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なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧


映画/海外ドラマライターの「なかざわひでゆき」による映画&音楽レビュー日記
by なかざわひでゆき
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「すぎ去りし日の…」 Les choses de la vie (1970)

「すぎ去りし日の…」 Les choses de la vie (1970)_f0367483_01033711.jpg
監督:クロード・ソーテ
製作:レイモン・ダノン
   ローラン・ジラール
   ジャン・ボルヴァリー
原作:ポール・ギマール
脚本:ポール・ギマール
   ジャン=ルー・ダバディ
   クロード・ソーテ
台詞:ジャン=ルー・ダバディ
撮影:ジャン・ボフェティ
音楽:フィリップ・サルド
出演:ミシェル・ピッコリ
   ロミー・シュナイダー
   レア・マッサリ
   ジェラール・ラルティゴー
   ジャン・ブイーズ
   ボビー・ラポワント
   エルヴ・サンド
   ジャック・リシャール
   ベティ・ベッケル
   ドミニク・ザルディ
フランス・イタリア・スイス合作/85分/カラー作品




大人向けの恋愛映画で知られるフランス映画の名匠クロード・ソーテの出世作にして代表作である。ジョルジュ・フランジュ監督の傑作ホラー映画『顔のない眼』('59)の脚本家として頭角を現し、『墓場なき野郎ども』('60)に『L'Arme à gauche(左腕の武器)』('65)という2本のフレンチ・ノワール映画を監督して批評家から注目されたものの、しかしどちらの作品も興行的には全く当たらなかったというソーテ監督。すっかり自信を喪失してしまった彼は、もう2度と監督などやらないと固く心に誓い、以降は脚本家の仕事に専念する。知人の若手脚本家ジャン=ルー・ダバディから1冊の脚本が届けられるまでは。

高名な作家にして戯曲家のポール・ギマールの友人だったダバディ。ギマールが自作小説「人生のできごと」の映画化を各映画会社に持ち掛けたものの、しかしどこへ行っても断られたと聞いたダバディは、一肌脱ぐつもりで自身が映画用の脚本として仕上げ、エージェントを通じてめぼしい映画監督たちに脚本のコピーを送ったのだが、やはり同じように全員から断られてしまったという。理由は「話が暗すぎる」「地味で退屈」などなど。要するに映画向きの内容ではないと判断されたのだ。そこでダバディは顔見知りだった先輩脚本家ソーテに相談し、とりあえず脚本に目を通して貰うことにする。指示されたとおりにソーテ監督の自宅へ脚本を届けたダバディ。先にソーテ監督夫人グラツィエッラが読んで気に入り、これは貴方も読んだ方がいいと夫に推薦。ソーテ監督自身もいたく脚本に感銘を受けたそうで、ぜひとも自分の手で映画化したいと監督復帰を決意する。それが、結果的にフランス国内での観客動員数290万人突破という大ヒットを記録した、本作『すぎ去りし日の…』('70)の脚本だったのである。

と同時に本作は、フランス映画史上最高峰と呼ばれる大女優ロミー・シュナイダーの出世作でもあった。もともとドイツ映画界の清純派スターとして脚光を浴び、オーストリア皇后エリザベートの若き日を演じたオーストリア映画『プリンセス・シシー』('55~'57)シリーズでヨーロッパを代表するアイドル女優となったシュナイダーだが、しかしフランスの新人俳優アラン・ドロンとの恋愛スキャンダルで清純派のイメージに傷がついてしまう。ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ボッカチオ'70』('62)やオーソン・ウェルズ監督の『審判』('62)など、世界的な巨匠たちの映画で大人の女優への脱皮に成功するものの、しかしドイツの舞台演出家と略奪婚したのをきっかけに映画界の第一線から遠ざかったシュナイダー。そんな彼女に復帰のチャンスを与えたのが元恋人ドロンだった。ドロン共演のフランス映画『太陽が知っている』('68)でカムバックを果たしたシュナイダーは、同作を試写で見たソーテ監督に起用されて本作にも主演。これが先述したような大成功を収めたことから、フランス映画界におけるトップスターの地位を確立したというわけだ。

とある田舎道の交差点に大勢の人だかりができている。近くには大破した自動車アルファロメオ・ジュリエッタが。そう、交通事故が起きたのである。時間は少し前まで遡る。パリからレンヌへと車で向かっていた建築家ピエール(ミシェル・ピッコリ)は、その途中の交差点で立ち往生した農家の軽トラックと、反対車線の向こうから突進してきた大型トラックを避けようとしてハンドルを切ったところ、道路から外れて車はグルグルと大きく転倒。運転していたピエールは外へ投げ飛ばされ、最終的に車はリンゴの木に激突してペシャンコとなったのである。朦朧とする意識の中、これまでの記憶が走馬灯のようにピエールの脳裏を駆け巡る。映画はその記憶の断片を自在に行き来することで、これまでの経緯を丹念に振り返っていく。

有能なベテラン建築家ピエールは、仕事上のパートナーでもある妻カトリーヌ(レア・マッサリ)と別居し、恋人であるジャーナリストのエレーヌ(ロミー・シュナイダー)とパリの高級アパートで同棲している。といっても、妻との関係は極めて良好。彼女は彼女で、ピエールの友人ポールと付き合っている。お互いに束縛されない自由な夫婦だ。そんな両親を19歳の息子ベルトラン(ジェラール・ラルティゴー)も普通に受け入れている。いつもつるんでいるのは、子供の頃からの大親友フランソワ(ジャン・ブイーズ)。今でも毎日のように会っては、ランチを食べたり飲みに行ったりしている。頭痛のタネなのは72歳になる自身の父親(アンリ・ナシエ)。浮気性で家庭を顧みなかった父親は息子ピエールにも無関心だったが、しかし年を取ってからはたびたび息子の元へ顔を出すようになった。お金を無心するために。呆れるピエールだったが、しかしそれでも実の父親、無下にはできない。

ピエールにはチュニスでの仕事のオファーが来ていた。3年間の契約である。エレーヌは自分も一緒に向こうへ行って、2人だけの新生活を始めるつもりだったが、しかし肝心のピエールが何かと理由をつけては契約書へのサインを先延ばしにする。住み慣れたパリの街や家族・友人と離れて暮らす勇気がなかったのである。不満を募らせるエレーヌだったが、しかし無理強いすることも出来ない。彼の決心が固まるまで根気よく説得を続けるつもりだった。ところが、そんなある日ピエールは息子ベルトランに、リゾート地ドレ島で夏のバカンスを一緒に過ごす約束をする。ドレ島にはピエールとカトリーヌの所有する別荘があり、以前は毎年夏に家族そろってバカンスを過ごしていたのだ。

これにエレーヌが激怒する。自分とのチュニス行きは躊躇するくせに、息子とのドレ島行きはあっさり即決するのか。貴方にとって私は何なの?自分が粗末にされていると感じて深く傷つくエレーヌ。結局のところ、今の状態が居心地良すぎて決断できないピエール。仕事のためレンヌへ向かったピエールは、その途中に寄ったカフェでエレーヌに別れの手紙をしたためるも、しかし郵便局で出す直前に気が変わる。いや、やはり自分はエレーヌを心の底から愛している。妻と離婚して彼女と結婚しよう。一度決意すると心は軽い。あいにく留守だったエレーヌに、レンヌで落ち合おうと電話でメッセージを残し、意気揚々と車を走らせるピエールだったが、そこで事故が起きてしまう…。

なるほど、確かにストーリー自体は極めて通俗的である。別居中とはいえ良好な関係の愛する妻子がいて、なおかつ若くて聡明で美しい恋人までいて、まさに両手に花の状態であるモテモテの中年男ピエールが、妻カトリーヌと恋人エレーヌのどちらを取るのか決めかねているうち悲運に見舞われてしまう。実にベタ!英語で言うところのCheesy!一歩間違えると凡庸なメロドラマになりかねない話だが、しかしそうならなかったのは細部のディテール描写に徹底してこだわり、時間軸を自由自在に行き来しながら、平凡な人々が過ごす平凡な日常のひとコマひとコマを丹念に紡いでいく語り口のおかげであろう。ソーテ監督自身も、このノンリニア・スタイルの筋立てにいたく感心し、自らの手で映像化してみたいと望むに至ったらしい。

フランス語タイトルは原作と同じ『Les choses de la vie(人生のできごと)」。そこに描かれる男女の恋愛関係は一見したところ特殊なように見えるが、しかしその日常風景は極めて平凡である。ありきたりな人生のありきたりな出来事。しかも、その多くにソーテ監督自身も心当たりがあったという。例えば、主人公ピエールと年老いた父親の関係。ソーテ監督自身も同じように、実の父親とは複雑な間柄だった。浮気性だった父親はソーテの少年時代に家族を捨て、残された母親は4人の子供を女手ひとつで育てた。父親を恨んだソーテ監督だが、しかし血は争えないもの。一応、形式上は妻グラツィエラと添い遂げた彼は、しかし恋多き男ゆえの不倫経験も少なくなかった。ある意味、ピエールは彼の分身。だいたい人生は綺麗ごとばかりじゃないし、人の心だって決して単純ではない。生きていればいろいろなことがある。一筋縄ではいかないのもまた人生。だからこそ、平凡な毎日の中で見つけたささやかな幸せがいかに大切か。交通事故の悲運に見舞われた主人公の臨死体験的なフラッシュバックが、ありきたりな人生のかけがえのなさを際立たせる。

きめ細やかで繊細なソーテ監督の演出を力強くサポートするのが、これを機にソーテ作品の常連組となる作曲家フィリップ・サルドによる、美しくも抒情的なメロディの音楽スコア。これがもう素晴らしいのなんのって!このスコアがあるのとないのとでは、作品自体の印象もガラリと変わっていたはずだ。むしろサルドの音楽がなければ、これほど心に染みわたるような映画にはなっていなかっただろう。本作ではそれくらい重要な役割を音楽が担っている。もはやピエールやエレーヌと並ぶ第3の主人公だ。幾度となくCD復刻もされているサントラ盤アルバムは、全ての映画音楽ファン必聴の大傑作。本編では使用されなかった、ロミー・シュナイダーとミシェル・ピッコリによるヴォーカル・ヴァージョンも鳥肌モノである。

また、劇場公開当時に話題となったのは複数のカメラを使ってスローモーションで多角的に捉えた凄惨な交通事故シーンだ。主人公を乗せたままグルグルと横転する自動車の内部を、クロースアップショットで捉えた映像などは今でこそ珍しくないが、しかし50年以上前の撮影技術では至難の業であったろうことは想像に難くない。事故シーンは一気にまとめて撮影するのではなく、急ブレーキを踏んでからリンゴの木へ激突するまでの流れを予め細かく想定し、それを複数のパーツに分けてバラバラに撮影することに。全てを撮り終えるまでに3週間を要すると考えられた。その間、ロケ地の道路を完全封鎖せねばならないのだが、しかし現実的にそんなことは不可能であるため、何もない田舎の空き地にタールを使って自前の道路を舗装したという。さらに、車が横転しやすいよう交差点の脇に盛土をし、転倒する距離を計算しながら周辺にリンゴの木を植えた。そう、つまり劇中に出てくる交通事故現場の道路は、その周囲を含めて全て撮影用に作られたセットだったのだ。

先述した通り、本作の記録的な大ヒットでフランス映画界での地位を確固たるものとした主演のロミー・シュナイダー。もうね、輝きまくりですよ。この頃の美しさは神がかっているとしか言いようがない。しかも、しっとりとした大人の女性の優雅で落ち着いた佇まい。存在そのものがエレガントの極致である。ただし、彼女はファースト・チョイスではなかった。当時のソーテ監督は脚本家としての実績はあったものの、映画監督としては無名に等しかったため、エレーヌ役をオファーした有名女優たちからはことごとく断られたのだそうだ。そんな折、シュナイダーの復帰作『太陽が知っている』を試写で見たソーテ監督が、ダメもとで出演を打診したところ引き受けてくれたのだという。これをきっかけに、ソーテ監督とシュナイダーは通算5本の映画でコンビを組むことになる。

ソーテ作品の常連組となったのはピエール役のミシェル・ピッコリも同様。シュナイダーと再共演した次回作『マックスとリリー』('71)や『友情』('74)など合計で4本のクロード・ソーテ作品に出演したほか、『夕なぎ』('72)ではナレーションを担当している。アクの強い個性的なタイプの役者ゆえ、残念ながら日本ではあまり人気がなかったりするものの、しかし一見したところコワモテな中年男性のナイーブで弱いところ、優柔不断でズルいところを演じて実に巧い。泥臭いというか人間臭いのだよね。夫ピエールと対等に渡り合う聡明で自立した妻カトリーヌを演じるレア・マッサリもステキ!こういう知的な大人の女性を演じると本当にサマになるのですよ。なお、立ち往生した軽トラックを運転する農夫役のボビー・ラポンテは、俳優ではなくシャンソンのシンガーソングライター。トリュフォーの『ピアニストを撃て』('60)にも出ていた。ソーテ監督は芝居っぽい芝居をする役者が大嫌いだったそうで、彼のように素人だからこそナチュラルな芝居ができる素人をあえて脇役に起用することも多かった。

日本でもすでにブルーレイ化されている本作だが、筆者は『夕なぎ』とカップリングされた米盤2枚組ブルーレイを所有。日本盤は特典一切なしだったが、こちらの米盤には脚本家のジャン=ルー・ダバディや撮影監督のジャン・ボフェティ、作曲家フィリップ・サルドなどのインタビューで構成されたメイキング・ドキュメンタリーが収録されている。

評価(5点満点):★★★★☆


参考ブルーレイ情報(アメリカ盤2枚組)※『夕なぎ』とカップリング
カラー/ワイドスクリーン(1.86:1)/1080p/音声:2.0ch リニアPCM/言語:フランス語/字幕:英語/地域コード:A/時間:85分/発売元:Film Movement/Studiocanal
特典:メイキング・ドキュメンタリー「Symphonie Metallique: Claude Sautet au croisement Les chose de la vie」('08年制作・約48分)



by nakachan1045 | 2025-09-21 00:27 | 映画 | Comments(0)

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