なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「乱暴者」 El Bruto (1952)

製作:セルヒオ・コーガン
脚本:ルイス・ブニュエル
ルイス・アルコリサ
撮影:アグスティン・ヒネメス
美術:グンター・ゲルソ
音楽:ラウル・ラヴィスタ
出演:ペドロ・アルメンダリス
カティ・フラドー
ロジータ・アレナス
アンドレス・ソレル
ベアトリス・ラモス
パコ・マルティネス
ロベルト・メイェル
グロリア・メストレ
パス・ヴィレガス
メキシコ映画/81分/モノクロ作品
巨匠ルイス・ブニュエルがメキシコ時代に残した作品のひとつである。25歳の時に移住したフランスのパリで映画や演劇に関わるようになり、同じスペイン出身の芸術家サルバドール・ダリと共同で撮ったシュールレアリズム映画の傑作『アンダルシアの犬』('28)で脚光を浴びたブニュエル。スペイン内戦が勃発すると左派である共和国側のプロパガンダ活動に携わるものの、しかしその一環で渡米していた際にファシスト側の勝利で内戦が終結したため、そのままアメリカへ留まることになる。帰国すれば命の危険があったからだ。
やがてハリウッドで様々な仕事をするようになったブニュエルは、ファシストに虐殺された盟友フェデリコ・ガルシア・ロルカの戯曲「ベルナルダ・アルバの家」を映画化するため'46年にヨーロッパへ戻ることにするも、しかし諸事情から中継地であるメキシコ・シティで立ち往生を食らってしまい、その際にメキシコ在住の映画プロデューサー、オスカル・タンジヘルスから同地で映画を撮らないかと誘われる。当時のメキシコ映画界は黄金時代の真っ只中。映画は国内で3番目の巨大産業へと成長し、撮りたい映画を好きなだけ撮るチャンスがあった。ロルカの企画が著作権問題で暗礁に乗り上げたこともあり、ブニュエルはそのままメキシコへ残ってタンジヘルスのもとで映画を撮ることにしたのである。
コメディ映画『のんき大将』('49)が大変な評判となったブニュエルは、さらに貧困層の子供たちが直面する過酷な日常を描いた社会派ドラマ『忘れられた人々』('50)でカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞。メキシコ映画界を代表する巨匠として大活躍することになる。コメディから冒険活劇、メロドラマから不条理劇まで、多彩なジャンルの映画を撮ったメキシコ時代のブニュエルだが、本作『乱暴者』('53)ではハードボイルドなフィルム・ノワールに挑戦。『忘れられた人々』や『スサーナ』('51)、『エル』('53)などの名作に比べると知名度は低いものの、しかしメキシコの深刻な貧困問題を背景にした愛と欲望と犯罪の物語には、冷徹なリアリズムと激しい情念がグルグルと渦を巻いて圧倒的なインパクトがある。メキシコ版オスカーのアリエル賞では撮影賞など3部門にノミネートされ、そのうちカティ・フラドーが助演女優賞を獲得。隠れた名作と言えよう。
メキシコ・シティの貧困地区ポルタレスに建つ朽ちかけた集合住宅へ、土地の所有者である大地主カブレラ氏(アンドレス・ソレル)が顧問弁護士やボディガードを引き連れて押しかける。老朽化した集合住宅の立て壊しが決まったので、住民は近日中に出ていけ!さもないと多額の損害賠償金を請求するぞ!というのだ。建物の老朽化はあくまでも建前で、本当は親子ほど年の離れた美人で若い嫁パロマ(カティ・フラドー)のために新しく屋敷を建てるつもりだったカブレラ氏。当然ながら、住民たちは黙っちゃいない。近頃はどこも家賃が高騰しており、その日暮らしの貧しい住民たちはおいそれと引っ越しなど出来ない。いったいどこへ行けというのだ?我々を路頭に迷わせるつもりか!と抗議する住民たちだが、しかしカブレラ氏は「そんなこと私の知ったことじゃない!」「君たちこそ私の土地に居座って私に損をさせるつもりか!」と言って聞く耳を持たない。しかし、その横柄な態度がますます住民たちの怒りを買い、カブレラ氏たちは半ば強引に追い返されてしまう。
なんて野蛮な連中なんだ!図々しいにもほどがある!特に、あのカルメロ(ロベルト・メイェル)とかいう男をはじめとする、4人のリーダー格は邪魔だ!なんとかせねばならんな!自身の経営する肉屋に立ち寄って、店を切り盛りする若妻パロマに愚痴をこぼすカブレラ氏。すると、だったら用心棒でも雇ってその4人を潰しちゃえばいいじゃない?とパロマが言い出す。なるほど、その手があったか!カブレラ氏には心当たりがあった。同じく自身の経営する精肉工場で働く貧しい青年ペドロ(ペドロ・アルメンダリス)である。大柄で屈強な体格と喧嘩っ早い性格から「乱暴者」と呼ばれるペドロなら、ポルタレスの住民たちを脅して追い払うには適役であろうと考えたのだ。
そこでカブレラ氏はペドロを自宅の納屋に住まわせ、ポルタレスの貧民どもに迷惑している、あいつらは恩を仇で返す卑怯者だ!と自分に都合の良い嘘をつき、4人のリーダーを叩きのめして欲しいと懇願するカブレラ氏。すると、単細胞で頭の良くないペドロは簡単に騙されてしまう。そもそも、彼の亡くなった母親はカブレラ氏の元メイドで、ペドロも幼少期からカブレラ氏の世話になってきたという恩があった。それに、ペドロ自身も子連れで転がり込んできた恋人マリアや寝たきりの彼女の老母、怪我で脚が不自由になって働けない彼女の叔父などをひとりで養っており、常日頃から図々しい貧民たちの食い物にされているとの不満を抱いていたため、おのずとカブレラ氏の語る境遇に共感してしまったのである。
言われたとおりに工場を辞めてカブレラ氏の自宅に身を隠し、ポルタレスの住民たちを脅す機会を狙うペドロ。そんな彼にパロマが色目を使う。財産目当てで年の離れたカブレラ氏と愛のない結婚をしたパロマ。それゆえ夫との夜の営みを拒み続けてきた彼女だが、とはいえまだまだ若い女性である。精力の有り余った青年ペドロの存在は、おのずと彼女の積もり積もった性的な欲求不満を大いに刺激し、そんな彼女の動物的な誘惑とグラマラスな肉体に単細胞なペドロはイチコロ。たちまち2人は不倫関係となる。そして、いよいよ立ち退き工作に動き出すペドロ。あくまでも脅すだけのつもりだった彼は、帰宅途中のカルメロを襲ってパンチを一発食らわせて立ち去るが、しかし運悪く持病を拗らせていたカルメロはそのショックで死亡してしまう。
これはマズいことになった。慌てたカブレラ氏はペドロを潜伏させようとするも、目撃証言から身元を割り出したポルタレスの住民たちが復讐のためペドロを襲撃する。追い詰められたペドロは集合住宅の一室へ逃げ込み、そこに住む若い女性メチェ(ロジータ・アレナス)の世話になる。美しくも清らかで心優しいメチェに一目惚れし、天涯孤独な彼女の力になりたいと願うペドロ。ところが、このメチェこそ他でもない、ペドロが誤って殺してしまったカルメロのひとり娘だった。その事実を知って後ろめたさを覚え、なおかつ自分がカブレラ氏に騙されていたことにも気付いたペドロだが、それでもなお何も知らない彼女との距離を縮めようとする。だが、そんな2人の関係を知って嫉妬に狂ったパロマが、「ペドロはあたしだけのモノ!手出しをする奴は絶対に許さない!だいたい、あんなションベン臭い小娘のどこがいいのよ!あたしのモノにならないなら殺してやる!2人とも死んでしまえ!」とばかりに憎悪と執念を暴走させ、やがて事態は思いがけない方向へと展開していく…!
1940年代に社会保障の整備がようやく始まったというメキシコ。しかし当時はまだ国家公務員と軍人、そして基幹産業従事者のみが対象だったそうで、国民の多くがセーフティネットのない状況に置かれていたという。言うなれば、福祉の概念が極めて希薄な自己責任社会である。なので、怪我や病気や老齢で働けなくなったら一巻のオシマイ。恥を忍んででも稼げる身内を頼らないことには、それこそ住む場所を失い飢え死にすることとなる。子連れでペドロの家へ転がり込んだ恋人マリアが、どれだけペドロから冷たくあしらわれても決して別れようとしないのも、そんなマリアの年老いた母親や障碍者の叔父さんまでもがペドロの稼ぎにたかろうとするのも、そしていよいよマリアがペドロに対して愛想を尽かしても周囲が「ダメダメ!家族のためにも絶対に別れちゃだめだ!」と止めようとするのもそれが理由である。
しかも、貧富の差が激しいため労働者の賃金など雀の涙ほどのもの。それゆえ、とてもじゃないがペドロひとりではマリアの家族全員まで養いきれないし、ポルタレス地区の住民たちだって出て行けと言われても出て行きようがないのである。近頃の日本では「国が貧しくなったのだから社会保障費も削るべき!」という意見が少なからず見受けられるが、しかし国が貧しくなったということは当然ながら貧しい国民も増えるわけで、むしろ社会保障を手厚くしなければ本作で描かれるような惨状を招きかねないだろう。
そうした当時のメキシコ社会の過酷な世相を背景に描かれるのは、己の利益のことばかりで弱者のことなど鼻にもかけず威張り散らす尊大な金持ちの老人カブレラ氏と、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れんとばかり財産目的で金持ちの老人と結婚した強欲な若い美人妻パロマ、そして単細胞ゆえ金持ちの老人の口車に乗せられ自分と同じ弱者を虐めてしまう愚かなマッチョ青年ペドロのドロドロとした醜悪な三角関係である。年甲斐もなく親子ほど年齢の離れた若妻に入れ込むカブレラ氏、愛のない結婚で満たされない性欲をペドロに向けるパロマ、そして悪女パロマとの肉欲に溺れながら聖女メチェに恋焦がれてしまうペドロ。いずれの愛も決して報われないし、そもそもそれが愛なのかすら怪しい。
まさに欲望と利害だけで繋がった3人。社会が貧しければ人心も貧しくなる。そんな殺伐とした人間関係がやがて破綻し、お互いの殺し合いへと発展していく様を、ブニュエルはダークでどことなく幻想的な、いわばフィルムノワール的なリアリズムを駆使して描いていく。そういえば、カブレラ氏とペドロの相関関係がまるでフランケンシュタイン博士と怪物のようであり、なおかつ最後に待ち受ける破滅的な末路も映画『フランケンシュタイン』('31)のクライマックスを彷彿とさせるのは興味深いところ。もちろん、ユニバーサル・ホラーもフィルムノワールも、どちらも同じくドイツ表現主義をルーツとしていることを考えると何ら不思議ではないのだが。
主人公ペドロ役にはジョン・フォード監督の『アパッチ砦』('48)や『三人の名付親』('48)でもお馴染みのペドロ・アルメンダリス、悪女パロマ役には『真昼の決闘』('52)や『折れた槍』('54)で名高いカティ・フラドーと、どちらもハリウッドの西部劇映画で活躍したメキシコ人スター同士の顔合せ。中でも、己の欲望に忠実で執念深いパロマの大暴走を、鬼気迫るような迫力で演じたフラドーは圧巻である。貧しくも清らかで誇り高い娘メチェを演じたロジータ・アレナスは、メキシコ映画黄金時代を代表するトップ女優のひとり。なんと、92歳になる現在もご存命らしい。また、アリエル賞の助演男優賞に4度輝く名わき役アンドレス・ソレルが金持ちのカブレラ氏役。どこからどう見ても初老のお爺さんだが、実のところ撮影当時はまだ54歳だった。いやはや、昔の人は老けて見えるもんですな。
日本では長いこと未公開だったものの、1987年になってようやく劇場公開された本作。ちょうど当時はバブル期。経済的に豊かとなった日本では、折からのミニシアター・ブームも手伝って、古今東西の名作映画が世界中から一斉に集まって来た。文化的にも豊かな時代だったと言えよう。'09年には紀伊國屋書店から正規版DVDもリリース。それ以前に出た日本盤DVDは非正規の海賊盤である。一方、アメリカでは'20年にクラシック映画専門レーベル、VCI Entertainmentからブルーレイが発売済み。本編はメキシコで制作された4Kレストア版を使用しているとのことで、なるほど確かに全体的に画質はかなり良いのだが、しかし工場プレスではなくBD-Rに焼いてあるためなのか、残念ながら一部に僅かなブロックノイズが見受けられる。特典映像も一切なし。あまりお勧めできる商品とは言えないだろう。
評価(5点満点):★★★★☆
参考ブルーレイ情報(アメリカ盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.37:1)/1080p/音声:2.0ch DTS-HD Master Audio/言語:スペイン語/字幕:英語/地域コード:ALL/時間:81分/発売元:VCI Entertainment/MVD Visual
特典:なし
by nakachan1045
| 2025-11-11 06:53
| 映画
|
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