なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「Die Frau, nach der man sich sehnt(憧れの女性)」 (1929)

製作:ヘルマン・グルンド
原作:マックス・ブロート
脚本:ラディスラウス・ヴァホダ
撮影:ハンス・シェイブ
クルト・クーラン
出演:ウノ・ヘニング
マレーネ・ディートリッヒ
フリッツ・コルトナー
イーディス・エドワーズ
オスカル・シーマ
フリーダ・リハルト
カール・エッティンガー
ブルーノ・ゼイナー
ドイツ映画/77分/モノクロ・サイレント作品
ドイツ時代のマレーネ・ディートリッヒが、男たちを夢中にさせ破滅させる生粋のファム・ファタールを演じたメロドラマ映画である。ディートリッヒと言えば、ジョセフ・フォン・スタンバーグがドイツで撮った傑作『嘆きの天使』('30)で彗星のごとく現れてスターダムを駆け上がり、映画の都ハリウッドへ招かれて一時代を築いたシンデレラ的な大女優という印象を持たれがちだが、しかし実は映画デビューしたのは1923年のこと。『嘆きの天使』の時点ですでに7年のキャリアがあり、なおかつ主演クラスの作品も何本か存在したのだが、しかし恐らくパラマウントによるパブリシティ戦略の一環だったのだろう、『嘆きの天使』でブレイクした際にそれ以前の出演作が公式バイオグラフィから消し去られてしまったのである。この『Die Frau, nach der man sich sehnt(憧れの女性』もまた、その「消された映画」のひとつだ。
舞台は南フランスの架空の小都市セレス=バス。ここは古くより鉄鋼業で栄えてきた工業都市であり、その中心的な役割を担ってきたのが大規模な製鉄工場を経営するルブラン一族である。ところが、家督を継いだ長男シャルル(オスカル・シーマ)は無能な坊ちゃんで、そのため工場は倒産の危機に直面していた。そこで、シャルルは裕福な会計士ポワトリエ氏(カール・エッティンガー)の娘アンジェラ(イーディス・エドワーズ)と弟アンリ(ウノ・ヘニング)を政略結婚させることで、この財政危機をなんとか乗り越えようと画策する。当然ながら、好きでもない女性と結婚させられることにアンリ本人は不満だが、しかし家族と会社を救うため、特に愛情深い母親(フリーダ・リハルト)に余計な苦労をかけぬためとあれば仕方ない。ポワトリエ氏も自分の財産が当てにされていることを見抜いており、それゆえ政略結婚にはもともと後ろ向きだった。ところが、初心で純粋なアンジェラはハンサムで知的な美青年アンリにゾッコン。娘を溺愛するポワトリエ氏はアンリとの結婚を許し、工場に対する資金援助も約束するのだった。
かくして、家族のために愛情のない結婚をしたアンリは、妻アンジェラを連れて新婚旅行へ出かけることとなる。富裕層向けの豪華な寝台車に乗り込んだアンリとアンジェラ、そして忠実な執事ディーナー(ブルーノ・ゼイナー)。するとそこでアンリは、どこかうつろな表情をした女性スターシャ(マレーネ・ディートリッヒ)とすれ違い、その陰のある謎めいた美貌に目が釘付けとなる。見ず知らずのアンリにすがりつき、「お願いだから私を助けて、私を連れて一緒に逃げて」と懇願するスターシャ。彼女にはカーロフ医師(フリッツ・コルトナー)という旅の同伴者がいるのだが、どうやら彼は強引で支配的な人物らしく、スターシャは無理やり束縛されている様子だ。彼女をこのまま連れ去りたい。そんな欲求に駆られるアンリだったが、しかし新妻アンジェラを置き去りにするわけにもいかなかった。
そうこうしているうちにカーロフ医師が個室へ戻って来て、スターシャはアンリを自分の従兄弟だと紹介する。怪訝そうな表情のカーロフ医師。嘘だということはバレバレだ。やがて寝台車は次の駅へと到着し、カーロフ医師とスターシャは途中下車をする。もはや居ても立ってもいられなくなったアンリは、執事ディーナーが止めるのも聞かず、スターシャを追うようにして列車から飛び降り、残されたアンジェラはショックで嘆き悲しむ。そこは冬の高級リゾート。スターシャとカーロフ医師がチェックインした名門グランド・ホテルにアンリも到着する。今夜は大晦日。ホテルのボールルームでは華やかなニューイヤー・パーティが催される。その喧騒に紛れて駆け落ちしようと計画するアンリとスターシャ。しかし、スターシャはアンリに重大な秘密を隠していた。実は既婚者だった彼女は、愛人のカーロフ医師に夫を殺害させたばかりで、今まさに駆け落ちの最中だったのである。そんなこととは全く知らないアンリは、盛り上がるパーティの最中にスターシャを連れてホテルから抜け出そうとするも、その計画をカーロフ医師に察知されてしまう…。
迷路のように狭くて薄汚れた路地裏のセットを、カメラがうねるようにして移動していくオープニング・ショットからして、実にドイツ表現主義的な技巧の際立つ作品。夜の路地裏を歩く女性の姿を捉えたカメラは、その反対側から現れた新聞配達を追いかけ、通りの向こうから歩いてきた紳士が配達員から夕刊を受け取ると、その紳士と一緒に目の前の賑やかな酒場へと入っていき、奥のプールバーでビリヤードに興じる青年アンリへと辿り着く。実に印象的なイントロダクションである。このような緻密に計算された長回しの移動撮影を随所で何度も披露するほか、夜行列車のシーンではミニチュア特撮までふんだんに盛り込んでおり、その作風はさながらフリッツ・ラングかF・W・ムルナウかといった感じだ。さらに、ルブラン一族の富と権威を象徴する製鉄工場のモンタージュ・シーンはエイゼンシュタインなどのソヴィエト映画みたいだし、ジャン・エプスタインやマルセル・レルビエなどフレンチ・アヴァンギャルドに影響されたような場面も見受けられる。少なくともビジュアル的には、今見ても十分に革新的で刺激的で面白い。
監督のクルト・ベルンハルトは当時のドイツ映画界で売れっ子だった新進気鋭のフィルムメイカー。ユダヤ人だったためナチスが台頭するとゲシュタポから逃れてフランスへ亡命し、やがて第二次世界大戦が勃発するとアメリカへ移住。ハリウッドではカーティス・バーンハートとアメリカ人風に名前を変え、ベティ・デイヴィスの『盗まれた青春』('46)やジョーン・クロフォードの『失われた心』('47)、リタ・ヘイワースの『雨に濡れた欲情』('53)など、トップ女優を主演に迎えた女性映画に腕を振るった名匠である。また、フリッツ・ラングの『月世界の女』('29)やアルフレッド・ヒッチコックの『暗殺者の家』('34)を手掛けた名カメラマン、クルト・クーランも参加。ミニチュア特撮を誰が担当したのかは定かでないものの、いずれにせよ黄金期の真っ只中だったドイツ映画界の技術的なレベルの高さを実感させるハイクオリティな仕上がりだ。
ただし、G・W・パブストの『パンドラの箱』('29)や『西部戦線一九一八年』('30)で名高いラディスラウス・ヴァホダによる脚本は、どうもいまひとつ面白みに欠けるように思う。原作はフランツ・カフカの親友として知られるユダヤ人作家マックス・ブロート。どうやら原作小説とはだいぶ内容がかけ離れているらしく、それゆえ劇場公開時は作者のブロートから酷評されたそうだが、その事実を抜きにしても薄っぺらい恋愛サスペンスである。とりあえず、中間字幕によるセリフや解説を極力排除し、技巧を凝らした映像表現と役者の芝居によって物語を紡いでいくのは良いのだが、しかしちょっと説明しなさ過ぎのようにも感じるのだよね。特にスターシャとカーロフ医師の関係性は、その背景を含めて何もかもが謎だらけ。おかげで、クライマックスの悲劇的な展開も取って付けたような印象を受けてしまう。そこはちょっと惜しい。
それにしても、撮影当時27歳だったディートリッヒの、なんと妖艶でミステリアスなことか!これぞまさしく「黄金の'20年代」と呼ばれたヴァイマル・ドイツの享楽と狂乱が生んだ退廃美。後にハリウッドで花開くことになるエレガンスもグラマーも、すでにこの時点で健在であったことがよく分かる。その魅力はフォン・スタンバーグが引き出したのではなく、もともとそこにあったのだ。そのディートリッヒが演じるスターシャに魅了され執着し、あまつさえ殺人まで犯してしまったカーロフ医師を演じるフリッツ・コルトナーがまた素晴らしい。ご存知、アルチュール・ロビンソンの『戦く影』('23)やパブストの『パンドラの箱』でもお馴染みの、ヴァイマル共和国時代を代表する名優のひとり。一応、ヒーロー役はアンリ青年を演じるスウェーデン俳優ウノ・ヘニングだが、しかしコルトナーの圧倒的な存在感の前に影が薄くなりがちだ。
日本では劇場未公開でビデオソフトのリリースなどもなし。一方、アメリカでは短期間ながらもひっそりと劇場公開されていたらしく、さらに『嘆きの天使』が大ヒットした後に音楽スコアを録音したサウンド版が『Three Loves』のタイトルで再上映されている。現在はアメリカ盤ブルーレイも発売中。ドイツのF・W・ムルナウ財団が'12年にデジタル修復したという本編は、今から95年も前の映画とは思えないくらいの高画質。フィルムの経年劣化による若干の傷は見受けられるが、それほど気にならないレベルだ。また、新たに録音された音楽スコアも5.1chサラウンドおよび2.0chステレオの2パターンから選ぶことが出来る。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/1080p/音声:5.1ch DTS-HD Master Audio・2.0ch DTS-HD Master Audio(どちらも音楽スコアのみ)/言語:ドイツ語(中間字幕)/字幕:英語/地域コード:A/時間:77分/発売元:Kino Classics
特典:映画史家ゲイリン・スタドラーによる音声解説
by nakachan1045
| 2024-03-12 10:30
| 映画
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