なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「妖雲渦巻」 Drifting (1923)

製作:カール・レムリ
原作戯曲:ジョン・コルトン
脚色:トッド・ブラウニング
A・P・ヤンガー
中間字幕:ガードナー・ブラッドフォード
撮影:ウィリアム・フィルデュー
出演:プリシラ・ディーン
マット・ムーア
ウォーレス・ビアリー
J・ファレル・マクドナルド
ローズ・ディオン
エドナ:ティチェナー
ウィリアム・V・モン
アンナ・メイ・ウォン
ブルース・ゲリン
フランク・ラニング
アメリカ映画/85分/モノクロ・サイレント作品
『魔人ドラキュラ』('31)や『フリークス(怪物團)』('32)でお馴染みの鬼才トッド・ブラウニング監督が、ユニバーサル在籍時代のミューズ、プリシラ・ディーンと組んで撮ったサイレント映画である。ブラウニングといえば「千の仮面を持つ男」ロン・チェイニーとのコンビが有名だが、そのチェイニーと出会う以前からの重要なコラボレーターがプリシラ・ディーンだった。'18年にユニバーサルと専属契約を結んだブラウニングは、同社の看板スターだったプリシラ・ディーンを主演に据えたメロドラマ大作『スタンブールの処女』('20)を発表。これが大ヒットを記録したことから、2人は短期間のうちに次々とコラボレーションを重ねていく。専属監督として他にもイーディス・ロバーツやメアリー・マクラーレンなどユニバーサルのトップ女優たちの主演作を撮ったブラウニングだが、しかし最も相性の良かった相手はディーンだと言われている。
舞台は世界中から一獲千金を求めて山師が集まるアジアの国際都市・上海。主人公キャシー・クック(プリシラ・ディーン)はアヘンの違法売買で稼ぐアメリカ人の密輸業者だ。もともと商売敵だったジュールズ・レピン(ウォーレス・ビアリー)と組んでビジネスを広げようとしたキャシーだったが、しかし芥子の実の産地であるハン・チョウ村から仕入れた大量のアヘンが手元へ届かず、莫大な売り上げを当てにして高級ドレスなどをツケで大量買いしていたキャシーはすっかり困り果ててしまう。
やはり、こんな胡散臭い商売は自分には向いていない。アヘン中毒に苦しむ親友モリー(エドナ・ティチェナー)と一緒にアメリカへ帰りたい。そこで彼女はキャバレーの踊り子たちにドレスを売り払い、その現金を元手に競馬で大儲けして帰国の旅費に充てようと考えるのだが、しかし反対に賭けに負けて大損してしまう。そもそも、アヘンの荷物が届かなかった原因は、ハン・チョウ村に新しくやって来た政府の捜査官と思しき男のせいだと言うではないか。こうなったらハン・チョウ村へ乗り込んでその男の周辺を探り、消えた荷物の行方を探した方が確実だと気付いた彼女は、すぐさまハン・チョウ村へと向かうことにする。
その男とはアーサー・ジャーヴィス隊長(マット・ムーア)。事故で閉鎖した鉱山を再開する準備のために派遣された採掘技師を自称しているが、しかしアヘン・ビジネスの元締めであるドクター・リー(ウィリアム・V・モン)とその右腕チャン・ワン(フランク・ラニング)は政府の秘密捜査官ではないかと疑っていた。実際にその通りで、アーサーの正体はアヘン密売組織の実態を探るために派遣された政府のスパイだ。作家と身分を偽って村に滞在したキャシーは、女の武器を使ってアーサーを魅了。摘発したアヘンの行方を記した政府宛ての報告書を盗み出すことに成功するが、しかし同時に真面目で誠実で正義感の強いアーサーに強く惹かれていく。また、ドクター・リーの15歳になる愛娘で、やはりアーサーに恋焦がれる純情な中国人少女ローズ・リー(アンナ・メイ・ウォン)がキャシーの怪しげな動向を注意深く監視していた。
一方、キャシーの後を追ってきたジュールズは、アーサーに恋をしている彼女をさっさと見限り、ドクター・リーやチャン・ワンと組んで報告書を横取りしようと画策する。しかし事態はなかなか進展せず、業を煮やしたドクター・リーとチャン・ワンは、多額の賄賂と引き換えにアヘン密売を見逃すようアーサーに要求。さもなくば、密売組織のチンピラたちに村を襲撃させると脅迫する。だが、相手は卑怯な脅しに屈するような男じゃない。頑としてドクター・リー一味の要求をはねのけるアーサー。恐れをなして逃げ出そうとする村人たちに共闘を求めた彼は、すぐさま使者を送って政府軍の救援を求めつつ、一致団結してならず者どもを撃退せんと村人たちを率いるのだったが…?
ということで、ヒロインが中国・上海の怪しげな裏社会でアヘンを密売する犯罪者というのだから面白い。それも別に男から無理強いされたり、知らずに巻き込まれてしまったわけじゃない。むしろ裏社会の隅々まで精通し、同業者の男たちとも対等に渡り合い、それが違法行為だと十分に理解して悪事に手を染めている。なおかつ、クライマックスでは男の助けを借りずにひとりでホテルに立て籠もり、村を襲撃するならず者どもを相手に激しい銃撃戦を繰り広げる女傑だ。美人でセクシーで洗練されていて、それでいてタフで勝ち気で意志の強いクールな悪女。しかも根っからの悪人などではなく、親友モリーを救うためなら平気で危ない橋を渡るし、政府捜査官アーサーの誠実さに心動かされて罪を悔い改めたりする。ある意味で真っ直ぐな女性だ。だいたい、アヘン密売だって単に効率の良いビジネスと割り切ってのこと。本当は望ましくない仕事だと思っている。いろいろな意味で非常に現代的というか、今から100年以上前の映画とは思えないような、自立したカッコいいヒロインを描いているのだ。
まあ、アヘンの密売をしながらアヘン中毒の親友モリーを救わんとするキャシーの矛盾には、さすがに少なからず首を傾げざるを得まい。その辺で脚本の詰めの甘さが露呈している。そもそも、本作はキャシーが犯罪に手を染めるに至った背景とか、元商売敵のジュールズと手を組んだ経緯とか、親友モリーとの具体的な関係性とか、物語を理解するうえで重要な諸々のディテール説明があちこちで抜けているため、分かったような分からないようなシチュエーションも結構目立つ。キャシーがなぜキャバレーの2階に住んでいるのか、なぜオーナーのマダム・ポリー・ヴー(ローズ・ディオン)より偉そうに振る舞っているのかもまるっきり不明。もしかすると、ストーリー展開のテンポを重視して説明を省いたのかもしれないが、それにしたって少々不親切が過ぎる。正直なところ、脚本の仕上がりは一長一短といった印象だ。
その代わりと言っては何だが、世紀末的な退廃美を漂わせたトッド・ブラウニング監督のスタイリッシュで流麗な演出は見事である。大勢の人々や車が行き交う大都会・上海の雑踏と喧騒は、それがユニバーサル・スタジオに建てられたオープンセットだとはにわかに信じがたいほどリアルでスケールも壮大。ドクター・リーの屋敷の絢爛豪華な内装や女優陣のゴージャスな衣装を含め、ブラウニング監督らしいエキゾチックな異国情緒と妖しげなエロティシズムにワクワクとさせられる。凝りに凝ったカメラワークも大きな見どころ。当時、ユニバーサルには3種類の制作部門があり、低予算のB級映画は「レッド・フェザー」、一般的なメインストリーム映画は「ブルーバード」、格上の大作映画は「ジュウェル」と、作品ランクによってブランドを使い分けていたのだが、本作はその「ジュウェル」レーベルからのリリースだった。なるほど、確かにお金はかかっていそうである。
そして、主演女優プリシラ・ディーンのなんと魅力的なことか!今でも十分にスターとして通用しそうな洗練された美貌とカリスマ性も然ることながら、気が強くてサバサバとして気風の良いキャシーを颯爽と演じて実に巧い。どうしても感情表現が過剰になりがちなサイレント映画にあって、ちょうどいい塩梅を指向したリアリスティックな芝居に説得力がある。そのビジネスパートナーであるジュールズを演じるのは、後に『チャンプ』('31)でアカデミー主演男優賞に輝く名優ウォーレス・ビアリー。当時は喜劇からシリアスへ転向したばかりの頃だが、いかにも胡散臭くて信用ならない野蛮な男を意外にもスマートに演じていて面白い。さすがはクセモノ俳優。ヒーロー役のマット・ムーア(サイレント初期の二枚目トップスター、オーウェン・ムーアの弟)を完全に食ってしまっている。
さらに、そのヒーローに片想いをする中国娘ローズ・リーを、あのアンナ・メイ・ウォンが演じているのも要注目であろう。当時18歳だったアンナは初主演作『恋の睡蓮』('22)で脚光を浴びたばかり。後にミステリアスで妖艶な中国系毒婦=ドラゴン・レディ女優としてタイプキャストされ、アジア人に対する根強い偏見に悩まされることになるわけだが、本作では珍しく純情可憐な少女役を瑞々しく演じている。その可愛らしいこといったら!これぞまさしく天然美少女。主演のプリシラと並んでも遜色のないスターのオーラを発揮して強烈な印象を残す。また、『フリークス(怪物團)』の女性団長役で知られるヴァンプ女優ローズ・ディオンに、『London After Midnight』('27)のコウモリ女役や『見世物』('27)の蜘蛛女役が有名なエドナ・ティチェナーと、トッド・ブラウニング作品に欠かせない常連女優たちも顔を揃える。
日本でも戦前に輸入され劇場公開された本作。長いこと「失われた作品」と考えられていたが、21世紀に入ってロシアやハンガリーの倉庫からチェコ語版の35ミリ・フィルムが相次いで発見され、'15年にアメリカのジョージ・イーストマン博物館が各々のフィルムから状態の良いパーツを繋ぎ合わせてデジタル修復を敢行している。その最新レストア版を収録したのがアメリカ盤ブルーレイ。クレジットや中間字幕は新たに英語で作り直されている。一部で修復作業の限界も感じられることは否めないが、それでも100年以上も前の映画であることを考えれば十分な高画質と言えよう。なお、同じくトッド・ブラウニング監督、プリシラ・ディーン主演の犯罪ドラマ『ホワイト・タイガー』('23)もカップリング収録されている。
評価(5点満点):★★★☆☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)※『ホワイト・タイガー』とカップリング
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/1080p/音声:2.0ch DTS-HD Master Audio(劇伴のみ)/言語:英語(中間字幕)/地域コード:ALL/時間:85分/発売元:Kino Lorber
特典:フィリップ・カーリによる伴奏音楽/映画史家アンソニー・スライドによる音声解説
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by nakachan1045
| 2024-10-09 12:13
| 映画
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