なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「女鹿」 Les Biches (1968)

製作:アンドレ・ジェノヴェ
脚本:ポール・ジェゴフ
クロード・シャブロル
撮影:ジャン・ラビエ
音楽:ピエール・ジャンセン
出演:ジャン=ルイ・トラティニャン
ジャクリーヌ・ササール
ステファーヌ・オードラン
ドミニク・ザルディ
アンリ・アタル
ナネ・ジェルモン
セルジュ・ベント
アンリ・フランス
フランス映画/94分/カラー作品


木枯らしの吹く肌寒い冬のパリ。セーヌ川に架かる橋の上で、路上に鹿の絵を描いて小遣い稼ぎをしていた貧しい女性画家ホワイ(ジャクリーヌ・ササール)は、年上の裕福な美女フレデリーク(ステファーヌ・オードラン)に拾われる。ホワイの風変わりな名前と媚びを売らない不遜な態度、子猫のように艶めかしい美貌を気に入り、自宅アパートへ招いて囲い込むフレデリーク。それから暫くして、フレデリークは南仏サントロペに所有する別宅の大豪邸へホワイを連れて行く。2人を出迎えたのは居候のゲイ・カップル、ロベーク(アンリ・アタル)とリエ(ドミニク・ザルディ)。エキセントリックでやかましい彼らに面食らうホワイだったが、フレデリークにとっては退屈を紛らわすのにちょうどいいペットみたいなもので、一文無しのロベーグもリエも彼女から小遣いを貰って飼われていたのである。

しかし、フレデリークのペットという立場はホワイも同じ。初めのうちこそドレスやアクセサリーを好きなだけ買い与え、まるで親切なパトロンのように振る舞っていたフレデリークだが、やがてホワイのことをアゴでこき使うようになる。所詮は女主人と飼い犬のような関係だった。そんなある日、フレデリークは友人・知人を招いてホームパーティを開くのだが、そこで招待客の若い建築家ポール(ジャン=ルイ・トラティニャン)がホワイのことを見染める。ポールに誘われて外出したホワイ。その2人をフレデリークはロベークとリエに尾行させる。2人が一夜を共にしたことを知った彼女は、「素敵な殿方と知り合えて良かったじゃない」と余裕の笑顔で平静を装いつつ、実のところ嫉妬の炎をメラメラと燃やしていた。

早速、ポールの職場兼自宅を訪ねるフレデリーク。若くて初心なホワイのことを心配するふりをして、ポールに彼女との関係を問いただしたところ、「本気ではなくただの遊びだ」という彼の返答に驚きつつもほくそ笑む。これ幸いとばかりポールを大人の色香で誘惑し、まんまと自分の虜にしてしまうフレデリーク。一方、ポールとのデートをすっぽかされたホワイは深く傷ついていた。そこへ、フレデリークがポールを連れて帰って来る。「ごめんなさいね。こうなるはずじゃなかったんだけど。彼と私は愛し合っているの。でも貴女に申し訳なくて…」としおらしく振る舞いながらも、ショックを受けた様子のホワイを見て思わずほくそ笑むフレデリーク。これは言わば、飼い主の手を噛んだペットへの罰のようなもの。この家のご主人様は誰かということを知らしめるメッセージだ。しかも、ポールをこの屋敷に住まわせるという。さすがに愕然としてしまうホワイだったが、しかしフレデリークの決めたことには従わざるを得ない。ここは彼女の家なのだから。

かくして、来る日も来る日もフレデリークとポールのいちゃつく姿を見せつけられ、じっと黙って屈辱に耐え続けるホワイ。しかし、かといって2人のことが憎らしいわけでもない。従順であり続ける限りフレデリークは寛大で優しいし、ポールのことだって愛おしい。やがて、どこか吹っ切れた様子で生気を取り戻したホワイは、こっそりフレデリークのファッションやメイクを真似し、まるで彼女のように振る舞うようになる。さらに、フレデリークがロベークとリエを屋敷から追い出すよう仕向け、甲斐甲斐しくフレデリークとポールの世話をしてみせる。まるで、2人をひとりで独占しようかとするように。あななたちのことが大好き、本当に愛しているわ。そう呟くホワイに薄気味悪さを感じたフレデリークは、彼女に黙ってポールを連れてパリへ戻ってしまう…。
※注:以降の解説にはネタバレが含まれます

これはいわば、持てる者と持たざる者の絶対的な格差を描いた不条理な愛憎ミステリーである。生まれながらにして裕福なフレデリークと経済的に困窮したホワイは、どちらも知的で誇り高く美しい女性。それゆえお互いに強く惹かれあうわけだが、しかし2人の間の関係性は決して対等とは言えない。なぜなら、持てる者が持たざる者を支配するのが世の必然だからだ。富裕層は富裕層というだけで、金にものを言わせて欲しいものを何でも手に入れ、人間すらも自由に服従させることが出来る。平凡な庶民はどうあがいたって太刀打ちできず、その不平等を甘んじて受け入れざるを得ない。もしも下剋上が叶うとすれば、持たざる者に残された唯一の手段は暴力だけだ。

傲慢で堕落したブルジョワ階級、貧しくも野心的な小市民、愛憎入り雑じる歪んだ人間関係、そして複雑怪奇な心の闇が招く殺人。そう、シャブロル監督自身がハッキリと述べているように、本作は男女の役回りを入れ替えただけで、基本プロットはほとんど『いとこ同志』の使い回しである。当時キャリアに行き詰まっていたシャブロルは、盟友ポール・ジェゴフとシナリオの打ち合わせをした際、自分たちがこれまで手掛けた作品の中で最も成功した『いとこ同志』をもう一度掘り下げ、今度はレズビアンの話にして現代風にアレンジしようと考えた。といっても、劇中ではフレデリークとホワイが同性愛的な関係にあるという明確な描写はない。あくまでも匂わせるだけだ。そのうえで、『いとこ同志』では失敗に終わった下剋上を、この『女鹿』ではなんとも不条理な形で成功させる。それはいわば狂気が生まれた瞬間だ。

愛するあまりフレデリークと自らを同化させ、憎しみのあまりフレデリークを殺してしまったホワイは、見た目も仕草も声までもすっかりフレデリークに成り代わる。例えるならば、狂信的な母親に絶対支配されたノーマン・ベイツが狂気の淵へと追いやられ、サイコキラーとして覚醒するまでを描いたような作品と言えよう。一般的なミステリー映画であればそこからストーリーが動き始めるところを、シャブロルはあえてそこを最終地点とすることによって、人間の心の闇の奥深くを覗きこもうとする。「私が謎解きミステリーを撮ることは決してないと思う」と生前のシャブロルは語っていたが、やはり彼は殺人事件を起点とする謎解きではなく、殺人事件にまつわる人間の行動や心理に強く関心を寄せていたのだろう。

実質的な主人公であるフレデリーク役には、シャブロル映画のミューズにして当時のシャブロル夫人でもあったステファーヌ・オードラン。クールで妖艶で冷淡で支配的な女性を演じて、これほど生き生きと輝く女優さんも他になかなかいないだろう。ホワイ役のジャクリーヌ・ササールは、日本でも当時は絶大な人気を誇った青春アイドル女優。繊細な危うさと抜け目ないしたたかさを併せ持つ女性像を見事に演じており、ジョセフ・ロージーの『できごと』('67)に続く野心的な役柄だったが、しかし本作の撮影時には女優引退を決意していたそうで、この翌年に大手自動車メーカー、ランチア創業家の御曹司と結婚して映画界から去ってしまった。彼女らを差し置いてトップクレジットされているジャン=ルイ・トラティニャンは、言ってみれば「色添え」的な役どころに過ぎない。ただ、彼とシャブロル監督が組んだのは、後にも先にもこれ1本だけというのは少々意外だ。

自分の偉大なキャリアは『女鹿』で幕を開けたと本人が語っていたように、本作の成功によって大きく飛躍したシャブロル監督。もともと本作はゴダール映画でもお馴染みの大物製作者ジョルジュ・ド・ボールガールと企画していたものだったが、しかしそのボールガールが手を引いてからは宙ぶらりんの状態が続き、ようやく引き受けてくれたのがアンドレ・ジェノヴェだった。当時まだ無名の製作者だったジェノヴェもまた、本作の成功によって躍進。これ以降、シャブロルはジェノヴェのプロデュースのもと、『不肖の女』('69)に『野獣死すべし』('70)、『肉屋』('70)に『血の婚礼』('73)などなど、自分の撮りたい映画を自由に撮ることが出来るようになる。

評価(5点満点):★★★★☆
参考DVD情報(アメリカ盤)
カラー/ワイドスクリーン(1.66:1)/音声:2.0ch Dolby Digital Mono/言語:フランス語・英語・スペイン語/字幕:英語/地域コード:ALL/時間:94分/発売元:Pathfinder Home Entertainment
特典:オリジナル劇場予告編/スチル・ギャラリー/映画批評家ウェイド・メイジャーとF・X・フィーニーによる音声解説/監督・キャストのバイオグラフィー
by nakachan1045
| 2023-03-26 12:53
| 映画
|
Comments(2)
Commented
by
キルゴア二等兵
at 2023-03-27 20:43
はじめまして。
他では取り上げられることのない作品についての貴重な紹介、批評を毎回楽しみにしています。
「女鹿」は粗筋を読む限り、同じポール・ジェゴフ脚本の「太陽がいっぱい」にも似てるように思いました。
シャブロルが妻オードランの恋人役に彼女の前夫トランティニャンを起用したのは何か意図があったのですかね。
他では取り上げられることのない作品についての貴重な紹介、批評を毎回楽しみにしています。
「女鹿」は粗筋を読む限り、同じポール・ジェゴフ脚本の「太陽がいっぱい」にも似てるように思いました。
シャブロルが妻オードランの恋人役に彼女の前夫トランティニャンを起用したのは何か意図があったのですかね。
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> キルゴア二等兵さん
コメントありがとうございます。
確かに、同性愛的なニュアンスを含めて『太陽がいっぱい』と似ているところありますね。『いとこ同志』もジェゴフが関わっていますし、『太陽がいっぱい』と『いとこ同志』と『女鹿』は姉妹編みたいな関係にあるのかもしれません。
トラティニャンの起用については、シャブロル自身が言及したインタビューなど見つからないのでハッキリとしたことは分かりませんが、やはり何らかの意図があったのではないかと思いますよね。やみくもにキャスティングするような監督とも思えませんし。
コメントありがとうございます。
確かに、同性愛的なニュアンスを含めて『太陽がいっぱい』と似ているところありますね。『いとこ同志』もジェゴフが関わっていますし、『太陽がいっぱい』と『いとこ同志』と『女鹿』は姉妹編みたいな関係にあるのかもしれません。
トラティニャンの起用については、シャブロル自身が言及したインタビューなど見つからないのでハッキリとしたことは分かりませんが、やはり何らかの意図があったのではないかと思いますよね。やみくもにキャスティングするような監督とも思えませんし。
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