なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「女醫絹代先生」 (1937)

原作:野村浩将
脚本:池田忠雄
撮影:高橋通夫
編集:高橋通夫
衣装:林栄吉
作曲:万城目正
出演:田中絹代
佐分利信
坂本武
東山光子
吉川滿子
島田富美子
水島亮太郎
谷麗光
大山健二
磯野秋雄
小林十九二
日本映画/91分/モノクロ作品


主人公は共に医者を目指す医学生の山岡絹代(田中絹代)と浅野安夫(佐分利信)。お互いに近所で生まれ育った幼馴染なのだが、しかし漢方医の山岡家と外科医の浅野家は親の代から犬猿の仲。絹代の父親・山岡鉄斎(坂本武)と安夫の亡父はライバル同士で、かつては患者を奪い合って熾烈な争いを繰り広げたが、しかし時代遅れの漢方医である山岡家は患者が激減して閑古鳥が鳴き、一方の浅野家も安夫の父親が過労死して診療所を閉鎖する事態に。今では両家共にすっかり没落してしまった。それだけに、絹代と安夫それぞれの肩には「実家の復興」という大きな責任がのしかかっており、それゆえ2人ともお互いを密かに異性として意識しながらも強く対立しあっていたのである。

それから1年後。めでたく医者となった絹代は、実家を改装して内科・小児科の個人医院を開業。連日外来患者でごった返す大盛況ぶりだったが、しかしその大半が男性患者ばかりだった。彼らのお目当ては評判の美人女医・絹代先生に一目でも会うこと。そのためにあれこれと仮病を使っては来院し、結婚適齢期の絹代先生を口説き落とそうとする。目の色を変えた男性患者たちの露骨なセクハラ攻撃にウンザリの絹代だが、しかし念願の開業医になったうえ医院の経営は絶好調。父親も娘から小遣いを貰って大喜びだ。不満を言っては罰が当たる。そんな絹代の成功を苦々しく感じているのが安夫だ。外科医としての実績を積むために大きな総合病院へ就職したはいいが、学生時代からの親友・小山(大山健二)と共に病院では不遇の扱い。若手医師にはろくな患者が回ってこない。早く稼げるようになって、苦労ばかりかけている母親・よね(吉川滿子)や中学生の妹・とし子(島田富美子)に楽をさせてやりたかった。

そんなある日、絹代は学生時代からの親友で個人医院の副院長を任せている神田和子(東山光子)を連れて、愛車のオープンカーに乗ってショッピングへ出かけるのだが、その途中で運悪くタイヤがパンクしてしまう。女2人で重労働のタイヤ交換に悪戦苦闘していると、そこへ通りかかったのが安夫と小山。無視して通り過ぎようとした安夫だったが、しかし見るに見かねてタイヤ交換を手伝ってあげる。明らかにお互いに好意を抱いている絹代と安夫。そんな2人の様子をひと目見てピンときた和子は、親友のために一肌脱ごうと絹代の父親・鉄斎に掛け合って2人をくっつけようと画策するのだが、しかし相談を受けた鉄斎は困り果てる。もちろん、浅野家とは犬猿の仲だからという理由もあるのだが、加えて以前より絹代にしつこく言い寄っている近所のボンボン、前田総一郎(谷麗光)からキューピッド役を頼まれていたからだ。総一郎の父親・前田総八(水島亮太郎)は地元の名士である大富豪。絹代さんと結婚した暁には大豪邸を建てて、お父さんにも専用の豪華な部屋を用意しますよ!と言われて、すっかりその気になっていたのだ。

とはいえ、やはり娘本人の幸せを願うのが誠の親心というもの。かくして和子に尻を叩かれ、浅野家へ出向いて未亡人よねと対峙した鉄斎は、過去を水に流して若い2人を一緒にさせてやれないものかと持ち掛けるも、しかし頑固なよねに突っぱねられてしまう。ガックリと肩を落として帰路に就く鉄斎。その晩、母親から一部始終を聞いた安夫は、「あんな生意気な女に興味なんかありませんよ」と弁明しつつも喜びの表情を浮かべる。ところがある日、前田家に呼ばれて当主・総八の診察を頼まれた安夫は、たまたま居合わせた前田家の主治医・絹代の診療にケチをつけ、そのせいで絹代のプライドをズタズタに傷つけてしまう。好きな相手からバカにされて意気消沈する絹代。そんな彼女を元気づけようとスキー休暇へ誘った和子。スキー温泉地で羽を伸ばす絹代たちだったが、偶然にも同じ旅館に安夫も学生時代の仲間らと宿泊していた。そこへ入った一本の電報をきっかけに、反発しすれ違う若い2人の距離が急速に縮まっていく…。

いやあ、アカデミー賞主要5部門に輝くフランク・キャプラの傑作『或る夜の出来事』('34)からの影響は明らかですな。少なくとも参考にしているであろうことは間違いない。お互いに水と油の犬猿の仲でありながら、実は密かに相手を意識している意地っ張りの強気な若い男女が、なんだかんだと対立しながらも徐々に恋へ落ちていく。まさに『或る夜の出来事』のクローデット・コルベールとクラーク・ゲーブルの如し。松竹の採用した土橋式トーキーシステムには問題が多かったこともあって、残念ながら同時代のハリウッド映画に比べると技術的に未熟な点が多々見受けられることは否めないが、しかし都会的で洗練された野村浩将監督の演出はまことに軽妙洒脱!台詞に頼らない映像表現にも遊び心がある。戦前の小津安二郎作品に欠かせない脚本家だった池田忠雄による、小気味良くてちょっとばかり毒っけの効いたセリフも面白い。男と対等に渡り合える強くて賢くて自立した女性たちの描き方なんか、恐らく当時の日本映画としてはかなり進歩的。やはりそこには、松竹映画ならではのリベラリズムが息づいていると言えよう。

もちろん、随所に描写される昭和初期の市民風俗も興味深い。田中絹代や東山光子のモダンでハイカラな職業婦人ファッション、絹代先生の乗り回す国産のお洒落な小型自動車(提供はダットサン)、機能性よりもデザイン性が重視された優雅なスキーウェアなどなど、今から90年近く前の最先端トレンドを今に伝えてくれる。絹代先生を目当てに仮病を使ってやって来る若い男性たちの下着が、今でいうところのジジシャツだったりするのもニンマリ。昔はあれが流行りだったのでしょうな。腹に虫が湧いてるのね、虫下しを出しておけばいいわ、なんてセリフにも時代を感じる。虫下しとは駆虫薬のこと。今では殆どなくなってしまったが、戦前の日本において寄生虫は国民病のひとつ。日本人の7~8割が腹にサナダムシなどの寄生虫を飼っていたのだ。

そんな本作の最大の見どころは、間違いなく田中絹代である。当時28歳だった田中絹代の、なんとチャーミングで可愛らしいことか!頭が良くて男勝りでサバサバとしていて、それでいて恋愛になるとシャイで奥ゆかしいところのある現代女性を、生き生きと伸びやかに演じて実に魅力的だ。野村浩将監督とは翌年に『愛染かつら』('38)でもコンビを組み、同作の大ヒットで押しも押されぬトップスターへと上り詰めることになる。一方の佐分利信は不器用で朴訥とした男らしいインテリ青年という、当時の彼が得意とした役柄をそつなくこなしており、ここでは田中絹代のサポート役に徹しているという印象。脇役では飄々としたお調子者の絹代先生の父親・鉄斎役の坂本武、頑固で口うるさい安夫の母親よね役の吉川滿子が印象深い。どちらも戦前の小津安二郎作品に欠かせない名バイプレイヤーだ。また、野村浩将監督がヒットさせた「与太者トリオ」シリーズで人気者となった磯部秋雄が、前田家に居候している書生役として顔を出しており、独特のとぼけた味わいで少ない出番ながらも場をさらっていく。

評価(5点満点):★★★☆☆
参考DVD情報(日本盤)
モノクロ/スタンダードサイズ(1.33:1)/音声:2.0ch Dolby Digital/言語:日本語/字幕:なし/地域コード:2/時間:91分/発売元:コアラブックス/松竹株式会社
特典:なし
by nakachan1045
| 2026-01-25 21:51
| 映画
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