するマーサに、マイクは激しく反論する。俺たちだって、なりたくてこうなったわけじゃない。戦争の現場を知らず安全な場所にいるあんたに、俺たちを責める資格があるのか?と。これは人間を野獣へと変えてしまう戦争の悲惨さと同時に、彼らをその戦場へと送り込んだ国家や国民の罪と責任を問う作品でもあるのだ。そして、残酷かつほろ苦いクライマックスが、一度壊れてしまった人間はもう二度と元へ戻らないことを示唆する。なんともやきれない気持ちにさせられる映画だ。
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先述したように、予算15万ドルをエリア・カザン監督自身のポケットマネーから捻出して作られた本作。現場スタッフは監督以外に3名だけ、役者も無名の若手が中心。ロケ地はカザン監督が所有するコネティカットの自宅牧場で、アマチュア映画のごとく16ミリフィルムを使って撮影されている。まるでドキュメンタリーのような粗い映像と一触即発のただならぬ雰囲気とが相まって、作品全体にヒリヒリするようなリアリズムが貫かれている。そのキャリアを通じて、ハリウッドの主流とは一線を画す映画的リアリズムを追求したカザン監督だが、これはまさにその究極型とも言えるだろう。また、結果的に戦友たちを軍事法廷に売り渡した若者ビルの一筋縄ではない心情に、自身もハリウッドの赤狩りで仲間の映画人11名を共産主義者として下院非米活動委員会に売り渡し、生涯に渡って裏切り者と後ろ指をさされたカザン監督の複雑な胸中が投影されているようにも思える。
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クレジット上の主演はハリー役のパトリック・マクヴィだが、これは彼がキャストの中で唯一、映画界でキャリアのある俳優だったからであろう。実質的な主人公ビルを演じるジェームズ・ウッズ以下、若手俳優たちはいずれも本作が映画デビューだった無名の新人。パトリシア・ジョイスはイエール大学の学生で、チコ・マルティネスはタクシー運転手だったという。その中でも異彩を放つのは、ベトナム人少女のレイプと殺害を主導したマイク役のスティーヴ・レイルズバック。『ヘルター・スケルター』('76)のチャールズ・マンソン役で強烈なインパクトを残すのはこの4年後だが、本作でもスクリーンに登場するだけで「こいつはヤバい!」と感じさせるような危うい存在感を放っている。
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評価(5点満点):★★★★☆

参考DVD情報(アメリカ盤)※4本立て「Movies 4 You: Firl Noir/Thriller」収録
カラー/ワイドスクリーン(1.85:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:英語/字幕:なし/地域コード:1/時間:88分/発売元:Timeless Media Group/MGM/United Artists
特典:なし



by nakachan1045 | 2022-10-03 04:03 | 映画 | Comments(0)

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