なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「上海ドラゴン英雄拳」 馬永貞 (1972)

パオ・シュエリー
製作:ランメ・ショウ
脚本:ニー・クァン
チャン・チェ
撮影:クン・ムートー
ユアン・ティンパン
武術:タン・チア
ラウ・カーリョン
ラウ・カーウィン
チャン・チュアン
音楽:チェン・ユンユー
出演:チェン・カンタイ
チン・リー
ティエン・チン
クー・フェン
チャン・ナン
フェン・イー
マリオ・ミラノ
チェン・カンイエ
特別出演:デヴィッド・チャン
香港映画/134分/カラー作品
ブルース・リーの登場を契機として、'70年代初頭の香港映画界で台頭したのが格闘家出身のカンフー映画スターたち。元祖カンフー映画スターと呼ばれるジミー・ウォングを筆頭に、初期のカンフー映画はあくまでもプロの俳優が専門家の指導の下で、それらしく見えるような格闘技アクションを披露するのが常だった。'70年代を代表する大物カンフー映画スター、デヴィッド・チャン曰く、「本物の格闘技と映画の格闘技は根本的に違う。映画の格闘技は見せるための格闘技だ。なので、本物の格闘家のアクションが映画映えするとは限らない」とのことだが、しかしそれでもブルース・リーの披露したリアルな格闘技のインパクトは強く、本物志向のカンフー映画スターがファンに支持される大きなきっかけを作ったと言えよう。その最初期に活躍したスターのひとりがチェン・カンタイである。
7歳の頃より「大聖劈掛門」と呼ばれる中国南部発祥の格闘技の訓練を積み、さらにはムエタイや柔道、空手、テコンドーなども学んだというチェン・カンタイ。もともと10代の頃からスタントマンとして映画に関わっていたが、大きな転機となったのは'69年にシンガポールで開催された国際武術大会だったという。軽量級に出場したチェンは見事に優勝メダルを獲得。そして、この試合を見たカンフー映画の巨匠チャン・チェ監督の推薦で、香港最大の映画会社ショウ・ブラザーズと俳優としての専属契約を結んだのである。ただ、これにはちょっとした裏話があったという。
時は1970年。ショウ・ブラザーズのライバルである新興映画会社ゴールデン・ハーヴェストが、アメリカから来た格闘家ブルース・リーの主演第1弾『ドラゴン危機一発』('71)を撮ることになったのだが、実はもともとこの作品の武術指導に起用されていたのが、当時ゴールデン・ハーヴェストのアクション振付師を務めていたチェン・カンタイだったらしい。しかし、諸事情から当初監督する予定だったロー・チーが降板することとなり、それに合わせてチェンも武術指導から外されることに。ちょうどそのタイミングで、彼のもとへショウ・ブラザーズから専属契約の話が舞い込んだのだという。これはチェン本人も言及しているが、恐らくブルース・リーがゴールデン・ハーヴェストからデビューすることを知ったショウ・ブラザーズが、その対抗馬として格闘家出身かつルックスも爽やかなチェンに白羽の矢を立てたのだろう。そんな期待の新星チェン・カンタイのために用意された初主演作が、この『上海ドラゴン英雄拳』だった。
舞台は1920~'30年代の中国・上海。立身出世を求めて山東省からやって来た若者マー・ヨンチェン(チェン・カンタイ)だが、しかしなかなか仕事にありつくことが出来ず、食事代にも宿代にも事欠くような有様だった。ただ、格闘技の達人で誰よりも喧嘩が強く、なおかつ弱い者に優しくて曲がったことが嫌いな彼は、貧しい日雇い労働者の仲間たちから信頼されており、中でも真面目で正直者の若者シャオ・ジャンベイ(チェン・カンイエ)とは無二の親友となる。そんなある日、マーとシャオの2人はたまたま通りがかったチンピラ集団からバカにされ、頭にきたマーが連中を片っ端からなぎ倒したところ、その様子を見ていたギャングの若き親分タン・シー(デヴィッド・チャン)から声をかけられる。成功を目指すのならば力ずくでも奪い取れとハッパをかけるタン。その言葉に励まされたマーとシャオは、景気づけに人気の料理店「一壺春茶屋」で食事をすることにする。
その頃、「一壺春茶屋」では店を縄張りにするタン・シーの子分たちと、そのライバル組織の親分ヤン・シャン(チャン・ナン)の子分たちが殺し合いを繰り広げていた。急速に勢力を拡大するヤン一味が、店の乗っ取りを画策したのである。陣頭指揮を執るのはヤンの用心棒「四天王」のメンバー、リー(ティエン・チン)にチャン(クー・フェン)、ファン(フェン・イー)の3名。圧倒的にヤン一味が優勢だったが、たまたまそこへやって来たマーがタン側に加勢し、ヤン一味を蹴散らしてしまう。タンの手下が感謝の印として金を払おうとするも、金が欲しくて味方をしたわけじゃないと丁寧に断るマー。すると、その誇り高い態度に感心したタンは茶屋の権利をマーへ譲ることに。ヤクザを嫌う店の売れっ子美人歌手ジン・リンチー(チン・リー)も、清廉潔白で高潔なマーに好感を抱くようになる。
やがて、ヤン一味の縄張りを徐々に荒らしていくマーと日雇い労働者の仲間たち。力試し大会でロシア人の怪力男(マリオ・ミラノ)を倒して賞金20ドルをリーから奪ったマーは、さらにチャンが管理しているヤン配下のカジノや売春宿を手に入れ、新興ギャングのボスとして頭角を現していく。その姿を見て、結局はこの人もただのヤクザ者だったのかと落胆するジン。一方、金は持っている連中から取る、貧しい庶民から奪ったりしないをモットーに、どんどんと勢力を広げていくマーを忌々しく感じているヤンだったが、まずは目の上のたんこぶであるタンを始末することにする。麻薬取引に向かうタンを待ち伏せして殺害するヤン一味。予てよりタンに対して友情を覚えていたマーは、それが敵の仕掛けた罠だと知りつつも、ヤンからの招待を受けて高級料亭へと単身赴く。ヤン一味を皆殺しにするために…!
ということで、一介の日雇い労働者からギャングのボスへと成り上がっていく若者の成功と破滅を描いた、さながらカンフー版『暗黒街の顔役』('32)と呼ぶべきピカレスク・ロマン。しかも、主人公マー・ヨンチェンは実在した人物だったらしい。ただし、本作のストーリーがどこまで実話に忠実なのかは不明。そもそも、手元にあるブルーレイの解説資料でもネットで検索した情報でも、実在したマー・ヨンチェンはムスリムの少数民族・回族の出身で、査拳と呼ばれる格闘技の師範だった馬商人にして競馬騎手とされる。裏社会のボスだったという記述は特にない。だいたい、実在のマー・ヨンチェンは清朝時代の人物だったが、本作を含めて幾度となく作られているマー・ヨンチェンの映画やテレビドラマは、いずれも舞台を戦前の1920~'30年代に移している。恐らく、多分に事実が脚色されてきたであろうことは想像に難くない。
それでもなお、地位も金もコネも何も持たない貧しい無名の若者が、己の腕っぷしと根性と知恵をフル稼働して裏社会でメキメキと成り上がるも、殺された恩人の復讐のために全てを捨てて散っていくという物語は極めてドラマチック!当時の香港カンフー映画としては異例の134分に及ぶ長尺だが、しかし友情と裏切りの波乱万丈なドラマと血みどろのハードなカンフー・バイオレンスの畳みかけで全く飽きさせない。中でも、主人公マーが片腹に斧を突き刺されたまま血まみれで大立ち回りを演じ、しまいには腹から内臓が零れ落ちながらも敵を次々と血祭りに挙げていく、ラスト20分の壮絶な肉弾激突アクションは圧巻そのもの!格闘技で鍛え抜かれた筋骨隆々の強靭な肉体を持つチェン・カンタイだからこそ成立するシーンと言えよう。
演出を手掛けたのは、チェン・カンタイの恩人でもあるカンフー映画の巨匠チャン・チェと、もともとはチャン・チェ組のカメラマンだったパオ・シュエリー。なぜ共同監督だったのかというと、本来であればショウ・ブラザーズの映画は1本の撮影に2~3カ月を要するのだが、しかし本作は'72年の旧正月に公開を合わせる必要があったため、撮影期間60日の予定が実質30日間で終わらせねばならなかった。締め切りに間に合わせるためには、現場を1日24時間フル稼働させねばならない。ところが、当時すでに超売れっ子だったチャン・チェ監督は、この年だけで8本の映画を撮っている。そこで、2人の演出家が昼夜交代で現場を指揮するという、超多忙なチャン・チェ監督の都合に合わせた製作体制が組まれ、パオ・シュエリーと交代で24時間撮影の強行スケジュールを完遂したのである。当然ながら、主演のチェン・カンタイはほぼ徹夜という状態が何日も続いたそうだ。
芝居に関してはまだどことなく素人臭さの残るチェン・カンタイだが、そこをカバーするのがクー・フェンにティエン・チン、フェン・イーといったショウ・ブラザーズ作品に欠かせない名脇役たち。さらに、特別ゲストとしてマーの恩人である若きギャングのボス、タン親分を演じているデヴィッド・チャンが、少ない出番ながらもストーリーのカギを握るキーパーソンとしての存在感を示す。やはりそこは「アジアの映画王」と呼ばれたカンフー映画界の二枚目トップスター、もうキラキラ感からして違いますな。また、ロシア人の怪力男として日本でも活躍したイタリア系アメリカ人プロレスラー、マリオ・ミラノが登場。なお、キャストクレジット上のトップビリングは、当時ショウ・ブラザーズの看板女優だったチン・リーなのだが、しかしチャン・チェ作品において女性キャラは常に色添え役。本作も例外ではなく、一応、彼女に見限られたところから主人公マーの運命に暗雲が立ち込める…というストーリー上の役割はあるものの、とはいえ大して深く本筋に絡むこともないまま終わってしまう。
日本では劇場未公開、20年近く前に1度DVDで発売されたきりの本作だが、アメリカとイギリスではショウ・ブラザーズの名作カンフー映画を集めたブルーレイボックス「Shaw Scope: Volume 1」に収録済み。35ミリのオリジナルネガから4K解像度でスキャンしたデジタルマスターを、イタリアのボローニャで丹念に修復したという本編は、完璧とは言えないものの50年以上前の古い香港映画としては十分過ぎるくらいの高画質。特典にはチェン・カンタイやデヴィッド・チャンのインタビューはもちろんのこと、本作で助監督を務めたジョン・ウーのインタビューまで収録。また、お互いを師匠と呼ぶ大親友同士であるチェン・カンタイとクー・フェンの対談も実に微笑ましい。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)※BD-BOX「Shaw Scope: Volume 1」収録
カラー/ワイドスクリーン(2.35:1)/1080p/音声:1.0ch DTS-HD Master Audio/言語:北京語・英語/字幕:英語/地域コード:ALL/時間:134分/発売元:Arrow Films/Celestial Pictures
特典:俳優チェン・カンタイのインタビュー('07年制作・約23分)/俳優デヴィッド・チャンのインタビュー('03年制作・約32分)/ジョン・ウー監督のインタビュー('04年制作・約8分)/俳優クー・フェンとチェン・カンタイの対談('07年制作・約14分)/オープニング別バージョン(2種類)/各国版オリジナル予告編集(4種類)/スチル・ギャラリー(36枚)
by nakachan1045
| 2024-03-17 19:13
| 映画
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