なかざわひでゆき の毎日が映画&音楽三昧
「娘・妻・母」 Daughters, Wives and a Mother (1960)

製作:藤本真澄
脚本:井手俊郎
松山善三
撮影:安本淳
音楽:斎藤一郎
出演:原節子
高峰秀子
三益愛子
森雅之
宝田明
小泉博
仲代達矢
団令子
草笛光子
淡路恵子
加東大介
上原謙
杉村春子
太刀川寛
中北千枝子
笠智衆
加代キミ子
塩沢とき
笹森礼子
日本映画/122分/カラー作品


主人公は東京の山の手に暮らす坂西家の面々。かつては羽振りの良かった坂西家だが、しかし亡き父親が金銭に無頓着だったこともあり、今や財産と呼べるものは家と土地だけしか残されていない。広い邸宅に住んでいるのは、還暦間近の母親・あき(三益愛子)と大手企業の部長を務めるエリート・サラリーマンの長男・勇一郎(森雅之)、その妻で専業主婦の和子(高峰秀子)、勇一郎と和子のひとり息子で育ち盛りの義郎、そして酒造会社に勤務する末っ子の三女・春子(団令子)の5人だ。落ちぶれたとはいえ、大黒柱の勇一郎はそれなりに稼いでおり、住み込みのお手伝いさんまで雇っている。恵まれた中流家庭と呼んでよかろう。

そんな坂西家の独立して出て行った子供は3人。美人と評判の2番目の長女・早苗(原節子)は日本橋の旧家に嫁いだものの、仕来りや格式を重んじる家柄ゆえに家庭内は居心地が悪く、そのうえ番頭や女中などのベテラン使用人たちが新参者の嫁をバカにするため、息苦しくなった早苗はたびたび実家へ戻ってきていた。3番目の次女・薫(草笛光子)は平凡な中学教師の夫・谷英隆(小泉博)と結婚し、自身も幼稚園の保母として働き続けているのだが、しかし同居する過干渉な義母・加代(杉村春子)とは折り合いが悪い。4番目の次男・礼二(宝田明)は趣味の写真が高じてプロの写真家となり、ビルの2階を借りて写真館を経営している。最近では企業の広告写真も手掛けるような売れっ子だ。しかも、年上の妻・美枝(淡路恵子)がビルの1階で経営しているフランス風の洒落たカフェも繁盛しており、夫婦揃ってなかなか羽振りは良い。おかげで新築の高級マンションも手に入れた。ただし、二枚目でプレイボーイの礼二は女癖が悪く、そのせいで年に1回は盛大な夫婦喧嘩を繰り広げている。

ある日、経営する会社の慰安旅行へ出かけていた早苗の夫が、帰りの長距離バスで交通事故に巻き込まれて帰らぬ人となってしまう。子供もいないことから実家へ返されることとなった早苗。つくづく結婚には懲りてしまった。だから再婚するつもりなどないという早苗だが、しかし仕事を探すといっても、今まで一度も働いたことがない旧家の元奥様である。これから女ひとりで生きていけるのだろうか。心配する母親のあきだったが、早苗には夫の死亡保険として保険会社から100万円が支払われおり、少なくとも当面は金銭的に困る心配はなかった。すると、早苗に財産があると知った勇一郎が50万円を貸してくれないかと申し出る。というのも、密かに家を抵当に入れて妻・和子の叔父・鉄本(加東大介)が経営する町工場に多額の投資をしていた勇一郎。一時はかなりの金額の利息を支払ってもらっていたのだが、しかし近頃はそれもだいぶ少なってしまい、工場の建て替えのため追加で投資して欲しいという鉄本からの頼みを断っていたのだ。

しかしながら、相手は両親に先立たれた和子にとって育ての親。勇一郎としても心苦しかった。そこで、妹の早苗から50万円を借りて追加投資に回そうと考えたのである。利息はちゃんと払うからと勇一郎に押し切られ、温和で口下手な早苗はついつい承知してしまう。さらに、やはり早苗が金を持っていると知った薫も、20万円貸して欲しいと相談する。夫の実家を出てアパートを借りて、夫婦水入らずで暮らしたいというのだ。これまた断り切れずに承知してしまう早苗。ただし、そうと知った義母・加代が怒って家を出て行ってしまい、老人ホームの世話になると言い出す。学校教師の夫が家から母親を追い出したなどと知られたら、さすがに世間体が悪い。そのため、アパートを借りる話は結果的に立ち消えとなる。

それは家族揃って母親・あきの還暦を祝って暫くしてからのこと。突然、鉄本と連絡が取れなくなったことを心配した勇一郎は、すでに町工場が倒産していたことを知って愕然とする。残されたのは多額の借金のみ。もはや抵当に入れていた家を売り払うしか方策がない。揉めに揉めた家族会議。最大の懸念材料は母親・あきの面倒を誰が見るかである。それぞれに理由をつけて嫌がる子供たち。あまりに薄情な兄や弟・妹たちの言い分に腹を立てた長女・早苗は、ある重大な決断をする。妹・春子の会社に勤める年下の青年・黒木(仲代達矢)と惹かれあっていた早苗だが、そちらを諦めて以前より親友・戸塚菊(中北千枝子)に紹介された京都の裕福な名門一族当主・五条(上原謙)と再婚し、母親を連れて京都へ移り住もうと考えたのである…。

本作が劇場公開された1960年=昭和35年といえば、池田勇人首相の推進する国民所得倍増計画が年末に発表され、日本がいよいよ本格的に高度経済成長の時代へと突入した時期。劇中では山の手の恵まれた中流家庭の主婦がいまだ洗濯板で洗濯をしていたり、旧家の奥様だった長女・早苗ですら初めて見る電気掃除機に目を輝かせるなど、庶民の生活はまだまだ質素で貧しかったものの、それでも日常の特別な場面でポートワインだの輸入石鹸だの高級洋菓子だのを買い求める余裕もあり、日本でも既に資本主義型の消費社会が到来していたことを伺わせる。一億総中流へ向けて日本国民全体が豊かさを追求し始めた時代。要するに「金がものをいう時代」である。そうした激動する日本社会の世相を背景に、本作ではその「お金」が原因で家庭崩壊・一家離散の危機に瀕した中流家庭の人間模様を通じて、戦後日本社会における家族関係の変容ぶりを極めてシニカルな視点で描いていくのだ。

血を分けた家族や親戚ですら「お金」を巡ってお互いを食い物にしあい、収入や貯金の格差が家族間の不和や軋轢を生む原因となり、当然ながらいざという時は「金の切れ目が縁の切れ目」となってしまう。「うちにはそんな余裕ないから」といって、実の母親の面倒をお互いに押し付け合う兄弟げんかなどはその真骨頂。「みんなで月に1000円づつ出し合って独り暮らししてもらえばいいのよ、お母さんだってまだ元気なんだし」などと、笑顔であっけらかんと言い放つ現代っ子の三女・春子の残酷なくらいドライなことときたら!「親子だの兄弟だのといっても所詮は他人同士」ということですな。実に戦後的な価値観と言えよう。

そのうえで本作は、それぞれ娘であり妻であり母である坂西家の女性たちの視点に重きを置くことで、戦後日本社会の家庭内における女性の立ち位置を浮かび上がらせていく。劇中で早苗が「近頃じゃ女と靴下は強くなったというけれど、まだまだ妻の座はダメよ」とこぼしてみせるが、なるほど、一見したところ女性の社会進出も進んで女性の立場が向上したように見えるが、しかし家庭内における女性の地位は依然として低いまま。年老いた母親ですら、大黒柱である長男に従わざるを得ない。いざという時に自己犠牲を強いられるのも女性。ただでさえ出戻りで立場の弱い長女・早苗は、金に困った兄に全財産の半分を取られたうえ、母親を引き取るために好きでもない金持ちと再婚することになる。エリート面した兄貴の勇一郎なんて、うちには金がないと言いながら銀座の高級クラブのホステスに入れあげてるんだから。よくよく考えるとひどい話だ。

冒頭でも触れたように、「東宝17大スターの競演」というオールスター・キャストが話題を呼んだ本作。主演は共に成瀬巳喜男作品のミューズとも呼ぶべき原節子、高峰秀子という、まさに日本映画界を代表する大女優同士の顔合せである。今回は坂西家の良心とも呼ぶべき控えめで優しい長女・早苗を演じる原節子が出色。大和撫子の鑑みたいな女性ゆえ、いつも損な役回りばかり押し付けられる。一方の高峰秀子も、長男の嫁というなかなか難しい立場で公平に立ち回らねばならず、日々のストレスを発散しようにも帰る実家も相談できる身寄りもいないという和子の、もやもやとした複雑な心情を繊細に演じて見事である。しっかり者の妻に甘えた優柔不断なエリート優等生の勇一郎を演じる森雅之、こちらも年上の妻にいつも頼ってばかりの軟派な優男・礼二役の宝田明、自己主張が強すぎて義母との不和が絶えない薫役の草笛光子、何事についても合理的で情緒に流されないサッパリとした現代娘・春子役の団令子などなど、脇を固めるキャストもハマリ役ばかり。母もの映画で一世を風靡した大女優・三益愛子が、子供たちの幸せだけを願いながらも粗末にされてしまう奥ゆかしい母親役というのも、まことに絶妙な配役と言えよう。

なお、恵まれた中流家庭を舞台にしたホームドラマという点において、当時の小津安二郎作品を多分に彷彿とさせる本作だが、その小津映画に欠かせない笠智衆が、現代社会の世知辛さを象徴するような老人役で登場し、クライマックスに強い印象を残しているのも見逃せないところ。早苗に見合いを勧める女学校時代からの親友に『素晴らしき日曜日』('47)の中北千枝子、その見合い相手の裕福な中年男性に戦前の二枚目トップスター、上原謙といった具合に、出番の少ないちょい役にも有名スターが配されている。礼二が撮影する広告写真のモデルとして、後に日活で青春映画スターとして売り出される笹森礼子が出ているのも要注目だ。

なお、'50年代にハリウッドで普及したワイドスクリーン映画の人気に応えて、東宝では「東宝スコープ」と呼ばれる独自のワイドスクリーン・システムを採用。その際に「東宝スコープ」専用の立体音響システムとして、アメリカのMGMが開発したパースペクタ・ステレオフォニック・サウンドが導入された。これは通常のモノラル音声を左・中央・右の3チャンネルに分けて再生するという疑似ステレオ方式である。日本では東宝の『地球防衛軍』('57)や『用心棒』('61)、『椿三十郎』('62)などで使われたのだが、本作でもそのパースペクタ・ステレオフォニック・サウンドが採用された。'05年に東宝から発売された日本盤DVDでも、通常のモノラル音声とパースペクタ・ステレオを選択することが出来る。

評価(5点満点):★★★★☆
参考DVD情報(日本盤)
カラー/ワイドスクリーン(2.35:1)/音声:1.0ch Dolby Digital Mono・3.0ch Dolby Digital Stereo/言語:日本語/字幕:日本語/地域コード:2/時間:122分/発売元:東宝株式会社
特典:予告編
by nakachan1045
| 2026-02-15 19:15
| 映画
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